第20話 劣等聖女の聖女問題
「すまないがこっそりと見させていただいた」
「そうですか。模擬戦とはいえ不甲斐ない結果を残した私をお叱りになりますか?」
「いや、そんな事はしない。興味深い戦いだった」
初めて見るエフィのお父さん――つまり公爵様は背が高くて、イケメンで、目元がキリッとしていてエフィとそっくりだ。雰囲気もどことなく似ていて、この親にしてこの子ありって感じがする。
そんな親子の会話を私はエフィの膝を枕にし、エフィの手に撫でられながら聞く大不敬ムーブをかましていた。
今目の前にいるのは子息令嬢とは違うガチモンの公爵様だ。エフィが貴族を感じさせない距離感でいてくれるからすっかり忘れてたけど、ここ……公爵家だったんですねぇ。
今すぐにでも起き上がって正座して土下座しないといけないのに、私の頭はエフィの太ももに吸い付いて離れない。もしや魔法か? 魔法で離れないようにして、私の醜態を見せつけて、公爵様の名のもとに私を処分するのか。
おのれ、エフィ……何たる悪魔ムーブ。そう考えるとエフィがほくそ笑んでる気もする。
「……もういいや。楽に殺してください……」
「ブランさんっ? 急にどうしたんですか?」
私はすべてを諦めてエフィの膝に頭を擦り付けた。この楽園で死ねるのなら悪くない。そんな事を考えてだらりと身体の力を抜くと、不意にくつくつと笑い声が聞こえてきた。
「くくっ、ははははっ」
「お父様?」
「……いや、失礼。噂には聞いていたがブランノア嬢は面白いな」
「噂? ブランさんにですか?」
「ああ、女好きで女誑しのセクハラ聖女、エフィネルが堕とされるのも時間の問題かもしれないと聞いていたが……その様子だともう堕とされたか?」
「なっ? まだです!」
「まだか。まるでこれから堕ちるみたいな言い方だな」
エフィはハッとして口元を押さえる。ちょっとちょっと、私を睨むのはお門違いだと思います。失言したエフィが悪い。
というかセクハラ聖女って……間違っては無いけどさ。公爵様に知られてるのは何か恥ずかしい。そのセクハラ聖女が大切な娘さんのお膝でゴロゴロしてるのを見て、笑っているだけなんていいのだろうか?
「うぅ……まさかそんな風にからかうためだけに来たのですか?」
「いや、どちらかと言えばブランノア嬢に用があった」
「えっ? 私に……ですか?」
私はのそのそとエフィの膝から起き上がって正座をした。エフィとの会話でも楽に話していたからつい素の話し方が出てしまいそうだったけど、何とか言葉を付け加える。
ガチ貴族怖い。私に用って何だろ? 断罪? 死刑?
「そう畏まらなくていい。聖女についての話だ。少し長くなるから場所を移そう。着替えてからエフィと共に私の執務室に来てくれ」
そう言ってエフィのお父さんは踵を返して行ってしまった。エフィを見ると公爵様にからかわれたからか少し顔が赤くてかわいい。
「……何ですか?」
「まだ、なんだ?」
「……っ、うぅ……あまり意地悪しないでください」
ただでさえお父様からダメージを受けてるためこれ以上はよくないかもしれない。とりあえず聖女の話とやらも気になるし、準備しないと。
「さ、行こっ」
「……ありがとうございます。ん……立ち上がったので離してください」
「ヤダ、あと五時間」
「お父様をいつまで待たせるおつもりですか?」
「……このままいけばよくない……って痛い痛い。握り潰さないでっ」
私が差し出した手を掴んでエフィは立ち上がった。その手を離さずににぎにぎと温もりを楽しんでいると、エフィに思いっきり手を握られた。痛いよ〜。
◆
戦闘で汚れた服を着替えて、エフィに連れられてやってきた部屋。そこがエフィのお父さんの執務室だ。エフィは慣れた手つきでノックをすると、中から入れと声が聞こえる。
扉を開け中に入るエフィの背中に張り付くようにして私も入室する。ちょっとだけ緊張してきた。
「適当に座ってくれ」
エフィを見ると頷いたので、私達は大きめのソファに並んで座る。その対面に腰を下ろしたエフィのお父さんが私を見た。
「挨拶が遅れたな。私はルクセウス・オルストロン。オルストロン公爵家の現当主だ。以後よろしく」
「ブランノア・シュバルツです。よろしくお願いします」
「ああ、言葉遣いは気にしなくてもいい。ブランノア嬢の楽なように話してくれて構わない」
「ど、ども」
えー、そんな風に言われてもいきなり楽には話せないよ。エフィはたぶん歳も同じくらいだし、友達感覚で喋れたけど、このガチ公爵様に素で話すとか怖すぎる。かと言って取り繕う必要がないのならそれに越したことはないけどさ。オルストロン家、ただの一般平民劣等聖女に優しすぎないか?
