第6話 劣等聖女の従者体験

 それから私は、オルストロン公爵家の世話になることになった。

 用意された部屋で過ごす日々に不自由はない。

 いつまで寝てても咎められることは無いし、ご飯も部屋まで運ばれるし、かわいいメイドさんにセクハラしてもちょっと睨まれるだけで済んでるし……至れり尽くせりとはまさにこのことだね。


 少し不満があるとすればやや行動に制限がついていることと、エフィとあまり会えてないことくらいかな。

 エフィ及び当主様は私の処遇についての情報を集めるために日々忙しくしているらしい。そのため、私に構っている時間はあまりないはずだけど、一日に一回は私の部屋に訪れて軽く話をしてくれるエフィはやばい。天使だ。


 正直、聖女がどうのこうのっていうのは私にとってはどうでもいい事だけど、エフィが私のために色々と頑張ってくれているんだ。それを邪魔することはできない。

 だから、私は基本的に部屋で大人しく過ごしている。たまに気分転換したくなったら監視と思われるメイドさんがいつも近くにいるから、彼女に申し出れば書庫に連れて行ってもらったり、庭を散歩したり、私の話に付き合ってくれたり……そんな感じであまり退屈はしていない。


「ふわあ……よく寝た~」


 今日も超絶寝坊をかまして太陽が天高く昇ってからの起床。

 起きる時間は日によって異なるけど、起きるといつもメイドさんがノックして入ってきてくれる。

 今日も……ほら、きた。


「失礼します。おはようございます、ブランノア様」


「おはよう、リンネさん。ブランでもノアでも好きに呼んでいいよ」


 彼女はリンネ・ティルニアさん。この公爵家のメイドとして働いている。

 目元まである長い髪は青くて海のように綺麗だ。時折覗かせる瞳は紫色に輝いていて、何だか吸い込まれそうになる。

 背丈は私と同じくらいだけど、スタイルがとにかくいい。胸もあるし、肌も綺麗だし、かわいくて美しいのでつい愛でたくなってしまう。

 そんなリンネさんの事は詳しくは知らないけどどこかの没落した貴族様の令嬢だとか。

 まあ、弱小貴族の御令嬢が王家や格が上の貴族の家に仕えるというのはよくある話らしいので、それ自体は別にいいんだけど……結局私の方が身分は下なんだよね。

 それなのにみんなかしこまって話してくるから背中がムズムズする。リンネさんにもブランでいいとか呼び捨てでいいとか何回か言ってはいるんだけど、中々そう呼んでもらえない。


「ブランノア様は……」


「ブラン」


「いえ、ですから……」


「ノア」


「……どっちですか?」


「どっちでもいいよ」


 リンネさんが口を開くたびに私はそれを遮る。

 ブランでもノアでもどっちでもいいけど、呼んでくれるまで話を聞いてあげない。

 そんな態度を貫いているとリンネさんは仕方ないと言ったように息を吐いた。


「はあ……それではブラン様、と呼ばせていただきます。その代わり私のこともリンネとお呼びください」


「やたっ。よろしくリンネ」


 様呼びなのは嫌だけど一歩前進。

 ゆくゆくはブランって呼び捨てにしてもらえるようにしつこく要求しよう、そうしよう。


「では、ブラン様。本日もお食事が済みましたら自由時間となります。部屋出る際は私にお申し付けください」


 うん、いつも通りだね。この後リンネが運んできてくれるご飯を食べたらあとは好きにしていい。さて、今日は何をしようか。また、読書で部屋に籠ってもいいけど……天気もいいし外で遊びたい気持ちもある。


「リンネにセクハラするのは確定として……他に何しよっかなー」


「あの、ブラン様。そういうのは聞こえないようにした方がよろしいかと」


「あれ、口に出てた?」


「はい、それはもうばっちりと……」


 おっと、それはうっかりしてた。

 本人の目の前で堂々とセクハラ宣言はまずいよね。ごめんって。

 だから、そんな身体を隠すようにして私から距離を取るのはやめてよ。


「……ブラン様は、その……女性がお好きなんですか?」


「うん? どうして?」


「私以外のメイドにもその……軽く手を出しているようですし、時折ブラン様の視線がいやらしかったという話も耳にします。なので、女性が好みなのかと……」


 うーん、否定はしない。

 ただ、女の子を愛でたいという気持ちもあるけど、男が苦手になっているのかもしれない。

 聖女をやってた時に貴族の令息にしつこく言い寄られたのもそうだし、酷いことを言ってくる奴らの大半が男だったっていうのが男性嫌いを加速させているんだと思う。


「まあ、かわいい女の子はやっぱり愛でないといけないからね」


「……あまり度が過ぎると嫌われますよ」


「……はい、善処します」


 うぅ、リンネのジト目が痛い。

 とりあえず、今日は我慢しようと思う…………やっぱ無理かも。


「セクハラ以外のご予定はないのですか?」


「うーん……あっ、メイドさんのお仕事、してみたいかも!」


「私達の仕事ですか?」


「そうそう。掃除でもお茶入れでもなんでもいいよ」


「……できるんですか?」


「任せてよ」


 何て言ったって器用貧乏改め、器用大富豪ですから!

 メイドのお仕事くらい朝飯前だよ!

 ……あっ、お腹鳴った。

 お腹空いたのでやっぱり朝飯の後でお願いします……。


 ◇


「どう? 似合ってる?」


「とてもよく」


 その後、朝ごはんを済ませた私は、リンネの仕事を手伝うことになった。

 ただお手伝いするだけなので別に着替える必要はないんだけど、形から入りたいしメイド服を着てみたかったから頼んで着させてもらった。

 うーん、このフリフリ感、結構好きかもしれない。お願いしたら一着か二着……いや、五着くらいもらえないかな?


「では、掃除から始めていきましょうか。といっても私自身人に教えるのはそれほど得意ではないのですが……」


「あー、いつも通りにやっててもらっていいよ。私はそれを見て真似するから」


 かわいいかわいいリンネに手取り足取り教えてもらうのも悪くないけど、普通に仕事を覚えるならこっちの方が手っ取り早い。

 お手本さえ用意してくれれば私はそれで十分。あとは勝手に学習するから。


 なんてすごい嫌味みたいな言い方になっちゃった。

 別にメイドの仕事を馬鹿にしてるとかじゃなくて、多分それでできるから……そんな呆れて蔑むような目で見ないでください。顔のいいリンネがそれをするとなんかゾクゾクしちゃうので……。


「まあ、いいでしょう。じゃあ私はいつも通りやらせてもらいます」


 そう言ってリンネはテキパキと掃除を始めた。

 私は邪魔にならないようにその様子を観察していく。

 何か久しぶりに私の本領発揮って感じがする。ワクワクするね。


「……あの、本当に見ているだけで大丈夫ですか? 一通り終わりましたが覚えられましたか?」


「心配? やっぱり手取り足取り教えたい?」


「……いえ、それは遠慮します」


 ちょっとした悪ふざけなのにすごい顔された。

 だけど、こういうの友達っぽくて何かいいかも。

 聖女で忙しかった時は毎日死にかけで誰かと仲良くするとかできなかったし、こういうやり取りは新鮮で面白い。


「よし、じゃあ次は私の番だね。どこを掃除すればいいかな?」


「では、ブラン様には私に与えられている部屋の掃除をお願いしようかと思います。そこならある程度雑……下手……不備があってもいいので」


 うーん、かなり言葉を選んでくれたみたいだけど、やっぱり信用されてないねぇ。

 ま、こればっかりは仕方ないので、きちんと結果で示すことにしますか。

 そうしてリンネの後に続いてしばらく歩くと、彼女の部屋に到着した。


「ここはさっきの部屋とほとんど家具などの配置も変わりません。では、お任せしても大丈夫ですか?」


「うん、任せてー!」


 ここがリンネの部屋。

 まずやることは……ベッドの下の確認!


「あ、あの……何を?」


「えー、えっちな下着とか落ちてないかなって」


「……落ちてませんから。真面目にやってくれないと掃除用の箒でどつきまわしますよ」


「ごめんって。じゃあちゃんとやります」


 いよいよ遠慮が無くなってきたリンネ。

 私自身望んでたことだから壁が無くなっていくみたいで嬉しいけど、どつきまわされるのは勘弁願いたい。

 さてさて、私の本領……見せちゃいますよ。


「……すごい。できてます」


 リンネが感心したように声を上げる。

 わざわざ似た配置の部屋をあてがってくれたからか本当にやりやすい。

 さっきリンネが見せてくれた動きをそのまま披露するだけで、掃除がどんどん完了していく。こうして動きを丸パクリしてみて思うのは、リンネの掃除が手際よくて完璧って事。真似てる分際で何様って感じだけど、オリジナルの動きがしょぼいとそれを丸パクリした私の動きもしょぼくなるから、ね。元がすごいから私もすごくなれるのです。


「へへーん、終わりましたー。ピカピカでーす。いぇいいぇい~」


「驚きました。さすが模倣の加護の持ち主……といったところでしょうか?」


「ん? この真似に加護は一切使ってないよ。これは私自身の特性みたいなもの。単純に人の真似をするのが得意なんだ」


 やがて器用大富豪になる私を甘く見てもらっては困ります。

 このくらいの技能なら加護を使わずともモノにしてみせますとも……!


「他には? 何かお仕事ないの?」


「と言われましても……今日の私の主な仕事はブラン様の監視なので。特にするべきことはありませんが……先程ブラン様が申していたようにお茶を入れて休憩になさいますか?」


「おっ、いいね。それなら私も学習できるし、楽しめるし最高~。もちろん付き合ってくれるんだよね?」


「私、お茶には少しうるさいですよ?」


「上等ー! 唸らせてあげるから覚悟しといて!」


 今日一日はリンネと楽しく過ごすことになりそうだ。

 とりあえず……おいしくお茶を入れる技術……ちょーだいっ!

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