第10話 劣等聖女と剣聖の加護
「ねぇねぇ、エフィって強いの?」
「強さの基準にも寄りますが……ブランさんの期待には添えると思いますよ」
ニコッと微笑むエフィ。その表情からは自信が滲み出ている。あと、かわいい。
魔法に秀でたオルストロン家の教育を幼い頃から受けてきただけあって、魔法関連の能力はかなり高いはず。あと、かわいい。
そこに発現した剣聖の加護も加わるからまさに完璧。努力と才能のハイブリッド。何だこの最強令嬢……天才かよ。あと、かわいい。
「表情が忙しいですね。また何か
「ゔぇっ? そ、そんな事ないよ〜」
「……まあいいです。ところでブランさんは剣の腕に自信は?」
「ないかな。昔ちょっとだけかじっただけだし、素人に毛が生えたようなもんだよ」
そもそも剣術に関しては模倣の加護は使ってないし、誰から真似たのかも覚えていない。真似するに当たって参考にしたお手本がどれだけよかったのかも分からないけど、加護を使ってない私が見様見真似でできるくらいの剣術と考えたら、実はそれほどレベルは高くないのかもしれない。
だからこそ、エフィには期待している。
私の中の剣術という項目をアップデートするためのオリジナル。模倣元が強ければ強いほど、私は真価を発揮する。
「剣聖の加護……いきなり卸し切れるとは思わないけど、適応してみせるよ」
「ブランさんは立派に聖女を務めました。そのために磨かれた加護は本物でしょう。あなたは以前から劣化コピーと謳われていますが、私はそうは思いません」
「おー? そんな買いかぶらないでよ。もしかして予防線張ってる?」
「……そうかもしれません。現時点では剣も魔法もおそらく私の方が秀でているでしょう。ですが、あなたの成長速度はきっと私の想定を超えてきます」
「だといいなぁ。エフィをあっと驚かせてやる」
そうだ。今はまだ劣っていてもいい。
いつかその領域に至る。至ることができるのだと私はもう知っている。
「そろそろ準備も終わるでしょう。庭に参りましょう」
「はーい」
エフィはそう言って席を立った。私もカップに残る冷めかけのお茶を流し込み、早足で彼女を追いかけた。
◆
エフィに付いて行き庭に出ると、模擬剣を用意したリンネが待っていた。
エフィはそれを受け取るとひゅんひゅんと空気を切る音を鳴らして軽い素振りをしている。
片手で軽く振っているだけなのに、まるで何かを本当に斬っているかのように見える。その動きに淀みはなく、流れる水のように美しい。私は思わず魅入ってしまって、少しの間エフィの剣の舞を無言で眺めていた。
「ふぅ、加護のおかげもあってそれほど衰えてはいないようですね。これなら恥をかかずに済みそうです」
模擬剣の根元から先まで撫で、エフィは安堵したように微笑む。実際に剣を交えた訳じゃないけど、エフィの完成度がとてつもなく高い事だけは分かる。
これで、剣を触るのは久しぶりというのだから、エフィの才能の大きさが窺える。
「ブラン様もどうぞ」
「ありがとう。エフィやばいね。勝てる気がしない」
「お嬢様は天才ですからね。でも、ブラン様も天才だと思いますよ」
私はリンネから模擬剣を受け取って、エフィの真似をして振ってみる。でも、あんな風に鋭い音は出せないし、中身が伴っていない形だけ似ている別のモノだ。
それだけで格の違いを思い知った私は背中に冷や汗が流れたのを感じた。これが剣聖。そしてそれは実力の半分でもある。底が見えないとはまさにこの事だろう。
そんな風に軽く戦慄している私は、リンネにかけられた言葉でハッとする。
どれだけ通用するか分からない。でも、少しでも多くその才能を引き出して――モノにしてやる。
「私はさ、すごい負けず嫌いなんだ。でも、これから先いっぱい負ける。どんな分野でも一番にはなれない」
「ブラン様……何を?」
「いいから聞いてよ。どれだけ突き詰めても、私はオリジナルを越えられない。聖女の加護も、重力の加護も、そして剣聖の加護も……全部劣化だ」
どれだけ近付いても、本物には届かない。
でも――。
「私がここにいる限り、唯一無二は存在しない。私はそれを証明する器用大富豪だ」
