第3話 劣等聖女と公爵令嬢

「ふぅ、発車時刻には何とか間に合いましたが……少し混雑していますね」


 魔導列車が待機するホームに到着した私、エフィネル・オルストロンは小さく息を吐いた。

 当初の予定ではもう少し余裕をもって乗り込めるはずだったのですが、予定を済ませるのに思ったよりも時間がかかってしまったのでギリギリの時間になってしまったようです。


「お嬢様。列車を一つ見送りますか?」


「……いいえ、このまま行きましょう」


「かしこまりました」


 護衛の女性にそう提案されるが、私は首を横に振った。

 列車を一つ見送ることで領地に到着するのもかなり遅れてしまう。本日の予定はすべて済ませたとはいえ、いつ何時仕事が舞い込んでくるかは分からない。だから、早いところ戻って急な業務にも対応できるように。そう思った私はこの列車に乗って帰ることを選択した。


 列車に乗り込むとやはり席はほとんど埋まってしまっている。

 私と彼女、二人で座れるような席は残っているだろうか。もちろん別々で座ればまだ席はあるのだけれど、きっと彼女が拒否するはずだ。護衛が私の傍を離れるなんて、とか言うに違いありません。


 だから、せめて……と思っているとちょうど私達が座ることができそうな席が見つかった。

 許可を頂ければ相席という事になるけれど私はそれでも構わない。そう目配せすると彼女も頷いたので先に座っていた私と同じくらいの年齢だと思われる少女に声をかける。


 彼女は相席を快諾してくださったので、私達は対面に腰を下ろしました。

 ちょうど私の向かいには彼女が座っている。普段なら不干渉を貫く所ですがどうにも彼女の顔に見覚えがあるような気がします。

 しばらく記憶を思い起こしても中々答えは出ません。もしかしたら人違いだったのかもしれないとあきらめかけた時、隣に座る彼女が耳打ちをしてきました。


 それを聞いて私はハッとしました。

 そうです。確かにそんな感じがします。

 言われて初めて、過去に一度だけお会いしたことのある彼女と重なって見えました。

 確認の意味も込めて、私は記憶から引っ張り出した彼女の名前を口にしました。



 ◇



 え、名前を言い当てられた。

 ということはやっぱりこの人……私の知り合い?

 ウソ、全然思い出せない。


「あの……? 人違いでしたでしょうか?」


「あ、いえ……はい、アッテマス」


 この人について心当たりがまったくない私は、カタコトで返事をする。なんて言うか……とても気まずい。


「すみません。以前お会いした時と雰囲気がお変わりでしたので気が付くのが遅くなってしまいました」


 以前……?

 前っていつだ?

 こんな見るからに貴族ですって感じの人と会う機会なんてあったか? いや、あったわ。

 そういえば私、ついさっきまで聖女代理だったんだ。

 もしかしたらその時に会っているのかもしれないけど、やばい……本当に誰なのか分からない。


「……えと、スミマセン。どちら様でしょうか?」


 下手に知ってるふりをしてボロが出るのはまずい。列車を降りるまでこの気まずい雰囲気が続くのも嫌なので白状して素直に謝ることにした。

 すると彼女は驚いたように目を細めて――――薄く笑った。


「あら、これは失礼……申し遅れましたね。私はエフィネル・オルストロン。今回は初めましてではないですが……思い出して頂けましたか?」


「オルストロン? んー、あーっ! オルストロン公爵家の令嬢様? えっ……初めましてじゃない?」


 そりゃそうだ。だって向こうは私の名前を知っているんだ。この状況から考えて過去に自己紹介をしたけど私が覚えない説が非常に濃厚だ。

 オルストロン公爵家のことはかろうじて知ってはいるけど……エフィネル? 初めて聞いたかもしれない。どうしよ。

 というか今更だけど貴族様と相席してる?

 え、なんで?

