第28話 劣等聖女の重力反射

 ブランノアは迷っていた。結界が無くなった事にいち早く気付けたのはよかったが、その次に自分が何をするべきか決めかねて落ち着かない様子でいる。


「どうしよう。私は何をするべきだ? でも良かれと思ってした事がエフィ達の迷惑になったら嫌だし……どうしよう、どうしよう」


「ブラン様、落ち着いてください!」


「落ち着いてられないよ! だってエフィ達が多くない戦力でスタンピードに臨めるのは結界があるからでしょ? それがなくなったら……ヤバいでしょ」


「そう思うんだったらブラン様がすべき事……自ずと見えてくるはずです。いったん落ち着いて、深呼吸して、ちゃんと考えてください」


 冷静さを失ってるブランノアをリンネは一喝して窘める。

 ブランノアは声を荒げるリンネに驚いて目を丸くしているが、彼女の言う通りにゆっくり息を吸って吐いて、やや落ち着きを取り戻した。


「ごめん、ありがとう」


「いえ。それで……すべきことは見えてきましたか?」


「選択肢は絞れたかな。エフィのところに行くか、大聖堂に行くか。多分後者の方がエフィの助けになるはず」


「そうですね。結界を張り直すことができれば結界内の魔物も弱まるはずなので持ち直すことができるはずですが……いいんですか?」


 ブランノアはリンネが何についての疑問を尋ねているのか分かっていた。

 エフィネルもリンネも既に知っていることだが、ブランノアは聖女という役割に嫌気が差している。だからこそ聖女の任を解かれた時は本気で喜び、そのことについて何度も言及してきた。


 だが、ここで大聖堂に行き、再び聖女としての力を奮ってしまったら、それはブランノア単体で聖女足りえるという価値を示してしまうことに繋がる。

 今まではアメリア・コーライルという模倣元がいなければ聖女になれない劣等聖女だった。だが、既に聖女の加護はアメリアへの接触がなくともブランノアの中にある。

 その秘密さえも明らかにして、聖女として再び力を示すことがブランノアにとってどういう事か。リンネはそれが気がかりだった。


「本物の聖女様を当てにするならエフィの方に行くのが正解だけど、こんなことになっちゃってる以上当てにできないでしょ」


「それはそうですが……」


「それにさっきリンネ言ってたよね。スタンピードは功績を上げたい貴族の子息や令嬢も出張ってるって。私も……ちょっと功績上げたい気分にたった今なった」


「それって……」


「うん。これで私の価値を示して、私の格を上げる。欲しいものは全部手に入れる……だって私、超欲張りだから!」


 ブランノアはこの逆境すら利用すると決めた。

 欲しいものを手に入れるために、己の価値を引き上げる。

 そのほしいものが何を示しているのか理解したリンネは強気に笑うブランノアを見つめて、つられて笑った。


「それでこそブラン様です。私に手伝えることはありますか?」


「あるよ、ありすぎる。とりあえずリンネの加護……借りるね。それは絶対必要だ」


「はい、喜んで」


 ブランノアがそういうのは分かっていたのだろう。

 リンネはブランノアの手を握り、己の加護を宿させる。


 ブランノアはその手を握り返して、リンネを連れて窓を開ける。

 外はもう雨が降り出していて視界も悪い。

 そこに手をかざしてブランノアは軽く魔法を放った。


「今私が魔法を飛ばした方角に向かって、リンネの加護で私を撃ち出してほしい」


「この方角……大聖堂ですか」


「うん。私達の重力の加護の力を合わせて、私の空に向かって一気に落としてほしいの。それでさっさと結界を張り直して、急いでエフィのところに行く。列車なんか乗ってたら手遅れになる」


 ブランノアの優先順位は結界の再構築から。

 そのカギとなるブランノア自身が大聖堂に赴かなければならないのだが、正攻法の移動をしていては時間がいくらあっても足りなくなる。

 故にブランノアは、リンネの加護を用いて、このオルストロン邸の一室から直接向かうことを決める。


「……この加護は空を飛ぶためのものではないんですけどね」


「飛ぶんじゃないよ。落ちるの」


 空に向かって落ちる。

 重力を反転させて疑似的空を飛ぼうとするブランノアの発想にリンネは呆れたように目を細める。だが、そのための訓練は散々行ってきた。それを思い出したリンネは鼻で笑った。


「そうでしたね。ブラン様は天井に落ちて頭をぶつけるのが得意でしたね」


「……もうそんなヘマしないから」


「どうだか。空に向かって落ち続けてはるか彼方に消えてしまわないでくださいよ」


 かつてブランノアがこの加護を宿した際は何度も落ちる事を繰り返していた。

 落ちることに関しては人一倍経験値を積んだ。それならば空に落ちるのもお手の物だろう。


 そう軽口を叩きながらリンネはブランノアの背中に手を添える。

 ブランノアに触れ、彼女にかかる重力の向きを制御、そして変換する準備はできた。


「じゃあ、私に合わせて」


「いつでもいけます」


「じゃあ、行くよ。せーのっ、重力反射カタパルトッ」


 ブランノアの重力の加護とリンネの重力の加護が重なる。

 変換の向きが重なり、ものすごい速度でブランノアが窓から飛び出していき、空に向かってどんどんと落ちて遠くなっていく。


「……お嬢様をよろしくお願いします」


 それを見届けたリンネは静かに窓を閉め、雨を眺める。

 だが、不思議と沈んだ気持ちにはならない。

 欲張りな大富豪聖女なら、きっと欲しいものを手に入れて戻ってくる。そんな確信があったから、リンネは不安に思うことなく、聖女にすべてを託して微笑んだ。

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