第7話 劣等聖女と重力の加護
休憩を挟み、リンネからお茶をいれる技術をたっぷり学ばせてもらった。おかげさまで美味しいお茶を入れられるようになりましたー!
掃除もできて、お茶も入れられる。もしや私、メイドへの道を歩き始めてるのかな?
エフィに頼めば雇ってくれるかな? いや……さすがにないか。雇われたいならもっとたくさん仕事を覚えないといけない……けど、今日はもう学べないかな。
リンネは私の監視役としての仕事があるから、他の仕事は何もない。そういう意味ではお掃除とお茶は彼女なりのサービスだったのかもしれない。
「あーあー、ひーまー。何か面白い話して」
「面白い話ですか? いきなりそんな事を言われても困ります」
「公爵家のメイドたる者、いつなんどきお客様から無茶振りされても対応できるように鍛えられてるはずでは……?」
「……なるほど。そう言われてしまうと何も言い返せません。では、面白い話と言うわけではありませんが、ブラン様の加護について興味があるのでお尋ねしてみたいです」
「私の加護に興味? 物好きだねー」
リンネは私の模倣の加護に興味があるらしい。私からすれば誰かのできることしかできない、なんの面白みもない加護だけど……まあ他に話題もないしいいか。
「私の模倣の加護の何を聞きたいのかな?」
「率直に言うと、模倣された時どうなるのか気になります」
「別にそんな面白いことはないよ。オリジナルに劣るデッドコピーだし。ほら、聞いたことない? 劣等聖女って」
「実際三年近く聖女代理の任をこなしていたので、ただの噂だと思っていました」
いやー、噂だったらどれだけよかったことか。紛うことなき事実なので、つい先日までこき使われてきましたよ。
だけど……国にとってはそれでいいのか。私が代理をこなせなくて、結界に異常が出たりしたらもっと悪い話が広まってたかもしれないし。そう思うと不名誉な呼び名ひとつで済んでてよかったのかな。
「デッドコピー……劣る、ですか。それでもすごい加護です」
「ありがと。言葉だけじゃ上手く伝わらないけど、そう言ってもらえると嬉しいよ」
でも、そうだなぁ。
それを証明するには口じゃなくて実際に加護を模倣してみせるのが手っ取り早い。
ん、もしかしてこの話を切り出したって事は、リンネちゃんは加護をお持ちなのかなー?
「私も一応加護持ちですよ。少し使いづらい加護ですが……」
「おおー、加護持ち! いいね、貸してよ!」
「はい、どうぞ使ってください。ですが……慣れないうちはとんでもない挙動を見せるので気を付けてくださいね」
とんでもない挙動?
何それ、怖い。
加護も身体機能の一部みたいなものだし、得意不得意ももちろんある。聖女の加護だって最初は馴染まなかったから、加護の模倣は一朝一夕でできるものじゃないのは私が一番よく分かってるけど……まぁ、やってみてから考えれば考えればいいか。
「じゃあ……お手を拝借」
リンネの手に触れて加護を模倣。
確かに私の中に模倣の加護じゃない力が入ってきたのが分かる。その加護を使おうとして――。
「えっ……」
私は二回頭から落ちた。
何を言っているのかも、何が起きたのか分からない。頭を押さえて痛みに悶絶しているとリンネのクスクスと笑う声が聞こえる。
「いったー……っ! 何、今の変な感じ……うぇ、ちょっと酔った……?」
「やっぱりいきなり使いこなせる訳じゃないんですね」
「だからそうだって言ってるじゃん。で……何なのこれ? 何の加護?」
「重力の加護です」
「重力ぅ? それってどういう加護でどういう事ができるの?」
「加護の効果はその名前の通りです。私と、私が触れている物にかかる重力の向きを操る事ができます。できる事は……こんな感じです」
そう言ってリンネは壁際で軽くジャンプしたかと思うと、次の瞬間壁に立っていた。そのままスタスタと壁を歩き、今度は天井に立った。
え、普通にすごいんだけど。逆さまになってもスカートとか髪とかが垂れてないのは、かかる重力の向きが変わってるからだろうだろう。きちんと使いこなせたらそういう事もできるんだ。
「さっきのブラン様は重力を反転させ、天井に向かって落ち、その後本来の重力にしたがって床に落ちた、という訳ですね」
「そういう事か〜。え、ちゃんと使えたら結構いいかもだけど……うわ、精度高めたい〜」
とりあえず模倣させてもらってる今、いい感じに使って経験を積みたいけど……あいたっ。また頭から落ちた〜。
「くすくす、天井と床に頭突きして楽しいですか?」
「楽しくないよっ! 楽しくはないけど……ちょっとワクワクしてきたっ」
「痛みを感じてワクワク……? そういう趣味なんですか?」
「違うよっ! そんな目で見ないで!」
リンネは「うわぁ……」と顔に出しながら私から距離を取った。別に痛みに興奮する趣味なんかじゃないから、そんな変態を見るような目は止めていただきたい。
「せっかくいい加護に出会えたんだから、いっぱい練習して使いこなせるようになりたいって言ってるの」
「なるほど、そういう事でしたか」
「そうだよまったく……。で、何かコツとかないの? それか練習方法とか」
聖女の加護の時はとにかく見様見真似だったから要領を得るまでにかなり時間がかかってしまった。でも、今の私の模倣の加護は進化しているし、リンネからコツとかを聞ければ早い段階でストックできるようになるかもしれない。
「コツですか……? 重力の変化は自分と自分が触れている物にも及ぶので、まずは自分の身体ではなく、紐で何かを繋いで、それを操る練習をしてみてはどうでしょう?」
「自分と……自分の触れている物。それは物じゃなくて人でもいける?」
「一応人でもいけますが……まさかっ?」
「そう、そのまさかだよ〜……って逃げないでよ」
この場にいる人は私とリンネ。
リンネに触れて、重力の加護の練習をしようとする私の企みに気付いたリンネは素早く部屋の天井へと避難した。文字通りの意味で私を見下ろしてくる。
でも、甘いよ。
上に落ちる感覚ならさっきで覚えたから……追えるっ。
私は制御できない重力の加護を使ってリンネと同じように天井に落ちる。
そのままリンネの手を掴んで……と思ったところで今度は床に向かって落ち、また頭を打った。
「痛い! 何今の~」
「惜しかったですね。確かに重力の加護は触れている対象にも作用します。ブラン様が私に触れれば私の重力に干渉できますが……逆は考えなかったですか?」
リンネはふわふわとゆっくりと降りてきて、頭を押さえて悶える私にそう告げた。
そっか。私がリンネに触れているということは、リンネも私に触れているんだ。
天井に立てるようにひっくり返した重力を、あの触れた一瞬にリンネの加護で逆転させられたから、私はまた落ちたんだ。
「ふーん。加護同士が作用するとそうなるんだ」
「私も同じ加護を持つ人と会うのは初めてなので……」
「面白いね! よっし、頑張って練習しよ」
同じ加護同士作用して打ち消すわけでもなく、リンネの加護に上書きされたのは、私の模倣がまだ劣化だからなのかな。いやー、やっぱり加護に触れるって楽しいね。とりあえずこの劣化重力の加護を及第点レベルまで育てて、壁や天井に立ったり、リンネみたいにふわふわ浮いたりできるようになるのを目標に頑張ってみようと思う。
「あ、模倣が切れた。ねね、もう一回模倣させて」
「模倣自体は何度でもして頂いて構いませんが……そのいやらしい手つきで迫ってくるのなら逃げますよ?」
手をワキワキさせながら近付くと、リンネはいつでも天井に逃げられるように少し浮いた。ごめんって。劣等聖女ジョークだから許して。ね、怖くないからこっちおいでー。
あ、逃げた。
◾︎
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