第9話 聖女と令嬢の茶会

「……ってことがあってさー」


「ふふ、最近はリンネと仲良くしているんですね」


 今日はエフィが珍しく私の部屋でお茶をしようと誘ってきてくれた。

 ここしばらく顔を出しても一言二言で終わってしまっていたからこうしてゆっくり話すのは久しぶりな気がする。

 リンネが準備をしていくれている間に、私はエフィにここでの生活の事を話していく。不自由ない生活、かわいいメイドさん、そして――リンネの加護、重力の加護の練習という楽しみもあり、退屈していない。


「重力の加護ってすごいよね。まあ、少し燃費が悪いような気もするけど……」


「確かにリンネも加護を使うと疲れると言っていた気がします。だからあまり長時間使うことはしないそうですよ。でも、そういった加護によって燃費の違いなどが分かるのは、模倣の加護を持つブランさんならではの技ですね」


「あー、そうかも。普通は自分の加護しか分からないもんね


 その割には私の特訓に付き合ってくれていたような気もするけど……もしかしたらちょっと無理させちゃってたのかな?

 だとしたら悪いことしたなぁ。

 重力の加護……結構能力としては特殊な部類だし、精密な操作が必要だから、リンネの負担も大きかったかもしれない。


「大丈夫ですよ。リンネは嫌な事は嫌ときちんと言えるので、本当に嫌だったらブランさんに加護を貸したりしませんよ」


「ま、それもそうか。おかげでちょっとの間加護のお預けも食らっちゃったしね」


「何かあったんですか?」


「えー……まあ、その~、大したことはないよ?」


 あなたのところのメイドさんにセクハラしまくって怒らせちゃったなんて言いにくいよ。私はごにょごにょと濁して苦笑いを浮かべる。

 そんな時、リンネがお茶の準備をして戻ってきた。


「お嬢様。ブラン様は無類の女好きです。かわいい女性にはすぐ手が出てしまう節操のない方なのでお嬢様もお気を付けください」


「あー! 何でそういう事言うのー! エフィ、誤解だよ! そんな誰でもいいって訳じゃないからね」


 私は好みの子にしか手を出さないよ。そして偶然この家に好みの子がいっぱいいるってだけで、無差別って訳じゃないから〜。

 だからね。そんなドン引きした顔で見ないで。

 ススッと椅子を引いて距離を取らないで~。


「ふっ、日頃の行いが悪いからですよ」


「うぅ……何も言えない」


「その……今のお話は、本当なのですか?」


「既に多くの侍女が被害を被っています。ブラン様は危険な存在なので、お嬢様も気軽に近付くのは控えた方がよろしいかと」


「あー! リンネちゃんは一回黙ろうか! エフィの誤解がとんでもないことになっちゃうじゃん」


 執拗にエフィを私から遠ざけようとするリンネ。

 うぬぬ、私に何の恨みが……。セクハラしようとしていっぱい追いかけ回したのまだ根に持ってるのか。


「誤解ですか。では、エフィネルお嬢様には一切手出ししないとこの場で誓えますか?」


「え、普通にムリ。だってめっちゃタイプなんだもん」


「……即答ですか。聞きましたか、お嬢様? これがブラン様です」


 はっ、つい反射的に口にしてしまった。

 慌てて口元を押さえるけどもう言っちゃってるから意味ない。エフィはすごい驚いてる。そんな顔もかわいい……じゃなくてっ、うわーまずいよー。


「同性をお慕い……なるほど。ブランさんはそのような……」


「エフィネルお嬢様」


「そのうち私もブランさんの餌食になってしまうのでしょうか?」


「はい、それはもう間違いなく。ブラン様ですから」


 餌食って。

 確かにおいしくいただきたいけどさ。言い方に悪意があるよね。

 まだ未遂なのに。リンネも確信してますみたいな言い方しないでよ。あと、私だからって何よ。


「……さて、ブラン様をいじめるのもここらで手打ちにして、お茶でもいかがですか? 冷める前にお飲みいただけると嬉しいです」


「……おいしい。おかわり」


「はい、かしこまりました」


 私は出されたお茶をグイッと飲み干す。緊張で喉が渇いていたのもあって染み渡る。

 リンネのいじわるはかなり堪えた。せっかくエフィと話せるのに好感度が……元々あってないようなもんだと思うけど、マイナスに振りきれちゃってたら困るんだけど。


「あの……エフィ」


「そんな心配そうな顔をしないでください。ブランさんがどんな趣味をお持ちだろうと、それについてとやかく言うつもりはありません。それに……私が好みというのは少し驚きましたが、それほど悪い気分ではないのです」


「お嬢様、血迷いましたか? そのような事を言ってしまわれたら、ブラン様のアプローチは激しくなりますよ?」


「それでもいいのではないでしょうか? あなたがしたようにいざという時は抵抗すればいいのですから。これでも私、剣聖なんですよ?」


「それはそうですが……」


「剣聖の加護を発現させてから、私に好意を向けてくれる人は減ってしまいました。だから――嬉しいのかもしれないですね」


 そっか。エフィはオルストロン公爵家の令嬢として、ふさわしい加護を発現させることを期待されていたんだ。でも、宿した加護は剣聖の加護。魔法の才能とは関係ない加護。


 魔導列車の中で加護を打ち明けてくれたエフィは少しだけ悲しそうな顔をしてた。それはきっと、剣聖の加護を発現させて、エフィから離れていった人が少なからずいたからだろう。


「別にいいじゃん。エフィが剣聖の加護持ってたって。むしろ剣も魔法もすごい天才公爵令嬢ってことでしょ? 確かに魔法関連の加護だったら魔法の才能が極められててすごかったと思うけど、剣聖のエフィも十分すごいと思うよ」


「ふふ、ありがとうございます。聖女だったブランさんにそう言ってもらえると……あまり好きではなかったこの加護も、何だか好きになれそうです」


 悩める子羊ちゃんの相談に乗るのも聖女の努め……ってか。ま、教会とかにいるシスターの真似事くらいしかできないけど、それでエフィがちょっとでも楽になるならなんかしてみようかな。

 そして、あわよくば好感度を上げてもっと距離を、ぐへへへへ……!


「あ、お嬢様、この顔です。この顔をしている時のブラン様はよからぬことを考えているのでご注意を」


「この顔ですね。分かりました覚えておきます。ご忠告ありがとうございます」


「くっ、私のお顔が正直すぎるのが悔やまれる……! 今度模倣の加護で無表情をパクってこよう……!」


「清々しい程に加護の無駄遣いですね」


 自分の能力をどんな風に使おうと私の自由です。リンネちゃんにとやかく言われる筋合いはないのです。

 そんな風にリンネと視線を交わしていると、エフィが私を呼んだ。


「ブランさん、この後はお時間ありますか?」


「時間? いっぱいあるよ。どしたの? 私と遊んでくれるの?」


「はい。ブランさんのおかげで気分がいいので、久しぶりに剣の腕と加護の調子を確かめてみようかと。なので……ブランさんもよければどうですか?」


「え、やるやる」


 これって……剣聖の加護を貸して貰えるって事だよね?

 やたっ、テンション上がる。


 正直言って剣の腕はよくて中の下くらいの平均的な能力しかないと思うけど……剣聖の加護があるのなら。

 たとえそれが劣化でも、私は器用大富豪だ。

 使いこなしてみせるよ。


「リンネ。準備をお願いします」


「かしこまりました。お嬢様、ぜひブラン様をこっぴどくしばいてください」


「全力を尽くします」


 ちょいちょいちょい。

 そんな敵討ちを頼むような言い方しないでよ。あと、エフィも頷かないで。剣聖の全力を私のお仕置きのために使おうとしないでほしい。


 けど、まあ……いっか。

 その全力を模倣して……器用大富豪の糧にさせてもらおうか。

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