第22話 剣聖令嬢と無自覚の感情
お父様の執務室を出た私は早足で廊下を駆け抜けます。散々からかわれたためきっと顔は真っ赤でしょう。頬が火照っているのが自分でも分かります。
わざわざブランさんを退席させてまで何を話すのかと思えば……ブランさんをどう思っているかなんて……。そんなのまともに考えた事……あるわけないじゃないですか。
「ブランさん……あの日、聖女を辞められた日……偶然出会えたんですね」
偶然列車で居合わせた聖女様。
国を支える重要人物。そんな彼女があっけからんとした表情で嬉しそうに聖女をクビになったと告げるものなので思わず保護してしまいましたが……きっとそれが私の転機だったのでしょう。
それは認めます。
ブランさんが来てから楽しいです。
でも、お慕いしているかと聞かれたら、自信を持ってはいと答えることはまだできません。
私は公爵令嬢。この身はオルストロン家の繁栄のために使われる。貴族のご子息との結婚をする、そう覚悟して過ごしてきました。
そこに私の感情は関係ない。誰と結ばれるかは親が決める。恋愛感情は必要ない。そう思っていた……はずなのですが、どうしてこうなってしまったのでしょう?
「ブランさんを手放すな、ですか。まさか女性をお慕いする許可が出るとは……」
ブランさんをオルストロン公爵家に繋ぎ止める。それにどれだけの価値があり、どれほど優先順位の高い事項かなど、私が一番よく分かっています。
彼女ははっきり言って天才です。
ただでさえ聖女として確かな力を持っているのに、ブランさんは剣聖にも、賢者にも、その気になれば何にだって成る事ができるでしょう。
何色にも染まる白。何者にもなれる逸材。
そんな彼女が今、オルストロン公爵家にある。繋ぎ止めたいと思うのも当然でしょう。
手っ取り早く繋がりを作るには契りを交わすのが一番。ですがブランさんも私も性別は同じ。本来ならば相容れないはずなのですが、何故か偶然にもブランさんは男嫌いの女好きで、その好意は私に向けられています。
「ブランさんは私を慕ってくれている……。私は……どう応えるべきでしょうか」
ブランさんから向けられる好意は温かくてむずむずします。女性が好きと聞かされ、私がタイプだと堂々と語られた時は少しだけ引きましたが……今はもうそんな嫌ではありません。むしろ……私に好意が向けられる事がどことなく嬉しく思う。そんな私がいると最近気が付きました。
女好きのセクハラ聖女。
その名に違わぬ破廉恥な行為はもはや彼女の代名詞。その劣情を注がれるのは初めは戸惑いましたが、今となっては少し激しめのスキンシップと見なせます。
だって……もう二回もキス、しちゃいましたからね。
経緯はともかくとして、やってしまった事実は確かにあります。そう考えるとお父様の言う通り、心だけでなく身体も許してしまっていると言えるでしょう。
お父様が知ったらなんと言うでしょうか? もうとっくにファーストキスをブランさんに捧げてしまったなんて知られたら……はしたない女だと思われるでしょうか?
それともすべて把握した上であんな事を? だとしたら……お父様はとても意地悪です。
「やっぱり……好きなのでしょうか? ブランさんをお慕い、しているのでしょうか」
好きという感情を抑え込んできたからかよく分かりません。でも、普通は好きでもない相手に膝枕をしたり、唇を許したり……そんな事するはず、ありませんからね。私の胸に、好ましい以上の感情が眠っているのでしょうか。
「ブランさんとのキス……悪い気はしなかったですね」
あの時、彼女と交わした口付けはとても熱くて、心地よくて、頭がクラクラしてしまうほどに堕とされて……驚きを快感で上書きされてしまうような感覚でした。
拒むことも、抵抗することもできずに、受け入れるしかない、魅惑の口付け。あれを受けてから私は、すっかりおかしくなってしまいました。
「うぅ、考えたらまた顔が熱くなってきました……」
ブランさんの待つ部屋はもうすぐそこだというのに、また顔が火照ってきました。
こんな表情をして戻る訳にはいかないので、少し、もう少しだけ、ゆっくりと時間をかけて向かわなければいけません。そう考えて歩く速さを落とすのですが、しばらくの間熱が冷める様子はありませんでした。
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