一方的にまくし立てちゃってごめんね。でも、私の決意を聞いてほしかったんだ。だから、見ててよ。あなたのところのお嬢様に一矢報いてやる。
私はリンネの肩に手を置き謝ると、エフィと向き合った。
エフィはもう準備万端といった様子で、私を待っている。
「ブランさん、準備はいいですか?」
「いつでもいいよ」
「では……どうぞ」
「うん、借りるね」
試合前の握手みたいにエフィの手を握る。すべすべの肌とかしなやかな指とかに一瞬興奮しかけたけど、今はそんな煩悩にかまけている暇はない。
宿った剣聖の加護を感じる。
初めて借り受けるから練度も低いし劣化も劣化。模倣時間もそれほど長くはないだろう。
それでも、今の私は剣聖だ。
劣等聖女ならぬ劣等剣聖……ってか? はは、語呂悪っ。
「いい構えですね。まるで鏡でも見ている気分です」
「いいお手本が目の前にあるからね」
静かに構えて睨み合う。
あくまでも稽古。あくまでも模擬戦。
そのはずなのに、本気で斬り合うかのように私は集中を高めていく。
でもそれはエフィも一緒だ。
……光栄だね。舐められてないのは認められている証拠だ。
「では、エフィネルお嬢様は魔法禁止、ブラン様は何でもありで、勝敗は有効打一撃ということで……私が弾いたコインが地面に着いたら始めてください」
リンネが淡々とルールを説明する。
複雑な決まりは何も無い。ただ一撃、有効打を叩き込むだけのシンプルな勝敗の付け方だ。
ただ、エフィが魔法を解禁したら私は瞬殺されてしまうので今回は無し。大きなハンデを貰っているけど……全然足りてる気がしない。
「ふぅ……」
息を吐く。今、リンネがコインを弾いた。
コインが回り、落ちてくる。
チャリンと音が響いたと同時に私達は動き出す。模擬剣の切っ先を打ち付け合い、弾く音が開戦の合図だった。
「……っぶな。速い……」
「いい反応速度ですね」
「嫌味かよ」
「いいえ、褒めてます……よっ!」
二度、三度と斬り結ぶ。
本家の剣聖と劣化の剣聖ではやはりスペック差が大きいのか徐々に押されていく。
でも、まだ負けてやるつもりはない。
エフィの剣筋を見て、脳と身体に叩き込む。観察は模倣の基本。見て、分析して、パターンを見い出せば、ギリギリ対応できる。
「ふっ……このっ」
エフィの斬りかかりを受け流して、斬り返す。防戦一方の中でようやく反撃の一撃を放つことができたけど、エフィほど鋭くない一撃は最小限の動きだけで躱される。
剣聖の加護のおかげで私の剣術レベルは相当引き上げられているけど、やっぱりオリジナルには届きそうもない。
エフィは未だ涼しい顔をしていて、私の取る行動にも後出しで対処が間に合っている。
「さすがですね。たったこれだけ剣を交えただけなのに、ブランさんの剣はどんどん鋭くなっています」
「そりゃどーも。でも、まだまだ届きそうにないや」
「そう簡単に越えられては立つ瀬がありませんからね」
息付く暇もない連撃が私を襲う。
隙を見てやり返さないとずっと防戦……なんだけど、エフィも調子を上げてきてるのか反撃する隙が見当たらなくなってきた。
形だけでも剣筋は模倣した。
エフィの剣は綺麗だから読みやすい。でも、押し通される。
「くっ……このっ」
「焦りすぎですよ。そんな強引に攻めたら……隙だらけです」
あ……やらかした。
そう思った時にはもう遅い。
剣を振り下ろしたタイミング。切り返そうにも間に合わない。その瞬間にエフィの剣先が私の胸に迫る。
剣で受けたり、弾いたりするのは間に合わない。回避もできるような態勢じゃない。どうしよう。楽しい時間が終わってしまう。私の中にまだ剣聖の加護は宿っているのに、こんなところで終わってしまう。
それだけは嫌だっ!
「ああああああああぁぁぁっ!」
「……っ! 何をっ?」
迫る切っ先を強引に弾く。
何とか間に合わせる。
その瞬間、エフィは驚いたように目を見開いた。
「まだ、終わらせない。もうちょいでいいから付き合ってくれるかな?」
「……ええ、喜んで」
荒くなった呼吸を整えながらエフィに問いかける。
さあ、もう一踊り……付き合ってよ、お嬢様?
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