第29話 重力聖女の臨時聖女
勢いよく窓から飛び出した私は空に向かって落ち続けていた。大粒の雨が顔に当たって痛いから聖女の加護で薄く自分の身体を覆う保護膜を張って、雨とかかる重力の圧に耐える。
もう少し上昇……落下? を続けたら今度は斜め下方向に向かって落ちれば大聖堂に着く。ああ、あれだけ啖呵を切っておいてあれだけど、行くのはやっぱヤダなぁ。
今なら重力の加護があるし、大聖堂を私が持っていると認識してぶち壊しちゃ不味いだろうか。いや、不味いか。ただでさえ結界が壊れる不祥事が起きてるのに、大聖堂に何かしたらもれなく私が実行犯になってしまう。
ちっ、ホンモノの聖女様の尻拭いみたいな真似本当はごめんだけど、これが一番エフィのためになるし、私のためにもなる。尻拭いしてあげる代わりにお尻触らせてくれないかな。これぞ本当の尻拭い……ってか? ……はぁ、おもんな。
「エフィ……大丈夫かな」
私のやるべき事は間違ってない。でも、結果的にエフィを後回しにしてしまっている事には変わりない。エフィは強い。それは知っているけど……やっぱり心配だ。
「ここら辺かな。ここで、落ちる方向を……変換っ! 急がないと」
今私がやりたいことを全力でやれているのはリンネがいたからだ。重力の加護もそうだ。この力がなければそもそもの話こんな芸当できなかったし、加護の習熟度を上げて使用可能時間を伸ばしていなかったらいけなかった。だから、今ここにあるこの力はリンネと積み重ねてきた時間だ。
リンネにはエフィを頼むって言われちゃったけど、私だけで助けるんじゃない。
一緒にやるよ。だから……力を貸してね。
「ああ、重いなぁ。いちいち重たすぎるんだよ」
リンネが手を添えてくれていた背中がほんのりと熱くなった気がする。
想い。重い。でも、確かにそこにいる。
ここにはいないけど一番近くにいる。だから私、頑張れるよ。
もうすぐ大聖堂に着く。
このままの勢いで突っ込むよ。そんでさっさと結界と張り直していかないと行けない。
この力が私の中に、リンネが傍にいてくれるうちに行かないと、私は空に落ちれなくなる。
地面が見えてきた。本当なら加護を緩めて着地の事を考えなければいけないんだけど、私には絶対防御の力がある。
その勢いのまま地面に足を突き立てて、大聖堂の入り口に走り出す。
「何者だ! 止まれ!」
「ごめん、今急いでるから!」
この非常事態、そりゃ警備もいるか。
でもいちいち言うこと聞いて止まってられない。私は制止の声を振り切って大聖堂に侵入する。
「侵入者だ」
「捕まえろ!」
するとうじゃうじゃと人が集まってくる。
ああ、うざったいな。お前らが群がったところで結界が復活するわけでもないのに……邪魔ばっかして、本当にご苦労なこった。
「ちっ、私はブランノア・シュバルツ! 結界を直しに来たの!」
「ブランノア……劣等聖女か。今ここにコーライル令嬢はいない。劣等聖女のお前がいても話にならない!」
「だったら本物の聖女様はなにしてんの! 聖女の加護の力を注ぐ結界の機構が死んだ訳じゃないんでしょ!」
あの結界の消え方は多分結界がどうこうなったとかじゃなくて、単純に結界構築に必要なエネルギー、つまり聖女の加護の力が尽きたものと私は見ている。
それならば聖女様がここにきて再び力を使えばすべて解決するってのに、本物の聖女様は来ていない。だから私が代わりにやってやるって言ってんのに、足止めを食らうとか本当嫌になる。
「悪いけど話し合いに来たわけじゃない。本当に急いでるの。だからどいて」
「それは無理な話だ」
「どけ」
「何度言われても答えは変わらん」
「じゃあいい。そこで突っ立ってろ」
私は今立っている場所から軽く前方に向かって跳ねる。
そのまま重力を反転させて天井に立ち、走り出す。
「っ! 待て!」
「付いてくるなよストーカー。そこで大人しくしてろ」
群がった邪魔者どもを追い越した私は聖女の加護の力で結界を作り出す。
あいつらは敵だ。その敵を通さないようなフィルター設定を施した結界は、透明だけど確かにそこに存在する壁になる。
「ありがと、リンネ」
またリンネの力に助けられた。
でも少しだけ時間を使ってしまったから急がないといけない。
私は聖女の加護の力を注ぐ水晶がある部屋に飛び込んで息を整える。
やはり水晶に金色の輝きは残されておらず透明な……あってはいけない状態になっている。
「アメリア公爵令嬢は何をして……いや何もしてないからこうなってるのか」
私は慣れた手つきで水晶に手をかざす。
この所作ももう三年以上やってきたんだと思うと少しだけ感慨深かった。それと同時に呆れてもいる。もうこれをすることはないと思っていたのに、またこうしてここにのこのこやってきて聖女の加護を使おうとしている。
それもこれも全部、エフィのためだ。
惚れた女にとことん弱い私を笑いますか……なんて誰も答えてくれない問いかけなのに、リンネに鼻で笑われた気がした。
「聖女の加護」
かざした手に金色の光を灯す。
その光はみるみる水晶に吸い込まれていき、水晶は金色を取り戻していく。そしてその光が推奨を満たした時……結界が蘇ったのが分かった。
「よし、とりあえず第一目標は達成。急いでエフィのところに……だけど加護、持つかな?」
私の模倣の加護は時間制限があるのに無駄な足止めを食らってしまったから、リンネから借りている重力の加護があとどれだけ持ってくれるか。最悪上空で切れるなんてことになるかもしれないけど……それでもいいか。
「尽きるまでよろしく、重力の加護」
私はまた窓から飛び出して、空に落ちる。
リンネが頷いてくれたような気がしたからか、不思議と怖くない。
だから待ってて。今行くからね、エフィ……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます