第8話 劣等聖女と重力メイド

 それからというものの、私はリンネと過ごす時間が増えていった。最初のうちは色んなメイドさんが顔を出してくれて、選り取りみどりで楽しかったけど、私が加護のリロードのために頻繁にリンネを呼びつけるもんだから、それならば初めからリンネを私の傍に置いておいた方が手間が減ると判断されたようだ。


 まるで私専属のメイドになったかのような扱いにリンネがどう思っているかは分からないけど、私は楽でいいね。

 重力の加護の模倣が切れてもリンネを探さなくて済むし、すれ違うメイドさんに聞き込みとかもしなくて済む。


 早いところストックまで持っていきたいけど……ストックしちゃったらこうして触れ合う口実も無くなっちゃう訳だし……悩ましいね。

 ま、加護が定着したかなんて私が黙っていればバレないはずだし、重力の加護をストックできても私は今まで通り……ぐへへへへ!


「……何か嫌な予感がしました。よからぬことでも考えているんですか?」


「……いやー、そんな滅相もない。リンネの気のせいだと思うよ?」


「ブラン様は顔に出すぎなんですよ。さっきは女の子にセクハラする時と同じ顔をしてましたし、今は目がこれでもかというほどに泳いでいるんですよ」


 壁に正座して座るリンネから厳しい視線を送られる。

 くっ、私のお顔が正直すぎるせいで、妄想していたのがバレてしまった。くそ、私の表情筋、もっと仕事をしてくれ。でも、仕方ないよね。これも全部リンネがかわいいのが悪いのです。

 よって、私は無罪。リンネが有罪。悪い女の子は捕まえてお仕置きしないと……ってまた逃げられた。


「部屋の中でする鬼ごっこのようなものも大分板についてきましたね。どうです? 重力の加護には慣れてきましたか?」


「まあ、細かい操作はまだ意識しないと難しいけど、反転くらいだったら慣れてきたかな」


 そう言って私は床と天井を行ったり来たりして見せる。

 こんな感じで重力の向きを反転させるだけならスムーズに行えるようになってきている。これも、いつも部屋の中でリンネを追いかけ回しているおかげだろう。これぞ、努力の賜物。セクハラは私の中で経験値として活きているのです……!


「……毎日毎日飽きもせず、天井に張り付いてますからね」


「はやく壁にも張り付きたいよ。そうすればリンネの逃げ場をもっともっと潰していけるからね」


「うーん、身の危険を感じます。長期休暇の届を用意をしておいた方がいいでしょうか」


「ちょいちょいちょい、それは困るって。リンネがいなくなったら誰が私の面倒見てくれるの?」


 それに、加護だって。

 せっかく今いい感じになってる。ちょっとずつだけど模倣できる時間も伸びてきてるのに、今リンネに逃げられたら……。

 そういう方向の放置プレイはお望みじゃありません!

 だからやだやだやだやだやだ。


「冗談ですから。そんな顔しないでください」


「ほんと? もう絶対休まない?」


「いや……それどんなブラックですか? さすがに休みは欲しいです」


「えー」


「えー、じゃありません。私だって人間なので休暇が無いと死んでしまいます」


 そう言ってリンネが壁に張り付いたまま立ち上がって、スカートの裾を払う。

 まあ、ただでさえ私のわがままに付き合ってくれてるわけだし、これ以上の高望みはいけないのだと分かってるけど……。加護を定着させたい気持ちは嘘じゃないしなぁ。


「あ、そろそろかな」


「また少し伸びましたか?」


「そうかも」


 天井に転がっていた私はもうすぐ模倣の加護の効果が切れるのを察知して、ゆっくりとベッドの上に降りる。初めの頃は加護の操作に意識を取られてすっかり時間を忘れて練習していたから、その時に加護が切れると酷い目に遭っていた。


