第3話 人探しをしていまして


 一九四五年三月九日、午前七時。


「少し早めに設定しておいた。川口健次かわぐちけんじが広範囲に渡って注意を呼びかけるには、それなりに時間を要するはずだからね」

「はい。でも、どこにいるんでしょうね?」

「地道に探すしかないな。もし空襲が始まる零時過ぎまでに見つからなかったら、また旅行時計を使ってこの時間に戻る」

「はい」

「あまり私から離れないこと。空襲になった時に直弘なおひろがそばにいなかったら、助けられないからね」

「あ、はい!」


 さて、と理玖りくは戦時下の町中へ踏み出した。

 さっきの少年の話から推察するに、川口健次は現代の服装のままここへ来たようだ。しかも、空襲を予言して言いふらしていたとすると、かなり目立つはず。町の人から情報を集めつつ足を動かしていれば、きっと見つかる。


 雑然とした古風な街並み。家々の家庭菜園の緑色。人々は起き出して朝の支度をしている頃合いで、道には人は多くない。天気は、肌寒いような、そうでもないような。空はよく晴れていて、薄汚れた色合いの街並みも、青空の元で少しは活気付いて見える。

 九日から十日にかけて晴れだと分かっていたから、アメリカ軍は空から焼夷弾を大量投下することになる。じきに世界最大規模の空襲が始まってしまう。

 なるべく早めに、チェンジャーを見つけ出したいところだ。ここはあまり長居はしたくはない時空だし、時間旅行そのものも短ければ短いほどありがたい。


 直弘は、物珍しさもあいまってか、ずっときょろきょろと周りを見回している。仕方のないことではあるが、あまり不審な動きはしないで欲しい──と思っていた矢先、後ろから声がかけられた。


「おい、そこの二人。こんな朝早くから何をふらふらとしている」


 制服を着た警察が一人、警棒を持って高圧的にこちらを睨みつけていた。この時代の人にしては背が高く体つきもがっしりしているが、直弘ほどではない。

 直弘はぎくっとした表情を見せたが、理玖は努めて冷静に、困り果てた顔を作って警察を見上げた。


「あのう、私どもは人探しをしていまして」

「人探しだと?」

「昨日の夜から、知人の息子が行方不明なのです」

「ほう。その知人の息子とやらは、歳は幾つかね」


 そんなことはもちろん知らないが、今回理玖が黒幕ではないかと疑っている人物ならば、若い人をタイムスリップさせるはずだ。


「確か、十七だと聞いております」

「十七の男が行方不明? 何か事件でもあったのか」

「いえ、恐らくはございません。ただ、お恥ずかしながら、知恵遅れの子でして」


 現代のポリティカルコレクトネスからしたらあってはならない言い草だが、ここは過去なので時代に合った言い方をせねば話が通じない。


「何をしでかすか分かったものではなく……。こうして早起きをして探している次第です」

「そうか」


 警察は興味を失ったらしい。声に張りが無くなった。


「探すのも良いが、仕事と家事を怠らないように」

「分かりました」


 知的障害者に何かあってもどうでもいいというスタンスのようだ。時代とは言え、悲しいことである。そもそもこの話は嘘なわけだが。

 理玖たちは警官が去るのを確認してから、また早足で歩き出した。

 一時間程度、歩き回ったが、それらしい人物は見当たらない。そろそろ、町の人々が出勤のために外に出てくる時間だ。当然、みな急いでいる。話しかけると嫌がられるが、こちらも遠慮している場合ではない。


「すみません、お聞きしたいことが」

「すまないが他を当たってくれ」

「あのう、ちょっとお伺いしたいのですが」

「何だ君は。帰って家のことをするのが国民の義務だぞ」


 理玖と直弘は次々と人を捕まえては話しかけるのを繰り返す。数をこなせば、時間に余裕があって親切な人が見つかるはずだ。狙い通り、直弘が初老の男性を引き留めてみせた。彼は茶色い国民服を着ている。これから工場か何かに出勤するところなのだろう。


「ああ、さっき、変な黒い服を着た若者が家に来て、今夜にも大きな空襲が来るので注意しろ、とか何とか言って去って行ったよ。あれは何かね? アメリカの情報を握った諜報員にしては、様子がおかしかったが」

「その、彼は」

 直弘は言い淀む。理玖はすかさずフォローに回った。

「あの子は私たちの知人で、少し頭が弱いのです。いなくなっていたので探していました。今頃どこにいるか、見当はつきますか?」

「多分うちからそう離れてはいないだろう。私の家は──」


 男性は道順を軽く説明してくれた。理玖たちはお礼と、時間を取らせたことへの謝罪を述べ、急いで教わった通りの場所に向かった。


「ここがあのおじさんの家ですね」

「うん。お陰でかなり場所が絞れた。この辺で怪しげな動きをしている黒服の若者……」


 ばたばたばた、と理玖と直弘の前に駆け出して来た者があった。金色のボタンの黒い学ラン、身綺麗で血色も良い男子である。──若い。十七程度という理玖の勘は当たっていた。

「あの、お二人とも! 今日の夜に──」

「待った」

 理玖は話を遮った。

「君、川口健次くんだろう」

 男子は目を瞠った。

「そうですけど、どうして知ってるんですか?」

「私たちも未来から来た。君を探していたんだよ」

「み、未来から? 僕を?」

「今は、詳しい説明は省く。君、タイムスリップした先がいつのどこなのか、正確に言えるか」

「あ、えーっと」


 頑張って思い出してもらった所、二時間ほど前、ここから一町ほど離れた住宅街、ということが分かった。


「ありがとう」

 理玖は言った。

「最後に一つ確認なんだけど、君がタイムスリップした際に、逆井都姫さかいときという名前を聞かなかったか」


 直弘がはっとした様子で理玖を見た。

 逆井都姫は、リペアラーの界隈で危険視されているチェンジャーの一人だ。生まれ持った体質から、旅行時計無しでも過去に行ける。稀にそういう人物が現れることは知られているのだが、逆井都姫はその能力を乱用して好き放題してしまうのだ。

 数年前に直弘を原爆投下前日の広島に連れて行ったのも彼女だった。

 理玖の問いに、川口健次は頷いた。


「聞きました。僕がここへ来た時に、状況を説明してくれた人です」

「なるほど。ありがとう。助かったよ」


 理玖は礼を述べた。


「では、我々はやることがあるので、これで」

「あっ、あのっ、僕は現代に戻れるんでしょうか。このまま空襲で焼け死ぬのは、困るんですけど」

「そこは安心していい。我々が必ず君を助けるから」


 川口健次は、ほっとした様子だった。


「ありがとうございます。僕、すごく不安だったんです」

「礼には及ばないよ。これも仕事だからね」


 そう言うと理玖は、隣に立っている直弘を見た。


「さあ、直弘。教えてもらった所まで飛ぶよ」

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