第5話 劣等聖女の事情聴取

 列車がオルストロン公爵家が治める領地に到着し、私達は馬車へと乗り換えた。

 エフィの家が迎えに出した公爵家専用の馬車という事で、一般の乗合馬車のような安っぽさはなく、むしろ高級感さえ感じる。

 普通ならガタガタ揺れておしりが痛くなったりするんだろうけど、ふかふかなソファを彷彿とさせる座席は最高の座り心地でついウトウトしてしまった。


 あと数分もすれば気持ちよく夢の世界へと旅立てたのかもしれないが、思いの外早くオルストロン公爵邸に到着し、私はエフィに肩を揺らされて目を覚ますことになった。


「ふわあ、この馬車いいね。私、ここに住みたい」


「あはは……それはちょっと」


 住むところを失った身としては割と大真面目なのだが、エフィが苦笑いを浮かべている。

 ハイハイ、冗談ですよ。

 住むならもっといいところに住みたいし。


「ところで……普通にホイホイ着いてきちゃったけど、平民の私が公爵家に足を踏み入れてよかったわけ?」


「お父様には私のお客様として話を通します。ブランさんの事情について詳しく聞かなければいけません」


「私の事情って……別に大したことないよ? 聖女辞めただけだし」


「それが大問題なんです」


 えー。そうかな。

 向こうは劣等聖女の私を追い出したかった。

 私は普通に聖女を辞めたかった。

 お互いに利害は一致してるし、そんな問題じゃないと思うけど……。


 まあ、貴族様にしか分からない問題とやらがあるのかね。

 どっちみち私の事情とやらを話すまでは帰してくれなさそうだし、とりあえずは大人しくしておこう。


 ◆


 オルストロン邸に招かれる形となった私は今、エフィに通された部屋で一人ソワソワしながら待っていた。

 エフィはエフィのお父さん――つまり当主様に話を通している。


 何の話を通しているのか知らないけど……あんまり大事にならないといいなぁ。

 せっかく聖女辞められたのに、まさか聖女に戻されたりしない……よね?


「お待たせしました。すみません、私とブランさんにお茶をお願いします」


「かしこまりました」


 おお、メイドさんだ。

 やっぱり貴族の家にはいるんだねぇ。

 かわいいー、顔がいいー、いいなー、私も専属メイド欲しい!

 この公爵邸にもメイドさんいっぱいいるみたいだし、頼んだら一人くれないかな? くれないよね。知ってました。


「どうぞ、ごゆっくり」


「ありがとうございます。ブランさんと話をするので下がっていいですよ」


「かしこまりました。失礼します」


 お茶を出してもらったらエフィがメイドさんを下げてしまった。

 目の保養だったから下げなくてもよかったのに……と思ったけど、エフィにとっては大事な話なんだろうね。じゃあ仕方ないか。


「さて……正直私も状況を掴めず混乱していますので何から尋ねればよいのか掴みかねているところですが、ひとまずはっきりさせないといけないのは……。ブランさん、いえ……ブランノア・シュバルツ様。あなたが聖女をお辞めになられたというのは本当の事ですか?」


「そうだよ。それは列車でも話した通り。本日付けでしっかりとクビになりましたー。いえい、いえい」


「何で嬉しそうなのかはいったん置いておいて、はぁ……。聖女が変わるという一大事だというのに、オルストロン公爵家の方に連絡は何もない。国に関わる問題を王家の一存で決められるとは思えませんが……やはりレナード殿下の独断ということでしょうか」


「独断だと何かまずいの?」


「ブランさんが思っているより聖女と、聖女の加護は国にとって重大なものなんですよ。仮にブランさんが聖女を辞めるとなるとそれこそ国王陛下の承諾が必要でしょう。そして、聖女交代に問題がないかなどの協議を有力貴族を集めて行うはずです」


「ふーん。それらが何もなかったからあの王子が勝手に言ったってことね。え、じゃあせっかく辞められたのに無効ってこと?」


 それは困る。

 こんなにも嬉しくて幸せの真っただ中なのに、やっぱあれ無しとか言われたら嫌だ。そんなぬか喜びさせることなんて絶対に許さない。

 私は自由を手に入れたんだ。

 何を言われてももうあの大聖堂には近づかないと決めている。


「無効とはならないでしょうね……。ちなみにブランさんの後任はやはりコーライル公爵令嬢ですか?」


「そうだよ。普通に加護も使えてたし」


「となると……ブランさんが辞め、コーライル公爵令嬢が聖女へと戻った事で何か問題が起きればその限りでは無いかもしれません……」


「……何となく予想は着くけど一応聞いておこうか。その問題って?」


「平たく言ってしまえば聖女の任を続けることができるか……でしょうね」


 確かに。

 彼女が聖女を継続できないと判断されたから私が登用された訳だし、その不安は拭えないか。

 あの時は普通にやれてたけど、今後も同じようにできるかと言われたらそれはまだ分からない。

 そして、もし今後彼女に問題が起きた時、代わりが務まる人がいないって事か。


「えー、頼むー。頑張って聖女やってくれ〜。私はもう戻りたくない〜」


「初めてお会いした時の様子から想像は付きますが……そんなに嫌だったんですか?」


「嫌だよ〜。だって死ぬかと思ったし。平民だと思って雑に使いやがって……こっちは偽物の劣等聖女だから加護のコスパも悪いって言っても聞きやしないし」


「コストパフォーマンス……ですか?」


 ああ、やっぱり分からないか。

 私が聖女の加護を使おうと思ったらまず模倣の加護を発動させなければいけない。その模倣にも体力気力魔力その他色々使って、聖女の加護を発動させるのにも使う。その時点で通常の倍の負担がかかっている訳だが、模倣の加護が強くなかった頃はこれを何度も繰り返す必要があった。

 だから聖女様か1のエネルギーでやれることを、当時の私は10も20もかけてやっていたって事だね。さすが劣等聖女クオリティ。


 まったく……加護は特別な力だけど、身体機能の一つでもあるんだ。いつ何時でも好き放題に使える力じゃないのに、ボロ雑巾みたいに絞られる私の気持ち分かるか? 許さんぞ、関係者各位。


 ま、その地獄の経験があったから加護も覚醒できたし、おかげで聖女の加護もパクってこれだから結果オーライだけど、それはそれとして本当に忌々しい思い出しかないから聖女はもう二度とごめんだ。


「なるほど……聖女の加護を発動するのに、模倣の加護が発動が必要なんですね。考えれば分かる事ですがそれは……確かに負担がかかりますね」


「そうそう。何言ってるか分からなくなるけど加護の発動に加護の発動が必要だから大変なんだよね」


「そう聞くとあの時のお姿にも納得がいきます。限界を超えて加護を使用していたんですね」


「それな」


 いやー、お恥ずかしい。

 自己紹介されたことも覚えてないほどに憔悴しきっていたって事なんだよね。

 そう言うとエフィは呆れたように笑った。

 しかし、次の瞬間少し考える素振りを見せて、一つ咳ばらいをしてから真面目な顔で私に問いかけた。


「ところで……聖女をお辞めになるにあたって何か報酬を受け取りましたか?」


「うんにゃ? なーんにも」


 勝手にパクった物はあるけどそれは向こうから報酬として提示された者じゃないからノーカン。

 そうなると私は何ももらってないから……わお、三年間タダ働きってことですか。

 そう考えたらムカついてきたぞ。


「はあ……これはさすがに度が過ぎていますね。いくら殿下といえど独断での聖女解任、加えて国のために従事してくださったブランさんへの報酬もなしとは……やりすぎです」


「え、そう?」


「先程も言いましたが聖女というのはそこまで軽くないのですよ。そうですね……報酬として与えるとしたら、貴族の養子として迎えるか、一代限りの爵位を授けるか、そのくらいしても足りないくらいの働きをブランさんはしてきたはずです」


「えー、そんなの要らないよ」


 貴族の地位が与えられるのが報酬? それって罰の間違いでは?

 とりあえず何ももらってないけど、欲しかったものはちゃんと手に入れてきたからそんなのは必要ない。

 エフィにまだ私の秘密は話していないから適度にぼかしてそう伝えると彼女は唇を尖らせる。


「とにかく……この件は国王陛下にも尋ねなければなりません。もしかすると国の一大事に発展するかもしれないんです。ひとまずブランさんの身柄はこちらで預からせてもらいますがよろしいですか?」


「ん? 別にいいけど」


 話が終わったらいったん出て、どこか近くの宿でのらりくらり過ごそうと思っていたけど、宿代とご飯代が浮くのなら是非もない。

 面倒なことに首を突っ込むのは嫌だけど、背に腹は変えられないね。


「ありがとうございます。すぐに部屋を用意させますのでしばらくこちらでお待ちください」


「どうもー」


 さてさて、いきなり先行き不安だけどこれからどうなる事やら。

 とりあえずはエフィの言うことを聞いておくことにしようか。


◾︎


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