第26話 劣等聖女と剣聖の魔剣

 今日は珍しく早起きできたし、二度寝をする必要がないくらいに目が冴えていた。だから健康的に朝の散歩でもしようかと外に出てみると、何やら音が聞こえてくる。


 一定のリズムで何かを振り下ろしているような音と微かな息遣い。そっちの方に行ってみるとエフィが見たことない煌びやかな剣を持って素振りをしていた。


「エフィ、おはよ」


「ブランさん、おはようございます」


 軽く手を挙げながらエフィに声をかけると、エフィは手を止めて挨拶を返してくれた。にこっと微笑んでキラキラした眼差しで私を見つめてくるのは反則級だよぉ……。


「こんな時間に起きてくるなんて珍しいですね」


「それな。自分でも思った」


「雨でも降るのでしょうか?」


「んー、槍かもね」


 自分で言ってて悲しくなるけどそれくらい珍しい事だと思ってる。朝日を浴びるのも久しぶりな気がするし、私ほど朝と無縁な生活をしてる人もそういないだろう。


「ねぇねぇ、それ何? 初めて見たんだけど」


「ああ、これですか? 私の魔剣……クラールハイトです」


「魔剣! かっこいい!」


 魔剣という響き……いいね。細くて少し長めの剣身が煌めいていてエフィにとても似合っている。凛々しい顔で剣を携える彼女はとてもかっこよくて思わず惚れそうになった。いや、もう惚れてたわ。


「えー、すごーい。綺麗だね」


「ありがとうございます。実はこれ、剣ですが魔法をサポートする杖の役割も果たしてくれているんですよ」


 そう言ってエフィは剣先を空に向ける。するとエフィの詠唱に合わせて剣先に大きな火球が作られて、勢いよく放たれたそれは空を切り裂いて消えていった。


「おお〜、魔法も得意なエフィにぴったりな剣だね。えっと……クラールハイト?」


「はい。触ってみますか?」


「いいの? やったー、失礼しまーす」


 そう言ってエフィは私にその魔剣を渡してくれた。すると、エフィが持ってた時にあった輝きが魔剣からフッと消えて、向こう側が見えそうなくらいに透き通った剣身が姿を見せた。


「何これ? 色が変わった……?」


「魔法の杖としての役割もあって属性の影響をよく受けるので、任意の属性を剣身に纏わせる事ができるんですよ」


「へぇ……面白いじゃん。ファイアー・ボール」


 エフィの説明を受けて私はクラールハイトを握る手に火属性を込める。すると剣身が赤く仄かに煌めいた。そのまま先程のエフィを真似するように火球を空に放つ。


 剣身を染める色も淡く、火球も小さく勢いもない。完全に劣化なのがよく分かるね。


「剣聖の加護には使用する剣の能力を余さず引き出せるという力もあります。クラールハイトは加護に耐えられる剣なのでよかったらやってみますか」


「そこまで言うならちょっとだけ借りようかな」


 今の再現は剣聖の加護無しでものだった。これを剣聖の加護有りでもう一度やったらどうなるのか気になったのから私はエフィの手に軽く触れて加護を借り受ける。

 さっきよりも剣に魔力が馴染むような感覚がするし、剣身を染める色も濃くなっている。なるほど、これが剣聖の加護か。剣術能力の引き上げだけじゃなくて、こんなありがたい力まであるなんて……ますます極めたくなってしまう。


「ありがと。返すね」


「もう少し使ってもらってもいいんですよ?」


「いいよいいよ。エフィの邪魔するのも悪いし」


「邪魔だなんてそんな……」


「だってちゃんとした剣振ってるエフィなんて初めて見たし、何か大事な朝稽古とかなんじゃないの?」


「それは……ブランさんがこの時間に起きてた試しがないからでは?」


「あっ……あぁ〜」


 なるほど、それは盲点だった。

 これはエフィにとっての日課だけど、私があまりにもゴミカスな生活をしているから観測できなかっただけか。うわ、恥ずかし。


「最近はこうして剣を触る時間も増やしていますし、時間がある時は騎士団の合同訓練に混ぜてもらったりもしているんですよ」


「騎士団の訓練……面白そう!」


「ブランさんも今度一緒にどうですか? 今日みたいな時間に起きれたらの話ですが……」


「……遠慮しておきましゅ」


 それは無理かも。今日はたまたま起きれただけで、それを継続なんてできるはずがない。なんたって私だ。約束の朝に寝坊する未来しか見えないよ。


「そうですか。一緒にやれたら楽しいと思ったのですが……」


「剣の稽古ならいつでもできるって。ね、また遊ぼ」


「それもそうですか。騎士団の稽古もためになりますが、ブランさんを相手にするのもとても実りがあります。なんて言ったって私が剣聖の加護の所有者と戦える機会なんて早々ないですからね」


「劣化だけどね」


 剣聖の加護はとてもレアな加護だ。そこかしこにホイホイ転がってるような加護じゃないから剣聖の加護所有者同士が相対するというのも中々ない事だろう。


 でも、私の加護は劣化という条件付きだけどそれを可能とする。

 だから模擬戦じゃない真剣を使った剣聖同士の勝負もそのうちしてみたいけど……私もエフィみたいな剣が欲しいかも。


「ブランさんにもまた調整に付き合ってもらおうかと思ってますので、その時はよろしくお願いしますね」


「うん、いいよー。でも、調整ってなんかあるの?」


「もうすぐスタンピードの時期になりますので、それに向けて調子を確かめているんですよ」


「スタンピード……っていうとあの魔物がぶあーって押し寄せてくるやつだよね?」


「はい。この国は大結界に覆われていて安全ですが、言い換えれば国の外は魔物で溢れかえる可能性もあるということなので、こちらから間引く必要がある訳です」


 そっか。結界があって中には通さないけど、外側に魔物は溢れるかもしれない。それを何とかしないと人や物の出入りもしづらくなるし、解決しないといけない問題なんだ。


「ふーん、エフィも行くの?」


「公爵家の令嬢ですから。民の生活を守るために少しでも役に立てればと思います」


「そっか。じゃあ少しでもいい仕上がりにするために私も協力するよ」


「ありがとうございます」


 エフィだけで戦う訳じゃないけど、エフィが強くて損をすることはない。というか魔法も一級品の剣聖とか最強すぎるでしょ。

 そんなエフィの仕上がりに私がどれだけ影響を及ぼせるかは分からないけど……一役買えるなら協力を惜しむつもりは無い。

 となると……早起き、頑張ってみようかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る