 床以外の場所にいる時に重力の加護を失うともれなく地面に落下直撃コースだからね。何回か顔から落ちて鼻血を出した私は、もし落ちても怪我しないようにフワフワのベッドの上で練習するようにしたのです。ブランちゃん賢い。


 そんなこともあったから割と加護を宿しておける時間には意識を割いているつもりだけど、やっぱりちょっとずつでも時間が伸びてきているので成長を感じる。聖女の加護の時は義務感で使っていたから気付くのが遅れたけど、こうして意識して使っていると違いがよく分かるね。


 そんな風に思っているとリンネもスタっと着地して、私の転がるベッドに近付いてくる。

 うわ、もしかして……手を出されちゃう? 従者と食客の禁断の愛を育もうとしている……?


「うわ、その気持ち悪い動きやめてくれません? 顔も赤らめて……ブラン様が何を考えているか大体分かりますが、そういうのは妄想だけにしてください」


「妄想の中ならいいの?」


「……まことに遺憾ですが、脳内の出来事で罪を問う事はできませんからね」


 両手で身体を抱えてもじもじとしていると冷たい視線で辛辣な言葉を投げかけられる。

 本当に容赦がなくなってきたね。

 だけど、言質は頂いたので、妄想上では激しくさせてもらおう。そうしよう。

 で、リンネさんは何がしたくて近付いたのかな?


「別に……模倣の加護のために近くに来てあげただけです。それとも……リロードは無しでいいですか? それでしたら私は逃げますが」


「あー、だめだめ。触らせてください。重力の加護模倣させてください~」


「だったらその顔といやらしい手つきをやめてください。セクハラですよ」


「手つきはともかくとして……顔がセクハラって酷くない? 仮にも私、エフィのお客様なんだぞ~? そんな態度でいいのかな~?」


 手をワキワキさせていると顔が手つきだけじゃなくて顔もセクハラとは……中々いうようになったね。顔がセクハラって何さ。私は元々こんな顔なんですけど。あー、そんな酷い事言うなら揉むぞー。揉みしだくぞー?


「では、こちらも全メイドにブラン様から受けた被害の事情聴取をして、訴えを出すことにしましょう。ブラン様を投獄できるなんて……楽しみです」


「ごめんなさい」


 うふふ、と怪しく笑みを浮かべるリンネの目付きはやけに据わっている。

 一瞬、ガチでヤラれると思ってしまった。

 確かにリンネの態度は砕けてきてるけど、それは私が頼んだことでもあるし、どっちかというとリンネには私のセクハラという狼藉を見逃してもらってるから……あんまり言い返せないな。

 はい、すみません。もう口答えしません。


「まったく……仮にもエフィネルお嬢様のお客様なんですから、もう少し節度を持ってください。ブラン様が言動でお嬢様の品位が疑われるような事があってはいけませんからね」


「……肝に銘じておきます」


 結構真面目に説教をするリンネに私は縮こまる。確かにエフィの顔に泥を塗る訳にはいかない……っていってももう泥まみれなんだけどね。


 今からでも聖女の加護で浄化できないかな?

 悪事を無かったことにできないかな?

 そしたら証拠隠滅だから、セクハラし放題だぜ、えへへへへへ。


「反省しませんね。反省しない悪いブラン様には……加護はお預けですね」


 はっ、また顔に出てたっ?

 リンネは呆れたように溜め息を吐いて……踵を返して壁伝いに歩き、天井付近の私の手が届かないところに腰を下ろした。


 あー、まだ重力の加護の模倣させてもらってないから、うぬぬぬぬ。

 くっ、まだストックもできてないし、もう射程範囲外だ。


「ずーるーいー。降りてきてよっ」


「しばらく反省してください」


 リンネに向かってぴょんぴょんと跳ねるも、今の私は無力。手持ちの能力ではもうどうにもならない。

 私が一生懸命手を伸ばす姿を見て、リンネは鼻で笑った。

 ……仕方ない、今日は大人しく寝るか。

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