第23話 剣聖令嬢の恋愛相談

 私は自室にて人を待っている。約束の時間はもうすぐだからそろそろ来るはず……そう思っていると扉を叩く音が聞こえてきました。


「入ってください」


「失礼します……お嬢様」


 入室の許可を出すと私のよく知るメイドが顔を出します。私が呼んだのはリンネ。彼女だけを呼び出したのには、リンネに折り入って相談があるからです。


「その……確認ですがブランさんは?」


「ブラン様には私の加護を貸し与えてきました。重力の加護も馴染んできて模倣時間も伸びてきているので……三十分は大丈夫かと」


「そうですか。それならよかったです」


「ブラン様に聞かれたくない事でもあるのですか?」


 リンネは目を細めて尋ねてきます。

 私はリンネを部屋に呼び出す際に頼んだ事があります。それはブランさんを連れて来ることなく、さらにはできるだけ時間を稼ぐ事。


 ブランさんは暇さえあれば私やリンネを探してあちこちうろつき、やがて私の部屋も尋ねてくるでしょう。

 そうなってはおちおち話もできないので、リンネには一つ手を打ってもらいました。


 リンネの加護――重力の加護を彼女に模倣させれば、ブランさんは加護の習得に勤しみ、模倣の加護の効果が切れるまで加護で遊ぶ事が容易に予想できます。そして、都合のいい事に重力の加護を使用していい場所はブランさんの部屋のみと定められているのも決め手でした。


 これはブランさんがところ構わず加護を使用……悪用し、至る所からセクハラをするのを防ぐために決められたルールなのですが……そうですよね。いきなり天井から現れて触られたりしたらびっくりしてしまいますよね。


 そんな訳で今ブランさんは自室で重力の加護を用いて遊んでいる……はずです。その間に私はリンネを呼び出し、相談に乗ってもらいたい……という事で今に至ります。


「お嬢様から相談とは……少し緊張します。私に相談役が務まるでしょうか?」


「実を言うと私も打ち明けるのに緊張しています。ですがせっかく作り出した時間を無駄にはできないので……」


「はい。では、いったい何でしょう?」


 本題に入ろうとしますが、思いのほか緊張しているのか言葉が上手く出てきません。大きく息を吸って、ゆっくり吐いて、心を落ち着かせたところで、私はそれを打ち明けました。


「……その、笑わないで聞いてほしいのですが……もしかしたら私、ブランさんをお慕いしているのかもしれません……」


「はあ…………お慕い、お慕い!?」


「あ、あまり大きな声で言わないでくださいっ。その、恥ずかしいので」


 意を決して相談内容を話したところ、リンネは少し間を置いて驚いた反応を見せます。ガタッと椅子を揺らして立ち上がり、困惑した瞳で私を見るリンネは、私にかける言葉を探して目まぐるしく表情を変化させているようです。


「んん、うぅん……お慕い……ですか。正直、まだ飲み込めていませんが、いったん分かりました。すみません、続けてください」


「はい、実は……」


 そこで私は先日お父様とお話した際に告げられた事を簡潔に説明した。ブランさんをオルストロン家に繋ぐために、告げられた女版政略結婚のようなお父様の狙いを話し、どうしたものかと彼女に尋ねる。


「なるほど……。それでブラン様を意識するようになり、その……ぶっちゃけるとブラン様を好きかもしれないと」


「かもしれないだけです! まだ分かりません!」


「いや、ここ最近のお嬢様はずっとブラン様を目で追っていますし、ブラン様とお話している時は花が咲いたような笑顔ですし、意外と分かりやすいですよ」


「……そんな事っ、いえ……そうかもしれません」


「かも、ではなくそうなんですよ、お嬢様」


 確かにブランさんの事を意識し始めてからは自然と目で追うようになっていたかもしれませんが、リンネにここまで言われるほど分かりやすいなんて……恥ずかしいです。


「しかし……そうですか。お嬢様はブラン様の手に早くも落ちてしまった訳ですか。ちょろいですね」


「……ちょろいという表現はとても遺憾ですが、何も言い返せませんね……」


「それで……どうするんですか? ブラン様思いを伝えるんですか?」


「むっむ、無理です! そんなっ、心の準備が……!」


「……ちょろいだけじゃくヘタレですか。まあ、それでもいいんじゃないですか?」


「……そのこころは?」


「どうせお嬢様が何もしなくても向こうから勝手にアプローチしてきますし、お嬢様はちょろいのですぐ押し負けるに違いありません」


「……何も否定できないのが悲しいです」


 リンネの言う通り、私が何もしなくてもブランさんはあの手この手で迫ってくるはずです。以前は軽くあしらう事ができていたアプローチですが、この気持ちを自覚してしまった今……私は抵抗する事ができるでしょうか?


「無理、でしょうね」


「何がですか?」


「いえ、こちらの話です。それよりも、話を聞いてくれてありがとうございました。気持ちの整理もできて少し楽になりました」


「それはよかったです。お付き合いする事になったら教えてくださいね? また、惚気話を聞かされるのを楽しみにしてますので」


「……」


「そんな睨まないでくださいよ。どうせすぐブラン様に絆されますって」


「……女好きで女誑しの聖女様には敵いませんか」


 リンネにからかわれて言い返したくなりますが、言い返せないのが悲しいところです。天性の女誑しの毒牙にかかった私は……もう手遅れなのかもしれないですね。

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