第11話 劣等聖女と模倣の加護
(今の返し……絶対間に合うはずないのに……)
エフィネルはブランノアの挙動に目を細めた。
今目の前で肩で息をしながら獰猛に笑う彼女は、どうしてあのタイミングでパリィが間に合ったのだろうか。
ブランノアは剣を振り下ろした態勢。それを最小限の動きで躱して、胴に有効打を入れる心積りで振るった剣。それは確かに入ったとエフィネルは思った。
(あの一瞬……ブランさんの手が、腕が、剣が……そして全身が、有り得ない方向に動いた。まさか……っ)
ある可能性が頭をよぎったエフィネルはそれを確認するために再度ブランノアへと剣を振るった。その構図は開戦の狼煙を上げた一撃と同じ。加護の差がそのまま現れて、エフィネルが押し込めるはずの剣。
そのはずだが、ギリギリと音を立てて拮抗し、ブランノアは不敵に笑う。
「押し込めない……と言うよりは重いと表現すべきでしょうか」
「あは、気付いた?」
「ええ、あなた……リンネの加護を使用していますね」
エフィネルは自分の中にあった疑惑を確信に変え、ブランノアによって押し込まれた剣を受け流す。そしてすれ違いざまに一撃を入れようとするも、その前のめりになった態勢からは到底できない動きでブランノアは回避する。
再び距離を取って睨み合う。
消耗はしているが目はまだ死んでいない。
そんなブランノアの鋭い眼光を受け、エフィネルはゴクリと唾を飲み込んだ。
◾︎
純粋な剣の腕では敵わない。
何せ私の剣聖の加護は劣化だ。初めての模倣ということもあってまだ使いこなせない。
本家と偽物。
オリジナルとデッドコピー。
そのスペック差は覆るはずもない。
なら、どうする?
その差を……剣聖の加護以外の要素で埋めてやればいい。
私はさっき偶然にもリンネの肩に触っていた。
加護を借りようと意識して触れたわけじゃないけど、模倣の加護自体は発動させた状態だったから、重力の加護も宿すことができていた。
だから私は咄嗟にその加護を発動させて、剣を持つ手を強引に呼び戻した。
それに加えて重力の加護を垂直方向ではなく、水平方向に作用させれば……間合いを自由に調節できる。
だから多少無理やりな攻撃を仕掛けても、本来の体勢からは絶対できないような回避行動に移ることができる。
……まあ、あんまり無茶な重力変換すると身体が軋むような感じがするけど、ちょっとくらい我慢我慢。
「あはっ、あはははっ! どう? ちょっとはやる気出た?」
「……やる気なら初めから十分ですよ」
「嘘だね。よく考えてみれば私の劣化剣聖の加護でエフィと互角なはずないじゃん。だから相当手を抜いているんでしょ?」
「……腕が鈍っている、という事にしておいてください」
再び斬り結ぶ。
だけど私は剣に重力をかけたり、抜いたりできるから、もう防戦一方にはならない。
重力で重さを補えているから、両手持ちじゃなくても打ち合える。片手が空いているから鍔迫り合いをしながらでもこんな事ができてしまう。
「反転」
「っ? これは……っ」
「いい判断だね」
私は空けた左手でエフィの右手首を掴んだ。そして――触れたという事はエフィにも加護の効果を及ぼす事ができる。
エフィが力を入れているのとは反対方向に重力をかける。押し込もうとする剣が浮き上がっていくような感覚なのかな?
それに驚いたエフィはすぐに私の手を振り払って片手で剣を引き戻す。でも一瞬開いた身体は明確な隙。いくら私の剣聖の加護が劣化でも、その隙は見逃さない。
「くっ、随分と加護の扱いがお上手ですね」
「器用貧乏改め、器用大富豪だからね」
それでも剣聖を穿つにはまだ足りない。
今まででいちばん綺麗に崩しが決まったけど、エフィはすぐに立て直して対応してくる。
やっぱり本物の剣聖はすごい。
私の持てる力をここまで引き出してようやく互角……というかいい勝負だなんて。これでも手を抜かれているんだから嫌になっちゃうよ。
こっちはただでさえ模倣の加護、重力の加護、剣聖の加護を同時に使用しているから長くは持たないってのに……攻めきれないのはなかなかに苦しい状況かも。
「ブランさん、大丈夫ですか?」
「何? 人の事心配する余裕あるの?」
「余裕はありませんが……ブランさんが以前言ったではありませんか。『私の加護はコスパが悪い』と」
ほら、エフィも気付いてる。
私の異常なパフォーマンスは何を犠牲にして成り立っているものなのか分かっているんだ。
でも、そんなの知らない。
模倣の加護の真髄がこれなら、私は迷わずやれる。
一つ一つは劣っていても、全部合わせて上回ってみせる。
「そうだよ! コスパ悪くて今だってゴリゴリ削られてるよ! でも、関係ない」
「消耗度外視ですか……!」
「これが私の……器用大富豪だっ」
重力の加護で間合いを詰める。剣聖の加護で引き上げられた剣術に重力変換の変化を与える。剣聖の加護+重力の加護+エフィの模倣を突き詰めて、洗練させていく。
「それはさっき見ました。私自身の重力に関与されなければ、どのような攻撃でも捌き切れます」
「反射神経……っ、やばすぎでしょ」
「反射? いいえ、予測ですよ。私の動きは私が一番よく知っています」
「ちっ、これだからオリジナルはっ!」
模倣元がエフィだから先読みの精度も高いのか。
そりゃそうだ。なんたって本人だからね。
でも、私が出せる剣術は今この瞬間エフィからパクリ続けているのが一番レベルが高い。
変化を求めて、我流で剣を振るおうものなら忽ちやられてしまうはずだ。
だったら――乗せられるものはもう一つしかない。
私はエフィから距離を取って、大きく深呼吸をした。
「休憩ですか? 疲れてしまったのなら終わらせますか?」
「うん、終わらせよう。私の全部、この一撃に賭けるよ」
「そうですか。なら……全身全霊を持って迎え撃ちましょう」
「そう来なくっちゃ」
正直、エフィは時間が過ぎるのを待てば自然と勝利する。
私の魔力が尽きるか、それとも重力の加護が切れるか。どちらかを迎えたらゲームオーバーだ。
逃げや守りに徹すれば勝てるエフィが、私の賭けに乗って来てくれるのは本当にありがたい。
「行くよっ!」
わざわざ宣言する必要もないけど、私は大声で叫んだ。
そして、重力の加護を使って……空へ向かって落ちていく。
遠く離れて小さくなったエフィは、私が何をしでかすのかと見つめている。
今日初めて見せる垂直方向への重力反転。そして、私自身やった事の無い初めての試み。
「今っ、ここっ! 重力反転っ!」
十分空に向かって落ちたところで、今度は向かって斜め下……エフィの方向に全力で重力をかける。
劣化重力の加護の出力自体はリンネに遠く及ばないけど、こうやって落下するエネルギーも乗せてあげれば、ある程度は補える。
「エフィ、勝負だよっ!」
その勢いで、私はエフィに向かって突っ込んだ。
どんどん近付くエフィの目に焦りはない。
対処が効くか、それとも私より先に攻撃ができるのか。きっと私のこの攻撃も予想外であっても、想定外ではないのだろう。
どちらの刃が先に相手に届くか。
それが勝敗を分ける一瞬の交錯。きっとエフィは自分の方が早いと思ったんだろう。それは、確かに間違いなかった。
でも、その剣は私の奥の手――――聖女の加護の力で展開されたバリアで弾かれた。
「えっ?」
「貰うよ」
私はその突撃と共に全てを乗せた剣でエフィの剣を弾き飛ばす。
離れたところでカランと乾いた音が響き、無防備となったエフィの胸にそっと剣を押し当てる。
「あ……無理。疲れた」
そこで私は限界を迎えた。
意識が途切れる直前、倒れゆく身体が温かさに包まれた――そんな気がした。
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