第3章 ヴィクトリー
第11話 分かり易く異変が出た
「お、光った」
「さあて、今日はどこかな〜」
その時、支部長室にある電話がけたたましく鳴った。
「はい、こちら歴史修復師協会日本支部……ん? あー、Hello, This is Reiko Aramaki, HRA Japan. What’s up?」
たまたま隣にいた
今夜は理玖の母で元リペアラーの
理玖はと言うと、丁度休憩が終わって、本でも借りようかと支部長室を訪ねていたところだった。リペアラーは時間旅行のせいで現代での生活習慣が不規則になってしまうので、こうして夜に勤務することもあるのだ。
スイスに本拠を置く歴史修復師協会──History Repairer Association は、世界各地に支部を持っている。ここ日本支部に国際電話がかかってきたということは、ほぼ間違いなく、世界レベルでの歴史改変が起きているということだ。
玲子はふむふむと話を聞き、「OK, certainly. Thank you」と言って電話を切った。
「何だった?」
理玖はなるべく心を落ち着けて、玲子に尋ねた。玲子は軽く息をついた。
「ロサンゼルス支部からの連絡。第二次世界大戦中、ミッドウェー海戦より後の戦局が、聞いたことがないくらい滅茶苦茶になってる。ということは多分……」
玲子はゼロ・ノートのページをめくった。赤く光る文字列を指差す。
「ほら、やっぱり。ミッドウェー海戦が解読不能になってる。それより前は、……特に問題無し。分かり易く異変が出たね。原因を探す手間が省けた」
「……ミッドウェー以降が滅茶苦茶ってことは、他の国の支部からも連絡来るんじゃないの」
「そうだね」
玲子はパソコンを操作して、「うーわ」と面倒くさそうに言った。
「メールボックスがパンクしそう。これ全部読むのは骨だな……」
「これ以上影響が拡大する前に行ってくるよ」
「悪いね。──ロサンゼルス支部からは、ロバート・リーくんが向かうそうだ。協力するように」
「えーっ、ボブかぁ……」
理玖は天井を仰いだ。
「ま、いいけど。こっちは今、
「連れてけば? あの子まだ海外遠征してないでしょ。良い経験になるよ」
「了解……。じゃあ、海外に対応してる現代史用の旅行時計を貸してください、支部長代理」
「出しておくから、理玖は準備をして来なさい」
「はーい」
そうは言っても、今回の服装はどうしたものか。ミッドウェー島はハワイにあるから、ハワイ在住の日本人に扮するか……? いや、当時アメリカ在住の日系人は、敵と見做されて強制収容されていたはず。捕まってしまってはろくに身動きも取れまい。ただの日系人ではなく、アメリカに忠誠を誓いアメリカに協力することを選んだ日系人のふりをするのが無難だろうか。何か疑われたらロバートに誤魔化してもらおう。
「直弘」
理玖は事務室に顔を出して声をかけた。仮眠を取っていた直弘は、眠たそうな声で返事をした。
「んん〜……理玖さん……?」
「出番だ。ミッドウェーへ行く」
「ミッドウェー……ミッドウェー!?」
直弘はソファから飛び起きた。
「もしかしてミッドウェー海戦ですか!?」
「うん、そう」
理玖は状況を説明した。直弘の顔が強張っていく。
「当時のアメリカの軍服がそこの箪笥にあるから着替えてくれ。あまりもたもたしていると世界中から連絡が来るようになってしまうから、早くするように」
「は、はいっ」
理玖は第二次世界大戦当時のアメリカの婦人陸軍部隊の茶色い軍服を箪笥の奥から引き摺り出し、ぱっと広げて状態を確認してから、パーテーションの向こうに行った。大急ぎで着替えを済ませ、必要なものを鞄にまとめて、支部長室に舞い戻る。
「私は準備できた。ロバートとはいつどこで落ち合えば良い?」
「ちょっと待ちな」
玲子はしきりに、パソコンの画面とゼロ・ノートとを見比べている。ノートは今やあちこちから光を発していて真っ赤っかだった。
「今、うちとロサンゼルスとで、ノートの解読を進めている。今のところミッドウェー海戦は、日本軍の大勝利。アメリカ側は、迎撃が間に合わなかったという変化が現れている。つまり──」
「アメリカ軍が日本軍の暗号を解読できなかったから、対応が遅れた?」
「そうそう。アメリカ軍は、日本軍の攻撃目標がミッドウェーだと見抜けなかったらしくて、事前に充分な準備ができなかった。だから、こっちがミッドウェー海戦の真っ只中に飛び込んでも手遅れだ。その前段階で
「チェンジャーが働きかけたのは、日本なのかアメリカなのかは分かる?」
「いいや。さっきはロバート・リーくんと協力するよう言ったけど、別々に行動した方が確実にチェンジャーを見つけられそうだ。アメリカ軍はロバートくんに任せる。理玖たちには日本軍に探りを入れて欲しい」
「……。分かった。着替え直す」
「悪いね」
「別に構わない」
理玖は再び事務室に行き、直弘に再び状況を伝えて指示を出してから、アメリカの軍服を脱いだ。第二次世界大戦の時の女性で、情報にまつわる現場に潜入するなら、陸軍の女子通信隊の制服が相応しいだろう。残念ながら女子通信隊が創設されたのは今から行く時代の半年ほど後のことなのだが、何とか言い訳が立つと信じたい。何かこう、諜報員のようなスタンスで。
シャツと、ブレザー型の上着と、膝丈のスカートのセットを探し出す。そろそろ時間が経ち過ぎているので、急いだ方がいい。
「直弘、着替えたか?」
「はいっ!」
「よろしい。さっさと行こう」
「どこへ飛ぶんですか?」
「一九四二年五月十一日、日本統治下の大鳥島──もとい、ウェーク島」
直弘は考え込む様子を見せた。
「えーっと、どこですか? 太平洋?」
「正解。北太平洋の真ん中辺り、日付変更線よりも日本側に位置する、絶海の孤島。史実では、ここから発せられた暗号文をきっかけに、アメリカ軍は、次なる日本軍の攻撃目標がミッドウェー島付近だと見破ることができた」
「なるほど」
「もしチェンジャーが日本軍に働きかけたなら、アメリカ軍が情報を見破ることが無いように、暗号に何か細工をしたはずだ。それを阻止して、アメリカ軍に見破らせるのがミッションだよ」
「分かりました」
理玖は溜息をついた。
「……ミッドウェーで負けてから、日本軍は押され始め、本土への被害も激増した。変えたくなる気持ちは分かるが……過ちを無かったことにするなどもっての他。許しはしない」
「はい!」
理玖と直弘は、玲子に時計を借りるべく、支部長室へ向かった。
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