第25話 重力メイドと板挟みの憂鬱
私はリンネ・ティルニア。オルストロン公爵家で侍女として働いています。掃除や洗濯、食事の用意、そしてお嬢様のお世話。元聖女であるブランノア・シュバルツ様がやってきてからは彼女のお世話などなど、日々の仕事をきちんとこなしていたのですが……どうしてこうなっているんでしょう?
今私は身動き取れない状態にあります。後ろから抱き締められる形で拘束され、首筋をスンスンと嗅がれている状態です。そんな意味不明な状況を作り出しているのが件のお方、ブランノア・シュバルツ様です。
彼女がセクハラ魔なのは今更のことなので多少のボディタッチにはもう驚きはしませんが、今日はやけに長いような気がします。突如現れたブラン様に捕まって……かれこれ十分ほど経ったでしょうか。
ブラン様はその間ずっとこのようにして私を後ろから抱きしめ続けています。普段ならば少し経てば満足して去っていくはずなのに、今日に限って長く中々離してくれる気配がありません。
「え、あの……長くないですか? いつまでこうしているおつもりで?」
「あと五時間」
「……それは長いです」
そのくだりをまさか私がされることになるとは……。そういう漫才はエフィネルお嬢様とやればいいのに、と口からでかかったが何とか留める。
「本当にどうしたんですか? 調子でも悪いんですか?」
「んー、調子は悪くないけどさー」
「では何なんですか? 私、プラン様のように暇ではないのですが」
「むー、あともうちょっと」
本当に大丈夫でしょうか?
こうでも言えば、喧嘩売ってるのかーと怒りながらスキンシップを激しくしてくるのに、随分と大人しいです。ブラン様の皮を被った別人……にしては仕草がいつも通り変態的なのでやはり本物ですね。嫌な判別方法です。
「こうなったら……加護を使って」
「ダメ」
「……くっ、器用な事を……」
一応ブラン様の拘束を抜け出す手段として、私が発現させた加護――重力の加護を用いるという手があります。しかし、私は今抱きしめられている……つまりブラン様に触れられているという訳です。
接触しているという事はブラン様の模倣の加護の能力、他人の加護を模倣して宿す条件を満たしている訳で……今この瞬間に限り彼女もまた重力の加護を保有している事になります。
本来の持ち主、ブラン様風に言うのならばオリジナルは私なのですが、ブラン様は私でも驚くほどに加護の使い方が上手く、今となっては私がブラン様の加護の使い方を参考にしているほどです。私自身自分の加護は使い勝手が悪く、せいぜい壁や天井のお掃除がしやすいくらいにしか思ってませんでしたが、その重力の加護を日常や戦闘にまで応用するブラン様には舌を巻いています。
そんな重力の加護を脱出のために用いた私ですが、ブラン様は私がそうするのを見抜いていたかのように反対方向の重力操作で打ち消して行動を封じてきます。くすぐったいのでそろそろ勘弁してほしいのですが……そこまでしてこうするのには何か訳があるのでしょうか?
「ブラン様、何か悩みがあるのなら話くらいは聞きますよ?」
「ん、ありがと。でも大丈夫」
「……大丈夫なら離してください」
「それはヤダ。あと五年」
「なんか伸びてる……。ところで話は変わるのですが、最近お嬢様とはどうですか?」
「……それさぁ、話変わってないじゃん。今まさに悩んでる事だよ〜」
「ひゃっ、ブラン様っ?」
ブラン様は突如回した腕の力を強めて、私をギュッと抱きしめます。グリグリと顔を押し付けられて、かかる吐息が私の身体をゾクゾクっと震え上がらせて、少しだけ抵抗しようと頑張ってみましたがブラン様には敵いません。されるがままです。
私は話題を変えようと思って話を振ったつもりなのですが、まさかブラン様もお嬢様との関係について何か悩みを……?
「お嬢様と何かあったのですか?」
「エフィがかわいすぎて困る」
「……面食いのブラン様にとってはいい事なのでは?」
「そうだけどさー、あんまりかわいすぎると我慢できなくなっちゃうじゃん?」
「……我慢しなければいいのでは?」
「本当にリンネ? 偽物?」
「失礼ですね。私から重力の加護を模倣して使ったではありませんか」
「そっか、そうだった。でも意外だな。リンネは私がエフィに手を出そうとすると怒ると思ってた」
確かに私らしからぬ発言だったかもしれません。今まではブラン様の魔の手からお嬢様を守らねばと思っていましたが、手遅れになってしまった以上もうどうしようもありません。
むしろお嬢様がそれを望んでいると思うと、ブラン様を止める方が無粋というかなんと言うか……。お嬢様に相談された際もああ言ってしまった事ですし、もう好きにすればのスタンスでお二人を見守る所存だったのですが……。
「というかブラン様が我慢という言葉をご存知だったのに驚いています」
「我慢くらい知ってるよ……できないだけで」
「ではなぜお嬢様に対しては我慢を?」
「いやぁ、さすがに公爵令嬢様に手を出すのは勇気が……。私平民だし、身分の違いが……ね」
(なるほど。お嬢様も大概だと思ってましたが……こちらもヘタレでしたか)
となると……少し話が変わってきますね。
女好きのブラン様は放っておいても好き勝手してお嬢様を落としにかかると思っていましたが、この様子だと進展は無いかもしれません。
お嬢様は待ちの姿勢で、ブラン様は逃げの姿勢とは……前途多難にもほどがありますね。
突っつくとしたら……やはりブラン様でしょうか。
「身分の違いは気にする必要ないと思いますよ。ブラン様は元聖女という事で、実質的な位はないにせよ、貴族と同格と思って差し支えないはずです。ご当主様もお嬢様もそう考えていらっしゃいますし、平民を自称しているのはブラン様だけです」
「平民を自称って……普通に平民なんだけどなぁ」
「それか、身分の違いを気にしているのなら、貴族になってしまえばいいのではないですか?」
「……すごい簡単に言うね。そもそも生まれがモノを言うのにどうやってなれって言うの」
「ブラン様なら、聖女を務めてきた報酬として貴族の地位を寄越せと要求すればまかり通るのでは?」
「えー、それはめんどくさい」
なにこいつ。
手っ取り早く身分の違いを解決できる手段があるかもしれないのに、それをめんどくさいで一蹴とは……本当にいいご身分ですね。
(しかし……私が口出しできることはあまりないですね)
ひとまずしばらくは様子見でしょうか。
お嬢様を動かそうにもブラン様がこんな感じではあまり意味がないかもしれません。
今この瞬間行われている愛情表現が私でなくお嬢様に向いてくれれば一番なのですが……ままならないものですね。
現状、お嬢様の相談とブラン様の葛藤で私は板挟みにされてしまっている、という事ですか。
はぁ、とても憂鬱です。
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