第32話 劣等聖女と剣聖令嬢
その後、私たちは無事にオルストロン邸に帰って、エフィは療養することになった。
と言ってもぶっちゃけエフィは疲労と酸欠で気絶してただけで、聖女の加護で治療もしたし、自然と目を覚ますまで安静にといった意味合いだ。今はもう目を覚ましていてピンピンしている。やっぱりあの時トドメを刺したのは私だ。反省はしている。でも後悔はしていない。
私はというと例によって加護を重ねて使った反動を受けて少しだるさを覚えていた。それでも以前のようにぶっ倒れて何日も寝込むなんて事にはならず、普通に日常生活を送れている。
そうやって数日休んでいると、見舞いに訪れたエフィのお父さん、ルクセウスさんから今回の結界崩壊やスタンピードの件の顛末について聞かされた。
まずは結界については不慮の事故らしい。
本物の聖女様――アメリア・コーライル公爵令嬢が聖女としての役割をサボっていて、クソ王子の寝室でよろしくやっていたとかではなく、単純にぶっ倒れて寝込んでた……らしい。
ルクセウスさんが言っていたように聖女様は日に日にやつれてパフォーマンスが落ち、その影響で聖女の加護の出力も落ちていたようだ。
私自身よく分かってる事だけど、加護は無限に湧いてくる力ではなく、身体機能の延長線上にあるものだ。疲れている時に長く走れなくなるように、加護のパフォーマンスも体調や疲労などに影響される。
真の聖女様がきちんと役目をこなしても結界の維持すらできないほどに加護の出力が落ちていたということなんだけど、その原因の一端というほぼ全部だと思うけど、あの王子のせいだとか。
私が聖女をやめてアメリア様の拘束時間が短くなったから茶会やら何やら頻繁に行っていたらしい。クソ王子の相手は大変だろうし、聖女の仕事も短いとはいえ加護を使用するから疲れるし、同情はするよ。てか体弱い聖女様連れ回して疲弊させて、結果的に結界壊れるのに繋がったんだからあいつ戦犯だろ。さっさと国から追い出せ。
で、結界が維持できなくなったことでスタンピード掃討作戦が一時どうなるかと思ったけど、被害は少なく、ほぼゼロと言ってもいい。
いや、被害は出てたけど、エフィが前線で頑張ってくれていたおかげで小さく済んでいたし、私の放った聖女の加護の波動で怪我人の治療なんかもしていたから実質被害ゼロみたいなもんだ。
ちなみに唯一倒れたのがエフィ。倒したのは私。
……ごめんって。
そんで、結界やら何やらで色々目立ってしまった私だけど……当初の目的だった私の存在に泊をつけるというのは達成された……と思う。
まず、結界修復の件で、私が模倣無しで聖女の加護を使える事が明らかになった。
アメリア様がいない中、大聖堂に侵入して、加護を発動させたという事でもう誤魔化しようが無くなった。
事実上聖女の加護を使える二人目の聖女という事で目を付けられた訳だけど……何か知らないけどルクセウスさんが全力で守ってくれた。
元はと言えば王子の独断で聖女を辞めさせられたのに、手のひらを返したように再び聖女へと擁立する声が上がった。模倣の加護を介して聖女の加護を発動させないといけなかった以前と違って、今はもう聖女の加護が私にあるからどっちでもいいっちゃいいんだけど、王族の発言に責任を持て的なアレでルクセウスさんが私を庇ってくれたとか。
なんでこんなによくしてくれるのか分からないけど、本当にありがとうございます。
お礼といってはなんですが、エフィは必ず幸せにしてみせますので……!
