第21話 剣聖令嬢と聖女の楔
「さて、こうして二人で話すのも久しぶりだな」
「そうですね。それで……何を話すために私を残したのですか?」
執務室に残るエフィネルとルクセウス。ブランノアを退室させ、親子二人水入らずの状態を作り出してまで話したい事とは何なのかとエフィネルは目を細める。
「エフィから見たブランノア嬢はどうだ?」
「どう……と言われましても。お父様が先程仰っていたように女好きのセクハラ聖女ですよ」
「その割には心も……身体も許していたようだが。女誑しというのも間違いではなさそうだな」
「あれは……そのっ、うぅ……何も言い返せません」
ルクセウスから見たエフィネルとブランノアは出会ったばかりとは思えないほどに近い。聞いていた報告然り、実際に二人が共にいる様子も然り、とにかく距離が詰められていた。
膝枕をして、撫でる。
それだけでもどれほど心の距離が接近しているのかが一目で分かるだろう。
そんなエフィネルの本心。
ブランノアに対しての気持ち。それを問うことがルクセウスの目的でもあった。
「エフィ……率直に聞くが、ブランノア嬢の事をどう思っている?」
「それはどういう意味合いでですか?」
「もちろん好きかどうかだ」
「……好ましく思っているのは確かですが、そこまでは分かりません」
「そうか、なら今はそれでいい」
エフィネルがブランノアに抱く感情。それはまだ本人にもよく分かってはいない。
だが、嫌いではない。むしろ好ましく思っている。そうでなければエフィネルがブランノアにスキンシップを許すことはないだろう。
「本当にいい拾い物をしたな」
「お父様もそう思いますか?」
「ああ……なんて言ったってお前が楽しそうだからな」
「私が……ですか?」
「しばらく元気がなかったエフィの笑顔を取り戻してくれた。それはブランノア嬢のおかげだろう」
「それは……そうかもしれません」
ブランノアがオルストロン家にやってきてからエフィネルはよく笑うようになった。それが誰のおかげか、考えればすぐに分かる。
公爵家の令嬢として、感情をコントロールする彼女がいつしかあまり笑わなくなった。
だが、氷のような表情はどこからか拾ってきた聖女が溶かしてしまった。
「エフィ、ブランノア嬢をしっかり掴まえておけ。もしくは逆でもいいぞ」
「逆って……公爵令嬢の私にそんな事言っていいんですか? 不出来な娘ですが……政略結婚の駒程度には使い道があるかと」
「だったら尚更ブランノア嬢を手放すな。打算的な事を言うなら、彼女はとてつもない価値を秘めている」
エフィネルは公爵令嬢。自由な恋愛ができる立場では無いと自覚していた。加護に恵まれず、オルストロン家の令嬢としては相応しくなくとも、まだ使い道はある。そう訴えるエフィネルに、ルクセウスは言葉を重ねた。
「エフィも分かっただろう? あれは才能の塊だ。どんな加護でも扱える素質。そして聖女と何ら遜色ない能力……。鍛えさせればどんどん強くなり、やがて加護は彼女に定着する」
「まさかそれが狙いですか?」
「まあ、お前の剣聖の加護だけでなく、私の加護含め様々な加護を学習させて、育て上げたいとも思うがそっちはあくまでも副産物。一番はエフィ、お前の幸せだ」
「私の幸せ……?」
「ブランノア嬢といるエフィは本当にいい顔をするようになった。幸か不幸か彼女は女好きの女誑しで、エフィがタイプらしいじゃないか。絆されて堕とされるのも一興……か」
実の娘に対しての言葉としては幾分か不適切ではあるが、ルクセウスの本音としては、エフィネルがブランノアに絆されるのも悪くない。そう思っていた。
エフィネルはブランノアと共にいることで笑っていられる。
そして、打算的な面で見ると、現時点で聖女と遜色ない力を持つブランノアをオルストロン家で抱え込める。それはどちらもメリットだ。
だからこそルクセウスは手放すなと表現した。
エフィネルがブランノアを繋ぎ止める楔となる。そういう意味では下手な政略結婚よりも大事な役目だろう。
「まあ、時間はたっぷりある。ゆっくりと絆されればいいさ」
「……なぜ絆される前提なのですか?」
「堕ちかけのくせによく言う」
「うぅ……話は以上ですか?」
「ああ、早く愛しのブランノア嬢のところに……っと。執務室で火属性の魔法を放つのはやめてくれ」
「うるさいです」
幾度となくからかうルクセウスにエフィネルは堪らず火球を放つ。それを顔色一つ変えずに防いだルクセウスは執務室で火を使う娘のやんちゃぶりに薄く笑った。
「……失礼します」
「ああ、ブランノア嬢にもよろしく言っておいてくれ」
エフィネルは顔を真っ赤に染めて、勢いよく扉を開けて出て行った。
それを見送ったルクセウスは一人笑い呟いた。
「ブランノア・シュバルツ……か。これから面白くなりそうだ」
娘が連れてきた劣等聖女。
彼女がこれからどのように動き、それがどのような結果を引き起こすのか。密かに楽しみに思うルクセウスはくつくつと喉を鳴らしていた。
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