第16話―天文20年―
喪失感。
その
ボクの周りだけは穏やかな時間が通過していく。
「ゴホッ、ゴホ。駿河も悪くないんだな。
むしろ尾張にいた頃よりも快適に過ごせている!」
咳き込み体調は悪くなっている。
「また咳を。平気?いやぁー、でも本当にスゴイ繁栄ぶりだね。
これこそ【東国の京都】とか声を漏らしてしまう所以。もう圧巻させられるよ」
中空に浮かび上がったままクレマチスは毒突くような言葉と役割の解説をやっている。
「あ、ああ。そうだな」
駿河。
東海道沿いの
ボクは十歳となり精神の奥にある刻まれた歳は二十歳を過ぎた大人となっている。
この日クレマチス連れて駿河の街を散策していた。
「どう体調の方はまだ良くならないの?」
「まあまあ、いや快調に向かっているよ。
それよりも東国の京都というのは駿府。だとは思うが解釈はそれで的中しているかクレマチス」
「うーん、そうだよ。
治安と秩序が崩壊した街となり都なのは形ばかりとなり公家はそんな京を捨てて逃げていきました」
今ではとても考えられないが様々な機能を失った京都を居てもままならないと絶望して離れていた。
仮にも貴族の階級である公家がそんな情けないことになるほど無力で逃げるしか無かっただりうか。
「ふーん、逃げていたんだ。
薄情だな貴族なら貴族らしく街を民のために戦えばいいのに」
私兵が雇っているはずなのでそれを用いれれば治安回復や権力者としての回帰する事も叶えられる。
抱えているものが多いなら領民のために粉骨砕身やれると思うのだ。
「いいかな晴人くん。その倫理観や使命感は江戸時代になってから芽生えていくものなの。
今は泥水をすすいでも生き延びていかないとならない時代。
それも戦士でもない公家にそんな使命感なんて期待しないほうがいいよ。貴族なんてものは」
「貴族って……クレマチス?」
妙に重みがあって実感のある言葉だ。
まるで過酷な世界をくぐり抜けてきたような。
そんな語調が込められていた。
ボクは手を後頭部に組んだまま東国の京都と評される景色を横目で眺めていると。
「竹千代さまーー!お待ちくださいませ」
「げぇっ。その声は
七之助どうして居場所が分かったんだ!?
聞き覚えのあり過ぎる声にゆっくりと振り返れば的中する。
人違いであれば良かったのだが情けない声で追いかけてきたのは七之助だ。
ボクの遊び相手として地元を出て竹千代のために駿河まで引っ越しをしてくれた家臣だ。
「なんですか竹千代さま。
何も告げずに家を出ていくなんて!いくらなんでも不用心すぎまするぞ。
「だ、だっていい天気だったんだから仕方ないだろうが!
それに他の家臣には迷惑かけたくないし」
「いえ仕える者としては迷惑なんて主君にそのような負の感情など湧くものか!
なんだってソレガシはミカワの武将なんですから」
三河で生まれたことに幼いのに矜恃を持っている。
「そ、そうか」
「なんとも平和なやりとり。
七之助にタジタジだね竹千代くん」
うるさい!っと空に浮いているクレマチスに睨めて訴えるが涼しい顔して知らぬ顔をしている。
そんな事していたら七之助は何も無い虚空に睨んでいるボクにまた病が悪化したのではないかと周囲の往来は騒いでしまう。
そうではないと宥めてからボクは小姓と辺りを目的もなく徘徊。
そろそろ時間かなと体感時計に従って学校に途を進んで向かう。
――駿河は今の静岡県だ。
そんな旧国名を人質として暮らすようになってから大岩町には
門をくぐり抜けて境内に入り進んでいくと黒衣の僧侶が佇んでいた。
「どうやら来たようだな竹千代と七之助よ」
優しそうなオジサンだ。
空を眺めながら日向ぼっこしているなんて余程ヒマしていたんだろうね。
「こ、こんにちは!であります
手と足を綺麗に揃えた七之助は頭を深々と下げて挨拶をするのだった。
いや、そんなに緊張をしなくとも日向ぼっこしていた僧侶だよ。
軍師ということは参謀という肩書きは確かにスゴイかもしれないが気を張り過ぎではないだろうか。
それはそうと挨拶しないとね。
挨拶は時の氏神というし。
「こんちはー」
「ほっほっほ。子供はこう素直でないといけない。こんにちは、ミカワの次世代よ。
よし、今日も兵法を解説してやるぞ」
愉快そうに笑いながら学び場に待っていた太原雪斎はボクの頭を撫でる。
こういう年齢に達すると無性に子供の頭をナデナデしては愛でるようになる傾向にでもなるのかな。
「……晴人くん大物を相手にしても身が竦むようなこと少ないよね。
ナビゲーターとは関係ないけど変な耐性がついていると注意喚起すればいいのか分からないんだよね」
なんだか呆れてしまったクレマチス。
「そ、それではソレガシはこの辺で失礼させていただきます。
くれぐれも無礼をしないように竹千代さま」
すっかり厳粛している七之助は、それだけを注意すると臨済寺を後にした。
もちろん言われなくても年上には敬意を払うし怒らせないようにする。
そして太原雪斎の元で学問を学べる機会はそれほど多くは無い。
軍事や政が多忙のスケジュールに追われており時間が空いているときしか見てくれない。
クレマチスは見えないことをいい事に前を歩いて案内する太原雪斎。
四方八方から浮遊して観察していた。
手習いの場に到着すると今日も太原雪斎が書物を開いて教えてくれる。
「また
「おぉー!」
なにより太原雪斎の教えはとても上手くて楽しいものだ。
今川義元を教え導かせる補佐役でもあり兵学や政治家としての教養を教えて力を養った偉大な方。
その
「ナビゲーターを現地でこの目を見て五感を触れるのは新鮮だね。
徳川家康が人質、そして交換がなければ高水準な教育を触れないまま歴史マニアにしか認知されない弱者として最後の代で消えていただろうね」
当時の建物をクレマチスは見渡して興味深さそうに観察して誰へともなく言の葉を紡いだ。
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