第19話 劣等聖女と魔法剣聖

 エフィと剣をぶつけ合う。けど、今回の戦いにおいて私は重力の加護を使えない。前回のように剣や手にかかる重力を弄って押し込んだり、無茶な体勢から回避行動を取ったりというのはできない。


 純粋な剣の腕ではエフィには敵わない。でも、元々劣化剣聖の加護で打ち合えるなんて思ってない。


「……っと、何か一段と鋭くない?」


「そうですか? まだここから上げていきますよっ!」


「え、ちょっ、うわ」


 ただでさえ付いていくのがやっとなエフィの剣撃がさらに激しさを増した。剣をかち上げられて開いてしまった身体は無防備。それに対してエフィは……容赦なく剣を振るおうとしている。


「でも……まだ終わらないよ」


 私はエフィが振るうだろう剣の軌道上に、バリアを張った。それによって剣は鈍い音を立てて止まる。

 聖女の加護は護る事においては絶大な力を発揮する。オリジナルに劣るとはいえ、ほぼ本物。エフィの剣聖の加護にだって張り合える。


「聖女の加護……これまで国を護る為に使われていた力。それが今ブランさんを護っている。そう考えると困ってしまいますね」


「いいよ、どんどん困ってよ……ってめっちゃ笑ってるじゃん」


 そう言うエフィの顔はとても困っているようには見えない。むしろ好奇心というか、ワクワクしているというか、いかにして私のガードを貫くかを考えて楽しそうにしている。


「アイス・バレット」


 少し距離を取ったエフィは空中で剣を滑らした。その軌道上に作り出された氷の弾丸はパキパキと音を立てて私に向かって射出される。


 今回のエフィにはこれがある。

 剣が届かない間合いから一方的に攻撃できる手段。しかも早い。さすが魔法が得意だと豪語するだけはある。


「それも防げるよ」


「ではこれなら?」


「えっ……多くないっ?」


 エフィが空中に剣をかざす。

 すると先程と同じ氷の弾丸が無数に形成されていく。もはや雨だ。


 でも、聖女の加護はその程度では破れない。

 放たれた傍から私の張った光の幕にぶつかり、氷の弾丸は甲高い音を立てて砕けて散った。


「なるほど……広範囲に張っても強度は変わらずですか。さすが聖女様ですね」


「いぇいいぇい〜、ぴーす!」


「……いい笑顔ですがこの場でそれをやられると無性に腹が立ちますね」


 聖女の加護は確かにエフィに通用する。するんだけど……攻撃を防いでるだけじゃ私に勝ち目はないんだよね。手数で押されると私も防戦一方になっちゃうけど……聖女の加護を信じて突撃しようか。


「ファイアー・ランス!」


 エフィが今度は炎の槍を差し向けてくる。轟々と燃え盛る炎が空気を揺らしていて、届いた熱気が私の身体を強ばらせた。


 でも、大丈夫。

 私は聖女。元聖女。

 聖女の立場は今でも嫌いだけど、劣等聖女という呼び名はほんの少しだけ好きになれた。

 だから、私は……自分の加護の次くらいにこの加護の事も信じられる。


「っ! そう来ますか……!」


 私は自分から炎の槍に突っ込んだ。避けるつもりも、迎撃するつもりもない。私の身を覆う聖なる力が、私に害を為すものをすべてシャットしてくれると信じてエフィに接近する。


 怖い。でも大丈夫。

 火傷しないかな? でも大丈夫。

 怖い。 大丈夫、怖くない。

 護って癒す。聖女の加護なら、何も心配は無い。


 精一杯の強がりと、これまで築いてきた聖女の加護への信頼で、炎に飛び込む恐怖を打ち消す。

 エフィの驚いた顔が炎に隠れて消え、私の身体を覆う聖なる光がよりいっそう煌めいた。


 エフィの魔法と私の加護がぶつかる。

 でも、私が信じた通り、聖女の加護ならエフィに劣らない。


「よっし、これならガード張ったまま好き放題動ける。エフィ、覚悟っ!」


「……っ、無傷で通り抜けてきますか。聖女の加護を貫くのは至難の業なようですね……!」


 再び剣の間合いに持ち込んだ。だからといって油断はできない。聖女の加護がエフィに通じると分かったのは私の自信に繋がるけれど、私が劇的に強くなったわけでも、エフィが弱くなったわけでもないんだ。


