第12話 剣聖令嬢の膝枕

「う、うぅ……」


「ブランさん、大丈夫ですか?」


「……うにゅ……エフィ?」


 目を覚ますと目の前にエフィの顔があった。かわいい。綺麗。美しい……じゃなくて、何か頭に柔らかいものを感じるし、これってもしや……膝枕。


 ……吸わなきゃ!


「すーはー、すーはー、すーすー、すーすー、げほっ、げほっ……」


「どうして目を覚まして一番最初にするのがお腹側を向いての深呼吸なんですか。あと、吐くの忘れてむせないでください。こら、顔をぐりぐりしない」


「あいたっ」


 使命感に駆られてエフィのお腹に顔を押し付けた私は、思いっきり深呼吸をした。めちゃくちゃいい匂いがしたので、ここがお花畑かと思ってつい息を吐くのも忘れて吸い続けてしまった。エフィは擽ったいのか身を捩らせている。


 調子に乗って鼻先をもっと押し込もうと頭を動かすと、さすがにそれは看過できないのか結構強めのチョップが飛んできた。痛い……。


「お嬢様。だから言ったじゃないですか。ブラン様に膝枕なんて、セクハラしてくれと言っているようなものですよ」


「……これほどまでに躊躇がないのは想定外でした」


「ふふ、甘い甘い。押してダメなら押し倒せが信条の私に気を許しすぎだよっ。ついでに身体も許してよ……あいたっ」


「ついでで身体を明け渡すほどお嬢様は安くありません。ほら、もう起きたのですから寝言を言ってないで、早くお嬢様の膝からどいてください」


 くそ、このメイド……言動が容赦ないな。ちょ、ゲシゲシ蹴ってくるの止めなさい。いや、この角度……見えそう。

 あっ、黒。


「うわ、えっちだ。派手なの履いてるね」


「は? み、見ました?」


「見せてくれたんじゃないの? あ、ご馳走様です」


「……お嬢様、この色欲魔獣を速やかに処理するべきかと」


「うーん、度が過ぎれば……といったところでしょうか」


 リンネの冷たい視線がこれでもかというほど私を射抜いている。もしその視線が矢とかだったら穴だらけだね。スカートを押さえて、恥ずかしそうに顔を赤らめて、必死に睨むその表情……いいね!


 でも、転がっている相手に足を上げるリンネが悪いと思います。もっとスカートを履いているという自覚を持って。だからエフィにそんな提案しないの。処理って……もしかして殺されちゃう?


「お嬢様、あまりブラン様に甘いと付け込まれますよ」


「むっ、リンネが厳しい分エフィは甘くていいの! これでバランス取ってるの! ねっ、エフィ〜」


「私ももう少し厳しくした方がいいでしょうか?」


「ダメ! ヤダ! 断固拒否!」


 エフィまで厳しくなっちゃったら困る。

 じたばたと抗議の意を示す私をあやす様にエフィは優しい手つきで頭を撫でてくれる。気持ちよくて蕩けそうだ。


「ここが楽園か。もう私、ずっとエフィの膝で過ごす……!」


「そんな決意しないでください。ずっとはダメですよ」


「えー、じゃああと五年」


「長いです……あと五分ですね」


 エフィは私の髪を弄りながら、冗談にも乗ってきてくれる。いや、あと五年ここにいたいのは冗談じゃないけど……とにかくいい子すぎて本当にかわいい。


 そんなエフィがさわさわと撫でる手を止めて、不意に私の顔を覗き込んできた。

 整った顔が近くに来てドキッとしたけど、何かを言いたげに言葉を選んでいる様子だったのでふざけずに待つ。


「……ブランさんには驚かされてばかりですね。まさか負けてしまうとは」


「でも、相当手加減してくれてたでしょ? 結局最後まで本気は引き出せなかったし……何か勝った気しないな」


「申し訳ありません。本気で剣聖の加護の力を使うと模擬剣が耐えられないんです。なので、あの時出せる全力で臨みましたが、ブランさんの方が一枚……いえ、何枚も上手でしたね」