おっと、話が逸れたね。
ルクセウスさんが全力で庇ってくれたのは嬉しかったけど、私も私の価値を高めるためにやった事だから一つ要求を通させてもらった。
ズバリ、私が要求したのは聖女の称号。やっぱり、貴族と釣り合いを取るならそのくらい泊があった方がいい。とは言ってもあれだけ忌み嫌っていた聖女だし、私の事を散々劣等だの偽物だのバカにしてきた人達の思い通りになるのは癪なので、私はあくまでも保険。
メインで聖女をするのはこれまで通りアメリア様の仕事で、私はサブ。代理聖女じゃなくて聖女補佐っていう表現が一番ふさわしいと思う。今回みたいな事件を起こさないように臨時で聖女の加護を使える保険要員としてだけど、ちゃっかり聖女を名乗らせてもらう。劣等聖女続投って訳ですね、いぇいいぇい、ぴすぴーす。
あとついでに報酬も貰ったよ。
スタンピードの方はともかくとして、結界修復の方は遅れれば遅れるほど危機が拡大したかもしれないし、早急に直した私の功績は大きい。リンネが言ってたみたいに貴族の地位的な何かを要求する事もちょっとだけ考えたけど……そういうのはやっぱり面倒くさそうだったし、聖女を名乗れるなら別にいいかなと思ったので、とりあえずいくらあっても困らないお金を貰っておいた。聖女の報酬も合わせれば大金持ちだね。やったぜ。
報酬とはちょっと違うかもしれないけど、エフィのお父さんからも何かほしいものはないかと聞かれた。なんでも今回のスタンピードでエフィの助けになった事のお礼らしい。国とか貴族とか関係なしに、一人の父親として娘を救ってくれた事に対するお礼だとか。
まあ、確かに頑張ったけどさ……公爵様が頭を下げた時は本当に生きた心地がしなかった。貴族としてじゃなくて親としてっていうのは分かるけどさ……私にとってエフィのお父さんは公爵様だから。いくら私がお貴族様に舐めた態度取れる強心臓でも限度があるわけでして……はい。
急に欲しいものはないかと偉い人に聞かれて言葉に詰まってしまったから考える時間をもらったけどさ……元々あの日の行動は欲しいものを手に入れるためのものだったから、よくよく考えれば欲しいものは決まっていた。即答できなかったのが恥ずかしい。という事なので今から要求しに行きましょう。決まったらいつでも言いに来ていいって言われたからね。
「うぅ……要求が要求なだけにちょっと緊張するなぁ」
「緊張しているんですか?」
「うぇっ? エ、エフィ?」
部屋を出てエフィのお父さんの執務室に向かいながらぼそぼそと独り言を零していると、エフィがいつの間にか近くにいて私の顔を覗き込んでいた。
エフィはさも当たり前のようにスススッと私との距離を詰め、腕を絡めてピタリと身体を寄せてくる。
あの……胸とか、乳とか、おっぱいとか押し付けて私の理性を攻撃してくるのやめて……。
「ち、近いって」
「誓い? 誓いのキスですか?」
「ちーがーうー! ちょっと、キス待ち顔で迫ってこないでよっ」
あの一件で色々と変わったことはあったけど、一番変わったのはエフィとの関係性かもしれない。目を覚ましてからエフィはこんな感じで、やたらと距離が近い。かわいい。エロい。私の貧弱な理性がお仕事をしていなかったらもう三桁回は押し倒してると思う。
いや、嬉しいよ?
ちょっと前から割とグイグイきてたし、それがもっと積極的になったってだけだから嬉しいんだけどさ……今からあなたのお父さんに大事な話をしに行くんですけど。
「ねぇ、歩きづらいんだけど」
「……それがどうかしましたか?」
「いや、今からエフィのお父さんのとこに話しに行くからちょっと離れて……」
「お父様にお話? 婚約のご報告ですか?」
「…………うん、もうそれでいいよ」
「それなら急がなければ! ほら、早く! シャキッとして、きびきび歩いて!」
「ああもう、自分で歩けるから引っ張らないでよ」
エフィってこんなアホ丸出しのポンコツだっけ?
……まあ、かわいいからいっか。
◇
「それで……ノックもせずに扉を吹き飛ばしてなんの用かな?」
私はそのまま執務室に引き摺られていった。
まあ、入る時になれば扉を開けるために止まってくれるだろうと思って諦めて身を任せていたら、なんとエフィはあろうとこか魔法の詠唱を始めて、執務室の扉をぶち壊した。
吹き飛んだ扉が正面の作業机――つまりエフィのお父さんに向かって真っすぐ飛んでいったけど、扉はエフィのお父さんの魔法で吹き飛ばされてこちらに飛んできた。
再度エフィが魔法を発動させようとするので私が聖女の加護で介入して扉の直撃を防ぐ。オルストロン親子の斬新なキャッチボールはまたあとの機会でといったところで、この状況に至る。
「ちょっと、なんでこんな事したの?」
「扉を叩く手間も開ける手間も惜しかったので……仕方のない犠牲です」
「その犠牲でエフィのお父さん巻き添え食らいそうになってたじゃん」
「……お父様はあの程度どうにでもできますよ?」
いや、何を言ってるんですか、みたいにコテンと首を倒されてもかわいいだけだし。どうにでもできるって実際に対処してたから何も言えないけど……いくら信頼してるからってやりすぎですよエフィさん。この空気でどうやって話を切り出せばいいんですか、コラ。
「……ふむ、随分とおてんばになったものだ。誰のせいだ?」
「……強いて言うのなら、こちらの方でしょうか」
「……は? 私っ?」