「エフィが聖女様を拾ってきたと報告してきた時は驚いたが……まさか聖女の任を解かれていたとはな」
「そのことに関して何か分かったんですか?」
「ああ、王子が中々口を割らないから苦労したが、陛下が問い詰めて聞き出した。ブランノア嬢の件は聞いていた通り王子の独断。陛下には事後承諾を得るつもりだったようだ」
ほーん、やっぱり王子の独断だったのか。いやー、いい仕事するじゃん。聖女辞めれて嬉しいので私は感謝してるよ。
「王子はとにかくアメリア嬢との時間を確保したかったらしい。ブランノア嬢の模倣の加護のために、聖女の加護を持つアメリア嬢の付き添いは必要不可欠だからな」
「なるほど。それでブランさんを聖女から外して、本来の聖女であるアメリア様が役目を担えば、浮いた時間を共に過ごせる……という事ですか」
うん、劣化コピーでほんとごめんね。でも、その劣化コピーに頼らざるを得なかったのはそっちなんだから、私が悪く言われる筋合いはないと思う。
それで、王子の動機とかは正直どうでもよくて、私が気になっていることはただ一つ。
「その……アメリア様はちゃんと聖女としてやれているんですか?」
きちんと引き継ぐと言っていた聖女としての役割。それがこなされなくなったら再度私にお仕事が回ってくるかもしれない。
せっかく辞められた聖女に逆戻りするのはごめんた。だからアメリア様には頑張ってもらいたい。いや、切実に。
「今のところは国の結界維持も問題はない」
「ほっ、よかった〜」
「だが、以前見かけた時は少し窶れているようにも見えた。ブランノア嬢が代わりを務めていた聖女の任の他に、これまで通り王妃教育などもあって忙しいからな」
「そう考えると、やはりブランさんが担っていた役割は大きいですね。それを劣等などと侮蔑するなんて……」
「それには私も同意だ。聞くに王子はブランノア嬢にかなりきつくあたっていたらしいな。三年も国を護る大役目を担ってくれていたというのに……自らの感情を優先して。愛がある事は素晴らしいが一国を担う者が恋に盲目になるのも考えものだな」
「そうですね。それで、ブランさんが聖女に復帰する可能性はあるのでしょうか?」
「今のところはなんとも言えん。陛下としてはブランノア嬢に聖女を続けてもらいたいそうだが、独断とはいえ王子のやった事をホイホイ取り消す訳にもいかん。かなり頭を悩ませていたな」
アメリア様のキャパを考えたら聖女は私に押し付けて、アメリア様は王妃教育に専念した方が王様的には都合がいいんだろう。
でも、仮に頼まれたとしても私はもう引き受けない。
今なら聖女の加護は私の中にあるし、以前と比較しても楽に聖女の役目もこなせるだろう。
それでも、嫌なものは嫌だ。私はあの大聖堂が大嫌いだ。もう戻りたくない。
「そうだ。そういえば王子は無報酬でブランノア嬢をクビにしたんだったな」
「正当な報酬は何とかなりそうですか?」
「ひとまずブランノア嬢が聖女を務めた期間の報酬として金貨を」
そう言ってエフィのお父さんは私の前にズッシリとした皮袋を置いた。パンパンに膨れているこの袋の中身……まさか全部金貨? えっ、えっ、私大金持ち?
「これ、私が貰っていいんですか?」
「正当な対価だ。といってもブランノア嬢にはこれでは足りないくらいだが」
「え、十分です」
エフィが言ってたような貴族の養子とか爵位とか面倒なのは本当にいらない。これだけのお金があれば十分すぎる。
「さて……一通り話は済んだし、金貨も渡した。ブランノア嬢は他に聞きたいことはあるか?」
「……今のところは大丈夫です」
「そうか。また何か気になることや相談したい事があれば尋ねてくれ。できる限り力になろう」
「ありがとうございます」
エフィのお父さん、優しすぎない?
元聖女とはいえ平民の私にここまでしてくれるの、何かのバグか?
いや、丁重に扱って貰えるのはありがたいけど。
「では、すまないが席を外してくれ。エフィと二人で話すことがある」
「私に? ブランさんは先に戻っていてください。私もお父様との話が済み次第向かいます」
「ん、おけ。じゃあ待ってるね。あ、失礼します〜」
親子二人水入らずでのお話という事で、私は一足先に退散。
エフィに軽く手を振り、エフィのお父さんに向けてお辞儀をして、バチくそ重たい皮袋を抱えた私は執務室を後にした。
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