 それは買いかぶりが過ぎる。

 そもそも私は剣聖の加護を全力で使ってた。それでも模擬剣が壊れる様子は無かったから、やっぱり劣化コピーはオリジナルの2〜3割くらいの力しか使えてない。


 そして、散々助けられた重力の加護だって、意図して模倣していた訳じゃないから本当に偶然だった。

 それだけじゃない。


「それに、エフィだって加護を複数使う私の消耗が激しいのは分かってじゃん? どうして逃げと守りに徹して私の自滅を待たなかったの?」


「……せっかく心躍るダンスをしていたのです。そんな終わり方……呆気ないではありませんか」


 そう言われると何だか嬉しい。

 と言いつつも、エフィがそう思ってくれることを期待して、その感情すら利用した賭けに出た私の勝ちなんだけどね。


「エフィの模倣でギリギリ付いていけてたけど、やっぱり本物には敵わないねぇ」


「……それは嫌味ですか?」


「ええっ? 違うよ!」


 模倣の加護、剣聖の加護、重力の加護、それでも届かなかったから奥の手の聖女の加護も使わされた。

 それでやっと届いたって感じだけど、エフィは多分本当の力の半分も出していないし、どっちかと言うとエフィが得意なのは魔法だから、全然足りてないんだよね。


「私にあるもの全部足してギリギリ届いた。でも、エフィは魔法を使ってないし、剣聖の加護も本気じゃなかった。だから嫌味なんて言えないよ」


「ブランさんの全部……では最後のアレは何ですか? 剣聖の加護でもなく、重力の加護の効果範囲外だというのに、私の剣は弾かれました」


「ああ、あれねー。言わないとダメ?」


「なぜ負けたのか分からないままなのはモヤモヤするので、可能なら教えていただきたいです」


「……私がなんて呼ばれてたか……エフィ、知ってるよね?」


「劣等聖女……まさか?」


 そう。

 劣っていても私は聖女。


「ブランさんのあれは……聖女の加護の力? ですがどうやって? あなたの模倣は接触が必要なのでは?」


「……まあ、その辺の説明はまた今度って事で」


 名残惜しいけど私はエフィの膝から頭をどかして立ち上がる。

 説明するには長くなるだろうから、こんなところじゃなくて、お茶でもしながらゆっくりということで。


 それに、起きはしたけど正直身体がだるい。加護の使いすぎで倒れるのも久しぶりだから、このグロッキーな感じも何だか懐かしいよ。


 エフィの膝にいる時はあまり気にならなかったけど、離れたら一気に疲れが襲ってきた。うわ、眠い。どれだけ気を失っていたのか分からないけど寝足りない。

 ……やっぱりあと五年寝させてくれないかな?


「そうでしたね。四つも加護を発動させていたのですから、さぞお疲れでしょう。今日は私の戯れに付き合ってくれてありがとうございます」


「いいよー。私も剣聖の加護使えて楽しかったし。また貸してくれる?」


「はい、もちろんです」


「私がもうちょっと強くなったら、またやろうね」


「ブランさんが強くなったら……ですか。それは楽しみと思うと同時に少し怖いですね」


 私の成長速度は早いからね。

 でも、これから忙しくなるなー。

 重力の加護も剣聖の加護も極めたいし、ストックしたい。

 剣術も魔法ももっとできるようにならないといけないし、やるべきことがいっぱいだ。


 でも、ひとまず最優先は休息かな。

 また借りた加護を定着させるトレーニングをするために、英気をしっかり養わなければいけない。

 というわけなので、一足先にお休みなさいです!


「じゃ、今度ちゃんと説明するから。あ、また膝枕してくれると嬉しいです。そんじゃ、お休み〜」


「はい、ゆっくり休んでください」


「……永眠しないかな」


 はい、そこのメイド。

 聞こえてますよ。私が元気いっぱいだったらしばいて全身揉みほぐしの刑だけど……今はあれこれ言い返すのも億劫なので見逃してあげる。

 その代わり、次会った時は覚悟しておくように……!

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