 これって不敬罪かな? 相席はともかくとして覚えてないのはもしやヤバいのでは……。


「えっ、えっ、えっ、えっ、あっ、初めまして〜。ブランノア・シュバルツです〜。どうぞお見知り置きを〜」


「なるほど……やはり覚えていらっしゃらない、と。まぁ、仕方ないですか。あの時の大聖堂前で出会ったあなたは随分とやつれていて今にも倒れてしまいそうなほどげっそりとしていましたからね……」


 大聖堂前? 倒れそうなほどげっそり?

 ということはまだ加護が覚醒もしていなくて、聖女の加護が馴染んでくる前の話だから……結構過去の話かもしれない。

 確かに聖女代理になりたての私は毎日死にそうな顔で聖女をしていた。加護の過剰使用による体力切れ魔力切れその他もろもろでぶっ倒れて、クソまずい薬で叩き起されてまた加護を使えとこき使われる。


 当時は聖女の役割なんて捨てて、結界の水晶を叩き壊してやろうかと思っていたほどだ。もし、実行していたら国家反逆罪で首が飛ぶから何とか思いとどまったけど、それくらい身も心も追い詰められていた。


 そして、彼女――――エフィネル様と挨拶をしたのもきっとその時だろう。倒れそうなほどやつれていたは半分正解だけど半分間違っている。多分何度も倒れた後なんだよなぁ、それ。

 そんな状況で挨拶? 申し訳ないけど覚えていられる訳がない!

 よって私は無罪!

 よっしゃ、許された!


「別に咎めるつもりはありません。では、改めてエフィネルです。よろしくお願いしますね、ブランノアさん?」


「あっあっあっ、はい。長くて言いづらかったらブランでもノアでも好きな方で呼んでください」


「ふふ、ではブランさんと呼ばせていただきますね。よければ私のこともエフィと呼んでください」


「えっ!」


 さっきから疑問だったけど、この人って公爵令嬢様なんだよね?

 何で平民の私にこんなにフレンドリーなんだろう。

 もしや、罠?

 ここでその言葉に乗っかってうっかり馴れ馴れしく接しようものならすかさず不敬罪で斬首?

 えっえっえっ?


「どうしましたか? 何やら顔色が優れないようですが」


「えっ、いやー……その。エフィ……ネル様はどうして平民の私に普通に接してくださるんですか?」


「エフィでいいですよ。それにおかしなことをおっしゃいますね。ブランさんは代理とはいえこの国の聖女ではありませんか。爵位こそ持っていませんが、実質的な立場で言えば公爵令嬢の私と同等、もしくはそれ以上のはずです。そんなあなたに砕けた態度を取るのはそれほどおかしなことではないはずですが?」


 えっ、この国の聖女ってそんなに偉いんだ。

 初耳すぎてびっくりした。

 でも、考えてみればそうか。国の防衛に携わる大切な役割だし……公爵様と同等の立場と言われれば否定もできないような気もする。

 でも。でもでもですよ。


「あの、大変申し上げにくい事なのですが……」


「はい? 何でしょう?」


「その……私、もう聖女じゃないですよ?」


「あら、冗談がお上手ですね」


「いえ、冗談じゃなくて……ついさっきクビになったばかりです」


「は?」


 エフィネル様は驚いたように口を開けた。

 これまで完璧に振舞っていた彼女が見せる隙……だけどそれすらも美しく見える。

 でも、今はそんな事どうでもよくて。


 エフィネル様は私が聖女だと思っていたから気さくに接してくれていたんだと思う。

 けれど、いざそれが聖女でも何でもないただの平民だったとなれば……ヤバいか?

 よし、逃げるか。


「あ、数々のご無礼、どうかお許しを……。それでは失礼します」


「待ってください。今の話、詳しく聞かせてもらいます」


「……あ、はい」


 私、ブランは逃げるコマンドを選択して颯爽と席を立った。

 しかし、エフィネル様に回り込まれてしまった。

 うう、逃げたい……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る