第31話 剣聖聖女の完璧模倣

「ふぅ、気持ちよかった……」


 私はエフィと自分の唾液が混ざりあって湿っている唇を舌で舐めとって軽く袖で拭う。本当はもっと余韻に浸っていたいけど、まだゆっくりはしていられない。さっさと片付けてさっきの続きをする。そう意気込んで私は聖女の加護を後方に向かって行使した。


 エフィのところに落ちてくる前に戦線がどうなっているかは観測した。エフィが魔物を引き付けて味方を退かせる時間を稼いでいたからかそれほど損害はない。ちょっと負傷者はいるみたいだけど……私が癒しの力を施してあげればもう少し頑張れるでしょ。スタンピードも大詰めだし、最後まで戦ってよね。


「さて、と。初陣がこれなのはちょっと思うところがあるけど、なんかやれる気がする」


 意気揚々と最前線に躍り出てしまったけど、私はこれが初陣だ。

 だから、もう少し不安になったり、怖がったり、焦ったり、取り乱すもんかなぁと思っていたけど……剣聖の加護を宿して、エフィの魔剣クラールハイトを持つ私は奇妙な感覚を覚えていた。私はブランノア・シュバルツだけど、私じゃない誰かでもあるような……もっと言えば私であると同時にエフィネル・オルストロンでもあるかのような不思議な感覚。


 剣聖の加護はまだ私のモノにできていないはずだし、この魔剣もエフィの物なのにどちらもすごく馴染むような気がする。

 しかし、透明のクラールハイトに反射した私の瞳はエフィそっくりの青色に染まっている。

 間違いじゃなければこれがエフィの、剣聖の感覚。


 なんだかよく分からないけど、真似して、模倣するのは得意分野だ。今この瞬間、剣聖エフィネル・オルストロンがもう一人いるって示せるようになりきってみせよう。


「私はブランノア・シュバルツ。そしてエフィネル・オルストロン。エフィ……行くよっ」


 聖女の加護の結界で動きを止めていた魔物に剣を向ける。エフィならこうするって思った事に全部したがってやってみよう。


「ブリザードランスッ!」


 クラールハイトが私の魔力に呼応して水色に輝く。これは剣であると同時に杖。その役割を存分に果たしてもらって、目の前に氷の槍をズラリと並べる。


 それをただ放つのではなく、扉をノックするように軽く叩き、重力の加護を使って弾き出す。勢いよく射出された槍が魔物達を容赦なく穿つ。空気が冷やされたからか吐く息が白くなった。


「うじゃうじゃいるねぇ」


 後続を断ったとはいえさすがスタンピード。まだまだ魔物が湧いてくる。そんな中エフィは一人で頑張ってたんだ。結界の効力もなくて、正常な力を保ったままの魔物をたくさん相手して、耐えて、繋いでくれたんだ。


 繋がれた想いを引き継いで、私は剣聖聖女として立ち塞がる。これ以上後ろに魔物は通さない。


「エフィならそうする。だから私もそうする……っ」


 敵は全部斬る。剣聖の加護と重力の加護をフル活用して、時には聖女の加護さえ利用して、とにかく斬る。斬りまくる。


 結界を復活させたから魔物の動きも鈍い。それに加えて私の中のエフィが戦い方を教えてくれるから負ける気がしない。


「と、思ってたけど……なんかやばそうなのが出てきたなぁ」


 とにかくでかい。縦にも横にも私の何倍もある筋肉質な人型の巨体。

 オーガって言うんだっけ?

 これまで斬り捨ててきた雑魚とは違う、見るからにやばそうなオーラを纏ったデカブツがのそのそと私ににじりよってくる。一瞬ビビって後ずさってしまった。


 でも、やばい度合いで言ったら今の私も負けてないでしょ。今の私がエフィをどれだけ再現できてるかは分からないけど、実質エフィが聖女の加護と重力の加護を持っているようなものだ。弱いわけがない。


「サンダーボルト」


 クラールハイトから迸る紫電がオーガを穿いた。でも、倒れるどころかこっちに向かって走り出してる。お前、でかいくせに意外と素早いな。


「斬るっ!」


 もうビビらない。億さずに踏み込んだ私はクラールハイトを斜めに振り下ろした。振り下ろしたそれを重力の加護で無理やり軌道を変えてすかさず斬り返す。この加護の組み合わせはどんな体勢、どんな間合いからでも連撃に繋げられるのが本当に強い。


 食らったらひとたまりもない拳もスっと横に平行移動して躱す。そのまま横から剣を振り抜く。加護を乗せて深く斬り込むと苦しそうに腕を振り回してきた。


「……っぶないなぁ。アイシクル・プリズン」


 聖女の加護でガード。そして、青白く輝くクラールハイトを地面に突き刺して、氷の檻で動きを縛る。すぐにでも壊されてしまいそうだけど、一瞬止められればそれでいい。一瞬あれば十分すぎる。


「エフィ、リンネ……決めるよっ!」


 二人の加護が力を貸してくれる。

 掲げたクラールハイト、それを握る私の手に、二人の手が添えられた気がした。その温かさは幻だけど本物だった。


「うん、一緒に……!」


 特別なことは何も必要ない。

 ただ、この剣を振り下ろすだけ。二人の加護が、想いが乗った剣にもう小細工は必要ない。


 氷の檻が砕かれる。

 でも、それよりも早く振り下ろされた私の……私達の剣がオーガの頭に突き立てられた。剣聖の加護が斬るという動作を最適化し、重力の加護が無駄なく押し込んでくれる。この剣は止まらない。断末魔もあげられないほどに美しく、滑らかに、その巨体を両断した。


「終わった……かな? 二人共、ありがと」


 剣聖の加護と重力の加護がフッと消えていく。見たところ魔物はもういないようだし、後方の戦闘音もいつの間にか止んでいる。打ち漏らしはいるかもしれないけど、それほど脅威にはならなそうだし、ひとまず終わりで良さそうかな。


「エフィ、終わったよ……って寝てる? いや、気を失ってるのか」


 聖女の加護で癒しはしたけど、やっぱり疲れてたよね。なんならトドメさしたの私だし。


「エフィ、よく頑張りました。かっこよかったよ」


 起きるまでかわいらしい寝顔を眺めててもいいけど、ちゃんと休ませてあげないとね。

 私はエフィをお姫様抱っこで持ち上げて、いつの日かエフィが私にしてくれたように唇を重ねた。数秒そのまま軽く唇を啄んで、いったん満足した私は、エフィの温もりを感じながら帰路についた。

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