 でも、私の勝利条件には確実に近付いている。剣を当てなければいけない以上、私はこの間合いで戦うしかない。


「ほらほらー、どうしたの? 得意の魔法は使わないのっ?」


「……調子に、乗りすぎですよっ!」


 斬り結びながら煽る事も忘れない。

 接近した事でエフィの顔がよく見える。こめかみをひくつかせながら、剣に力を込めるエフィ。それでも冷静さは失っていないからか中々崩せない。


「くっ、こうなったら……!」


「お、何? 奥の手? 見せて見せてー」


「言われなくてもっ、剣聖の加護、出力全開ですっ!」


「はっ? マジで?」


 そう言ってエフィは素早く剣を振るい、私の剣を弾いた。これまでの動きがぬるく思えるほどに早く鋭いそれに、私の手はまったく追いつかなかった。


 唯一間に合わせることができたのは聖女の加護でバリアを張ること。身体を覆う光の幕とエフィの剣を迎え撃つバリア。この二重結界でエフィの剣を防がなければならない。


 でも、さっきもそうだった。

 聖女の加護はエフィに対抗できる。そう思った私だったけど、ふとエフィの言葉が頭をよぎった。


 ――本気で剣聖の加護の力を使うと模擬剣が耐えられないんです――


(本気? あ、ヤバいかも……)


 そう感じた時にはもうエフィの剣は振り下ろされ、私の張った光の防壁を叩き壊していた。

 そのまま迫る剣が私に近付く。ガードは……間に合わない。けど、これは千載一遇のチャンス。


(今っ! 今しかないっ!)


 エフィが完全に攻撃にすべてを割いているこの瞬間。今ならば私の剣もまたエフィに届く。


 私は聖女の加護を信じて、剣を握る手に力を込める。その剣は私には届かない。届かせるのは私だ。


 そして、次の瞬間……何かが砕け散る音が二つ重なって聞こえた。それを聞いた私は、勝利宣言の笑みを浮かべる。


「まさか破られるとは思わなかったけど……勝負あったね」


「……ええ、また私の負けですね」


 破砕音の正体。

 一つは私の聖女の加護で張り巡らせていた光の防護幕がエフィの剣によって砕かれた音。

 そして、もう一つはエフィの剣が剣聖の加護に耐えられずに砕けた音だった。


 剣がエフィの手から消えて、私の剣は止められない。

 そのままエフィの肩を軽く叩く剣が私の勝利を告げた。


「あー、危なかったー。剣聖の加護の大きすぎる力に救われたー」


「ムキになってしまったのが敗因ですか……。やはりブランさん相手には模倣の加護が切れるのを待つのが有効みたいですね」


「その時は聖女の加護で守りながらリロードしにいくよ」


 時が経てばいずれ剣聖の加護は失われる。けど、それによって私の攻撃性能は失われるけど、防御性能はそれほど変わりない。強いて言うなら剣での打ち合いに弱くなるくらいだけど、聖女の加護の力があるからね。


「ふー、ではでは勝者の特権としてエフィに何を命令しようかなー?」


「そのような約束事はなかったはずでは……?」


「私が勝ったから今発生した。じゃあ、とりあえずまた膝枕してもらおうかな」


「本当に調子がいいですね……」


 そう言いながらもエフィは木陰に移動して座り込み、ポンポンと膝を叩いた。私はそこに迷わずダイブした。


「えへー、きもちー。撫でてー」


「はいはい」


「ちゅーして〜」


「ちゅ、ちゅー!? し、しません……っ!」


「えー? じゃあおっぱい揉んでいい?」


「ダメです」


「痛い痛い〜、頭が割れるっ」


 調子乗って要求しすぎたらエフィの優しく撫でる手がアイアンクローに変わってしまった。グリグリしないでっ。


 そうしてエフィの猛攻に耐えていると、足音が近付いてくるのが分かった。

 そちらの方向を見ると、エフィの視線もそちらに向き、攻撃が止まった。


「……お父様」


 お父様? エフィの?

 挨拶? 挨拶しないといけない、よね?


 あ、でもせっかくの膝枕……起き上がる前にあとちょっとだけ堪能したい。太もも柔らかい。さわさわしたい。あっ、バレて抓られた。ごめんって、痛くしないで〜。

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