オルストロン親子の視線が私に向いた。
ちょっと、扉ぶっ飛ばしたのエフィじゃん。私何もしてないのに。
「まあ、扉の件はいったん置いておこう。修繕費は……ブランノア嬢に付けておくよ」
「えー……まあ、いいですけど」
「それで? これほどまでに派手な入室をしていったいなんの用だ?」
「えっと……この前言われた欲しいものについて決まったのでそれについてお話に……」
「欲しいもの? 婚約のご報告に来たのではなかったのですか?」
「エフィ、ちょっと黙ってようか……ってなんで目を閉じて唇を尖らせるのかな?」
エフィと来たのは失敗だったかもしれない。
こんなにめちゃくちゃやるとは思ってもなかった。でか、あんたの娘さんすごいアホになってるんですけど。笑ってないで止めてよ。
「あー、もうっ! あとでいっぱいしてあげるから今は待って」
「言いましたね。言質取りました。お父様も聞きましたね」
「くくっ……ああ、言ったな」
スッと真顔になって背筋を伸ばすエフィ。目が据わってて怖いけど今好き勝手されるよりマシか。とりあえず大人しくなってくれたから本題には入れそう。
「それで? ブランノア嬢は何を望むんだ?」
「えっと……エフィをください!」
女は度胸。隣に立つエフィの腰を抱き寄せて私は欲しいものを宣言した。
私が欲しかったのはエフィネル・オルストロン。そういう意味ではエフィの言っていた婚約のご報告というのもあながち間違いではないかもしれない。
といってもエフィに直接好きって言った事も言われた事もないし、そもそもの話エフィのお父さんが認めてくれなければ消えてしまう話な訳だけど……どうだろう。
普通の親ならはいそうですか、いいですよとは言わないだろう。ましてやエフィは公爵令嬢。男性からの婚姻の申し入れならともかく女性からとなると難色を示されても仕方がない。
そう思っていたんだけど……エフィのお父さんはなぜか笑っている。私の目が間違ってなければ声を押し殺して大爆笑してる。
「……っ! はっ……ははっ」
「あの……」
「ちょっと待て…………いや、失礼。ブランノア嬢も面白い冗談を言ってくれるな」
「冗談? 私は本気です」
「エフィはもうとっくに君のものだろう?」
「……え?」
ルクセウスさんがそう言うと、エフィは嬉しそうに身体を寄せてくる。猫みたいにすりすりと顔を押し付けてくるおまけつきだ。
それを見てルクセウスさんはまた笑い始めてしまった。
「え、あの……もっとこう、お前のようなどこの馬の骨かも分からない女に大切な娘は渡せないー的な何かはないんですか?」
「渡せないも何ももう渡ってしまっているからどうにもならんだろう。それにエフィが嫌がるようなどこの馬の骨かも分からん貴族子息だったら突っぱねるが、エフィの想い人、しかも最近大活躍の聖女様ときたものだ。むしろこちらからくっつく事をお願いしたいくらいだ」
「いいんですか?」
「ああ。ブランノア嬢ならエフィを幸せにしてくれるだろう?」
「それはもう、命に代えても」
「だそうだ、エフィ。幸せにしてもらえ」
「はいっ」
「ということだ。ブランノア嬢の要求は無効だな。他の要求を考えておけ」
えぇ……結構でかい要求したつもりなんだけどなんか無効になっちゃった。
でも……なんか知らないうちに欲しいもの手に入ってたってことだし、エフィも嬉しそうだから……細かい事はいっか。
◇
その後、自室に戻った私達。
私達というのはエフィもついて来ているからだ。
ベッドに腰を下ろすとエフィも隣に座る。この距離感にももう慣れてしまいそうだ。
ベッドに置いた手に温もりを感じた。
ふと視線を向けるとエフィの手が重ねられて、しっとりと指を這わせてくる。
「エフィ……私が言うのもアレだけどちょろすぎない? ちょっと心配になっちゃうよ」
「そうですね。ブランさんの女誑しには抗えませんでした」
「そっか」
「はい。それとも……わるーい聖女様に引っかかってしまったちょろい公爵令嬢はお嫌いですか……?」
「ううん、嫌いじゃないよ。むしろ好き。大好き」
「よかったです。その……私もお慕いしております」
うん、嬉しい。
態度とかでなんとなく好意は分かってたけど、改めて想いを伝えて、伝えられて、心がじんわりと温かくなる。
そうして温もりに心地よさを感じていると、エフィが身体を密着させて、握る手に力を込めた。
「ブランさん……」
「うん……」
これ以上言葉はいらない。
私達は見つめ合って、手を、身体を、そして――唇を重ねた。
熱くて、溶けてしまいそうなほど、幸せな感覚が迸る。
その感覚に身を委ねて、もっと深く一緒に堕ちていくために激しく貪る。
これが悪い聖女に引っかかった剣聖令嬢の末路だ。
私は欲しいものは何でも手に入れたい器用大富豪の劣等聖女。
だから、あなたの加護も、身も心も……ぜーんぶまとめて手に入れる。
もう……逃がさないよ。
私のものになっちゃったからには……覚悟、しておいてね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
これにて一章完結となります。ここまでお読みいただきありがとうございます!
よければ作品のフォロー、感想、レビューなどお待ちしております!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます