第4話 劣等聖女と運命の令嬢

 そうして私は行く当てのない旅からエフィネル様に連れられてオルストロン公爵邸にドナドナされることになった。

 魔導列車の中には一般の乗客も多くいるため、この場で詳細を問いただすのは不適切、ということで安心して話をすることができる場所ということで彼女の家に連行されることになったわけですが……。


 正面に座る彼女は相変わらず凛とした美しい背筋で座っているがその表情はどこか陰りが見える。

 時折、隣に座る護衛の人に耳打ちして何かを話し合っているけど……きっと私の切り出したことについてだろう。


 私はもう聖女じゃない。

 レナード王太子に確かに告げられた。

 劣等聖女は用済みとなり、復調した真の聖女がその枠に収まる。

 ただ、それだけの話なのに……エフィネル様はどうして難しそうにしているのか。


「あの……」


「ブランさんは……いえ、この話は後にしましょう。私も考えるのはいったん置いておきます。せっかくなので領地に着くまでお話でもしませんか?」


「は、はあ。構いませんが」


「そんなにかしこまらなくても……。身分の事は気にせずもっと砕けて話してくださって構いませんよ?」


「そ、そんな事言われても……」


 エフィネル様、意外とぐいぐい来ます。

 何て言うか貴族の華々しい雰囲気はそのままに、貴族らしくない平民にも寄り添う姿勢。お偉いさんが皆選民思想ではないのは知っていたけど、いざこのように接せられると困ってしまう。

 でも、正直お偉いさんと話すときのかしこまった態度を取るのは息苦しくて苦手だ。砕けていいのならそうさせてもらおうか。


「ふふ、急には難しいですか。ですが私はブランさんをお友達だと思っていますので、いつか慣れてエフィと呼んでほしいです」


「別に難しくはないよ。じゃあ、私もエフィって呼ぶし、好きに話すから。その代わり後から不敬だーとか言い出さないでよね」


「……っ! はい、もちろんです!」


 本当か?

 今一瞬護衛の女性に睨まれた気がしたけど……まあ、エフィネル改めエフィがこう言ってるんだから文句は言ってこないか。


「で? 話って? 何のことを話すの?」


「そうですね。ブランさんはなぜこの列車に?」


「王都を離れたかったんだ。私にとってあの大聖堂は見るだけぶっ壊したくなる忌々しい存在だから……せめて目に入らないところに行こうって。だから特に目的地はなかったし、むしろ公爵家で一時的にでも保護してもらえるのならラッキーって感じ」


「……私だからいいですが、あまりそう言った事を公の場で言わない方がよろしいかと」


「……善処します」


 つい口にしてからハッとしたが、やっぱりエフィに咎められてしまった。

 いい思い出の無い大聖堂だが、国にとっては無くてはならない防衛機構だ。

 それを壊したいなんて発言はテロと捉えられてもおかしくない。軽率な発言は控えないといけないけど……我慢できるかな。


「それがブランさんの素……ですか。意外と乱暴な口調なんですね」


「あー、何? 気に食わないなら戻しましょうか、エフィネル様?」


「いえいえ、まるで仮面でも被っているかのような切り替えの早さに感心しただけです」


「仮面ね……。ま、似たようなものでしょ。私も本質は人の模倣だ。言葉遣い一つ、態度一つだって真似しようと思えば簡単にできるしね」


 さっきまでの取り繕った喋り方も色んな人から使えると思った喋り方を真似て、固めた喋り方だ。誰かになりきるなんてお手の物。そういう意味だと仮面を付け替えるという表現もあながち間違ってはいない。


「模倣の加護……でしたか。素晴らしい加護ですね」


「そうでもないよ。エフィだって聞いたことがあるんじゃない? 私が何て呼ばれていたか」


「……劣等聖女、ですか」


「そそ。私はどこまで言っても偽物。決して本物を超えることはできないんだ」


 こればっかりは嘘じゃない。

 私は本物に近付くことはできても、きっと本物を超えることはできないだろう。

 でも、構わない。超えられないことは悲観することじゃない。私はそれを知っている。


「エフィの加護は? 公爵家の令嬢様ともなればさぞいい加護を授かったの?」


「お恥ずかしい話なのであまり大きな声では言いたくないのですが……ここだけの話にしてくださいますか?」


「ん? そんなに言いづらいなら無理に聞こうとは思わないよ」


「お優しいのですね。でも、言いたくない訳ではなく、あまり声高に言うのは憚られるだけなので……少し耳を貸してくださいますか?」


 そう言ってエフィは少し腰を上げて顔をこちらに近付けてくる。

 銀髪の綺麗な髪が揺れて良い匂いがする。整った顔が迫ってきて不覚にもドキリとしてしまった。

 そうして私の耳に口を近づけて……囁くように息を吐いた。


「私の加護は……剣聖の加護です」


「は……マジ?」


 剣聖の加護って言ったら聖女の加護と並ぶくらいレアな加護でしょ?

 それをエフィが持ってるなんて、何て巡り合わせなんだろう。

 でも、そんな素晴らしい加護を持っているのにエフィはどうしてこんな風に自信なさげというか、加護を隠すようなそぶりを見せるんだろう?


「そんないい加護を持っていて言いたくないなんて……何か訳でもあるの?」


「オルストロン公爵家は代々魔法で功績を上げている、魔法に秀でた家なのです。宿す加護も魔法に関連する加護が当たり前の家系で、私は唯一……」


「発現した加護には見放されたってわけ」


「……そういうことになりますね。一応幼い頃から魔法の教育は受けてきて、私自身それなりに魔法は得意なつもりですが、肝心の加護がこれなので……」


 へー、まあ……そういうこともあるのか。

 家柄と加護の結びつきは確かに大事かもしれない。

 魔法の名家から出る加護として剣聖の加護は異質というか、爪弾きにされるというか……多分望まれたものではないのかもしれない。

 だからエフィも自分の加護を恥じるような言い方をしているんだと思う。


 でも、宿した加護は捨てられない。

 無いものねだりをしても加護は変わらない。授かった加護を受け入れて歩いていくしかないんだ。

 エフィがオルストロン家に望まれない加護を授かった事実は変えられないのかもしれない。

 だったら――――私があなたを望んであげる。


 私は、あなたが欲しい。

 その極上の才能ごと、私のモノにしたい……!


「……話してくれてありがとう」


「いえ、つまらない話をしてしまい失礼しました」


「つまらないかどうかは私が決める。エフィの加護の話を聞けて良かった」


「それならいいのですが……ブランさん、何だか顔が……」


「顔? あー、ごめんね。ちょっとにやけが止まらない」


 こうしてエフィと相席することになったのは偶然だけど、この出会いはもしかしたら運命だったのかもしれない。

 私がこの日聖女代理を辞めさせられたのも、大聖堂が嫌いすぎて王都を離れようとしたのも、この列車のこの席に座ったのも、きっと彼女と巡り合わせるためだったんだ。


 そういった意味だと、あの王太子に感謝してやってもいい。

 私の成長を後押ししてくれるかのような偶然の運命。

 すべてが噛み合ったから起こった事象。


 どうにも笑いが止められない私を心配そうにエフィは見つめている。

 そんな彼女が――――とても愛おしく感じられる。

 出会ったばかりの彼女にこんな感情を抱くのはおかしいのかもしれないけど、きっと私は間違っていない。


 この運命的で、最高の出会いが、新しい私の始まり。

 面倒なことになるのが嫌だったからさっきまでは逃げたいだなんて思っていたけど、逆だ。

 エフィネル・オルストロン公爵令嬢。私のお眼鏡にかなった剣聖令嬢。

 私は――――あなたを決して逃がさない。

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