第13話 最近ちょっと多くないか

「……」


 日本軍基地の本部まで案内された理玖りくは、室内に入った途端に背中に銃を突きつけられて、手を上げさせられていた。

 軍人たちの会話から察するに、最初からこうするつもりだったのに違いない。理玖の言い訳など一つも信用されていなかったという訳だ。全く、己の間抜けぶりが情けない。

 理玖は言われるがままに歩かされ、壁際に立たされて、軍人たちと向かい合った。誰も彼も剣呑な顔をしているし、威圧感が物凄い。

 だが、うまく隙を突くことができれば、突破口はある。何故なら理玖は、さっき考えておいた乱暴な作戦の成功条件を、既に満たしているからだ。

 理玖の隣には、同じく降参のポーズを取らされている直弘なおひろ逆井都姫さかいときがいた。都姫はというと、無謀にもいつものピンクのワンピース姿であるのだが、それはさておく。理玖は直弘と合流できたし、直弘のお陰でチェンジャーの正体も掴めた、という点が重要だ。

 理玖はぼそっと隣の都姫に話しかけた。


「……都姫、最近ちょっと多くないか? 迷惑なんだけど……」


 無駄口を叩くな、と軍人が怒鳴った。直弘は竦み上がったが、理玖は慣れたものなので特に何とも思わない。都姫も平然と、かつ不満そうにこう言った。


「だぁって……ミッドウェー海戦で日本が勝ったら、少しは本土への空襲が減るかなって、思ったんだもん」

「この馬鹿、不用意に余計なことを言うな」


 理玖はしかめっ面で苦言を呈した。軍人たちは明らかに顔色を変えた。


「上官殿! こやつらは、次の攻撃目標がミッドウェーだと知っているようであります!」

「やはり諜報員でしょうか!?」

「撃ちますか!?」


 まあ待て、と一人の軍人が呑気に煙草を吹かし、こちらに近付いて来た。

「貴様らにはな」

 彼は理玖たち三人を順々に見た。

「ひとまずは捕虜として生活してもらう。温情が下ったと思って感謝するんだな」

「……」


 要は、もっと偉い軍人からの指示が出ないと、迂闊に動けないということだな、と理玖は考えた。それならば理玖たちが今すぐ危険な目に遭うこともなかろう。落ち着いて対処すれば良い。

 軍人はまだじろじろと理玖たちを見ている。


「さて、部屋に連行する前に聞いておきたいことがある。こちらには、本国からはるばる船が来たという情報など、入っておらん。貴様らはどうやって、何をしにここへ来た?」


 軍人は煙管きせるで直弘の方をビシリと指した。


「そこの男、答えろ」

「はっ、ひゃいっ」


 直弘はすっかり狼狽していた。この子には何度も助けられているし、働きぶりも悪くはないのだが、もう少し度胸をつけてもらう必要があるな、と思いながら理玖は口を開いた。


「簡単な手品ですよ、軍人さん」

「貴様には聞いておらん。口を挟むな」

「今からご覧に入れましょう。私たちがこの大鳥島までやって来たカラクリを」

「女、話を聞け」

「直弘こっち来い」

「えっ、あの」

「良いから来い」


 理玖はジャケットの内ポケットに手を突っ込んだ。意図を察した直弘が、慌てて理玖と都姫に近付く。


「こら、動くな。この状況で勝手に動く奴があるか」

「すみません、こちらにも事情があるので」

「知るか。それより女、貴様何を持っている? まさか、銃──」

「いえ、違いますよ」


 理玖は旅行時計の針を手探りでササッと動かし、ボタンを押した。

 たちまち、日本軍の基地の風景が掻き消える。次の瞬間には、理玖たちは、大きな建物の裏にある、コンクリートで舗装された道にいた。昼なのに薄暗く、埃っぽくてあまり清潔とは言えない。空気は淀んでいて、微かに妙な匂いもする。

 さあ、ここからが肝要だ。ウェーク島の人々は、理玖たちが跡形も無く消え去るのを目撃して、さぞかしびっくりしたことだろう。あの後ウェーク島ではかなりの数の死者が出るとは言え、この奇天烈な事件が起こった事実を隠し通すのは困難だ。だから今から何とかする。


「ちょっと、何してくれてんの、この阿呆理玖っ!」

 都姫が甲高い声で理玖に詰め寄った。

「毎回毎回飽きもせずにあたしの邪魔をして! ここはどこ!?」

「一九六四年七月六日十五時の東京だ」

「なっ……何てこと!!」

 都姫が悲嘆に暮れた声を上げる。

「どうして戦後に設定したの!? これじゃああの人は死んじゃってるじゃない!!」

「お前が『あの人』に余計なことをするのを防ぐために決まっているだろう」

「ムキ──ッ!!」

「うるさい。直弘、こいつの腕を捕まえていろ」

「はいっ」


 直弘は素早く手を伸ばし、都姫に逃げる間を与えずにあっさりとその手首を捕らえた。理玖は、うん、と頷いた。


「さて、都姫。私と直弘は今から現代に帰るが、その前に一つ聞きたいことがある」

「何か知らないけど、絶対言わないっ!」

「お前、今回ウェーク島に飛んだのは、いつのどこが出発点だ?」

「言わないっつってるでしょ!」

「返答次第では、お前のことはこの昭和の戦後の時空に置いていくぞ」

「……え?」


 都姫は束の間、体を強張らせた。理玖は真顔で話を続ける。


「私たちの仕事は大方済んでいる。お前がウェーク島で暗号に何か細工をするのを防ぐことができたからな。あとは帰るだけなんだが、どうせだからついでに、私たちがあの島で起こした珍事件のことも無かったことにしたい。そこで、お前がタイムトリップをしたという事実ごと消しに行こうと思ってな」

「……どうしてあたしがそんなことに協力しなきゃいけないの?」

「言わないなら置いていくと言ったろう。お前はタイムトリップのためのパワーを蓄えるのに時間を要する。だから、パワーが溜まるまで、住む家も無く知り合いも無いこの時空に、一人で留まるしか無い。が、情報をくれるなら、私が旅行時計で帰してやろう、と言っているんだ」

「……あんたたちに無理矢理ついていくと言ったら?」

「直弘がお前の体を思い切り遠くにぶん投げる。その隙に我々は帰る」

「えっ?」


 急に言われた直弘は驚いた模様だった。


「理玖さん、俺は……」

「直弘ならできる。そうだよな?」


 実際にできるかどうかは問題ではない。今は都姫を脅すのが目的だからだ。幸い、直弘はこれまでも都姫の行動を阻止し続けているし、ガタイも良い方なので、説得力は割とあるだろう。

 直弘はやや覇気の無い声で理玖に同調した。


「あ、はい、頑張れば、できますね……」

「ほらな。どうする?」


 都姫は唇を噛んで下を向いていたが、突然、あはっ、と笑って理玖を見据えた。


「良いよ、教えたげる。あたしも結構ピンチだし、また帰ってやりたいことだってあるから」

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