第27話 結界崩壊と魔群進行
結局無意味な決意をした私は今日も今日とて昼過ぎになってから目を覚ます。リンネの蔑んだ視線にもそろそろ慣れてしまいそうだ。自堕落聖女様はいいご身分ですねって皮肉も言われちゃったし。
「そういえばスタンピードの方はどんな感じなの?」
「予定通りですね。そろそろ討伐が進められている頃だと思われます」
「スタンピードっていうからにはかなり人使ってるの?」
「うーん、多いには多いですがスタンピードにしては少ない方ですかね。国の大結界を防衛ラインにすれば比較的安全に魔物を討伐できるので、騎士団と冒険者、あとはお嬢様のような戦闘向きの加護を持っていて、なおかつ功績を上げたい貴族の子息や令嬢様なんかが参加していますね」
あ、そっか。
魔物をせき止める結界があるからそれの中にいれば安全に攻撃できるんだ。
魔法使いとか遠距離攻撃が主体の人は敵を近付けさせない立ち回りがセオリーって言われてるけど、その近付けさせないっていう役割を結界が果たしてくれるから、攻撃に専念できるってことかー。
エフィは魔法も秀でているし、剣を使わせても強いからいいね。
戦闘向きの加護って言うなら……リンネは?
「ふーん、リンネは行かなくてよかったの? 戦闘向きの加護でしょ?」
「いや……私ただの侍女ですし、ブラン様のように加護を戦闘に応用したことないので。それでいうのならブラン様は意外でしたね」
「ん? 何が?」
「てっきりブラン様はお嬢様と一緒に討伐に参加するものかと思ってましたので」
そう、今日は魔物達の進行が国に近付く日で、騎士団や冒険者達で討伐隊が組まれている。エフィもそこに参加してオルストロン公爵令嬢として力を奮うみたいだけど、残念ながら私は不参加だ。参加するならこんな時間に起きてないし。
「剣聖の加護を私のモノにできたら参加してもよかったんだけど、間に合わなかったからね」
「ブラン様がきちんとした時間に起き、稼働時間を確保できていれば話が違ったのでは?」
「いやいや、私の模倣の加護に制限付けたのエフィとリンネじゃん。試行回数稼げないんだから無理だよ」
私が朝から晩まで起きていようと、加護の模倣に回数制限をつけられてしまっている以上どうにもならなかったはずだ。エフィに付き合って剣聖の加護を使わせてもらってたからあともうちょっとだと思うんだけど……今日という日には間に合わなかったねぇ。
「それは分かりましたが、参加しない事となんの関係が?」
「いやー、無理でしょ。加護が切れたら私ただの一般劣等聖女よ? お荷物じゃん」
「一般の聖女というのが甚だ疑問ですが……お嬢様と常に行動を共にすればいいだけではないですか?」
確かにそれはそうだけどさ。エフィとリンネは私の事戦い慣れしてるって勘違いしてるかもしれないけど、こう見えて実戦経験皆無なんですよ。そんな私がいきなりスタンピードなるものに乗り込むのも相当命知らずだし、私というお荷物を連れて行ってエフィの足を引っ張るのも嫌じゃん。
「せっかくエフィが国民の為に頑張ろうって張り切ってるところ見てたから邪魔はできないよ」
「邪魔どころか隣で見ててあげるだけで何倍も強くなりそうですけどね、お嬢様」
「それどんなバフ?」
まあいいや。
とにかく私はここでグータラして、エフィが無事帰ってくるのを待てばいいんだけど……。
「なんだが天気崩れそうだね」
「ですね」
「ん……なんか光ってる?」
ふと窓の外に目を向けると、灰色の雲が流れて辺りを仄暗くしていた。
雨が降ってきそうだな、エフィは大丈夫かな。
そんな事を考えていた私の目になんていうかこう……幻想的な光が広がって、粒子となって消えていくのが映った。灰色の空を彩る一瞬の煌めきはさぞ美しく見えたかもしれない。
でも、その光を見た私の背中は悪寒で震え上がり、ガタリと椅子を倒しながら立ち上がる。
「急にどうしたんですか? 突然立ち上がるからカップが倒れてしまったではないですか」
「……ごめん。でも今そんな事言ってる場合じゃないかも……」
テーブルを揺らしてカップが倒れた。リンネの入れてくれたお茶がこぼれていくけど……それどころじゃない。
私は……私だから分かる。感じる。
これまで何度も使って、注いできた力だから目で見て取れて、肌で感じられる。
聖女だから分かる。
あの光は……聖女の加護によって構築されている大結界が、崩壊していく事を示していた。
◇
ブランノアがいち早く気付いた結界崩壊。
それはすぐに裏が取れた。
そして、その影響は大きく、結界が張られていた境界では混乱状態にあった。
結界があり、魔物の進行を止めることができていたから騎士団や冒険者たちは殲滅戦に集中できており、魔法や弓が主な攻撃手段となる者達も安全な場所から攻撃できていた。
それが結界崩壊に伴い戦況は大きく変わる。
魔物を食い止める壁が消えたことで殲滅戦から阻止防衛線に変わる。
「隊列を崩さないで。魔物をできるだけ後ろに通さずに、後方支援組が後退する時間を稼いでください」
戦場が慌ただしくなる中で剣聖の加護を持って戦う少女、エフィネル・オルストロンは声を張り上げる。
剣にも魔法にも秀でている彼女は隊列の中陣で戦っていた。
だが、結界が無くなり、魔物がどんどん通過してくる。
それによって引き気味に戦わなくてはいけなくなり、距離を詰められてはまずい部隊を下げる必要が出てくる。
攻撃に専念していた前衛を張る者達がガードに入る。
その間に後方支援組が後退して戦況を立て直すのだが、その間は支援が無くなり一時的に火力が足りなくなる。負のサイクルで魔物を倒すペースはガクッと落ち、魔物の群れの進行はどんどん手が付けられなくなっていく。
(くっ……まさかこのタイミングでトラブルが起きるとは……。結界が無くなるなんて想定しているはずもないのでつぎ込んである戦力も最低限です。ひとまず伝令は出しました……応援がくるまで凌がなければ)
エフィネルは懸命に剣を振るいながら思考する。
良くも悪くも聖女の加護によって築かれる結界への信頼は厚いものだった。
結界が魔を退ける絶対的な壁となるから、スタンピードと言えど戦力が大量に投入されている訳ではない。
なにせ結界を壁と使って比較的安全に討伐ができるのだ。
危なくなれば結界の内側に戻ってしまえば魔物たちはこちら側に来ることはできない。
そうして比較的安全に魔物を処理できていたのは、結界があったから。
だが、今は防衛ラインを人が作らなければならない。
ただでさえそれほど多くない戦力が分散される。討伐ではなく進行の阻止、国の防衛を優先した戦いとなる。
「皆さん、応援がくるまで堪えてください! 少しの辛抱です!」
戦況が一気に傾いた中エフィネルは味方を鼓舞するために叫ぶ。
だが、そんな声を掻き消すかのように、ぽつぽつと大粒の雨が降り出した。
それはまるで、今この場にいる者達の心を表しているかの様だった。
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