第13話―潮風が吹く―

潮風が吹く港町を離れる運びとなった。

周りの大人は詳しい経緯を話をしてはくれなかったがクレマチスは快活に述べた。『これは推測になるのですが……おそらく織田信長の兄が捕らわれてしまったと考えられるかな。

条件として人質である貴方と交換するのでしょうか。いずれにせよ今川家に送られるのは近いみたいだね』と意味深なセリフが気になった。

支度を済ませたボクは輿こしに乗ろうと館を出ると加藤さんが涙目になって待っていた。


「くうぅ、竹千代くん大変かもしれないがキミは戦国武将だから生き様を貫いてほしい」


豪商である加藤さん。おもむろに屈むと大きな手で肩を置いて視線を合わせて別れを告げる。


「は、はい!立派なサムライなれるか分かりませんが生き様を貫けるようにはなります」


顔が目の前にある加藤図書助さんは従者の目など気に留めずはなをすすり袖で目元を拭う。

とても感受性が豊かだなとボクは、つい苦笑をしながらも逆に彼を励ました。

――輿に乗り出して不安定な揺れにも慣れてきた。移される場所となるのはクレマチスがまるで歌うように響きのある声で先を話す。


「これから向かう先は天王坊てんのうぼう

織田信長が幼少期には学問していた寺だよ」


「お寺か。そこでボクは何をするのか」


「何もしなくていいですよ今は。

いえ、違いましたね。

優先するべきは精神を磨くことだけで諸事の問題は後回しにしてくださいね」


「……精神だけ磨けなんて。ボクは修行に来たんじゃないんだがなあ」


つぶやいた弱音には聴こえていると思うがクレマチスは敢えて聞こえていないように口笛を吹く。

そのあと詳細な話からして知ったことは寺は那古野なごやの城下にあること。

どうやら補足説明によれる那古野とは名古屋の古くから呼ばれた地名。この意味は天候や風土が穏やかな地であると込められる。


「那古野城には一時的ですが城主は織田信秀。

それから織田信長の生誕されたとして諸説の一つと数えられる場所なので覚えておいてね」


「漢字ではそう書くのか。それよりもクレマチスどこで紙とペンを出せたのか疑問なんだが」


「秘密です。まだ語れる時ではない……」


「いや秘密にするなよ!」


無駄にニヒルな笑みや動作からツッコミを求めていると察したボクは律儀に付き合った。

話題を逸らそうとしているのが明白だ。

――連れてこられた天王坊。

案内されて日が暮れると用意された布団に入り就寝する。

隣にはクレマチスが正座していた。

出し抜けな流れへと進むようになるのはクレマチスの言の葉をされたとおり人質交換が正式に決まったかららしい。

織田信広という信長の兄にあたる人が第三次安城合戦あんじょうかっせんで安祥城主である織田信広は生け捕り。織田信長はというと兵を率いて鳴海城なるみじょうまで前進したけれど黒い煙を上がるのを見て攻め落とされたと知り退いた。

敵方は今川義元の軍師である太原雪斎たいげんせっさいによって破れた。

雪斎は林秀貞と平手政秀に手紙を送ってこられた。

クレマチスが何の魔法か当時の手紙を出現させて文字を目で追いながら喋りを続ける。


「どうやら信広は切腹しようとするところを捕らえたのだが捕らえている竹千代と人質替えをしよう……そう書かれていたみたいだね」


「その織田信広って、どんな人か教えてほしい」


「あまり資料がないから仔細には期待しないでね。とりあえず織田信秀の庶子しょし、すなわち側室の子でして長男。

信長よりも歳は五ないし六と上と推定されます。それと衆道しゅどうの絡み問題もあるとも」


「衆道って?」


「今でいうならビーエル」


「ああBLか。って、男同士で恋愛していたのか!?」


「それが昔ではよくありましたよ。たぶん明治からは急激に減少されたんだよ」


「そうなのか」


かみなりに全身に打たれて駆け巡る衝撃は無かったけど驚いた。

何をそんな事をとクレマチスは呆れている様子にイラッとした。

小馬鹿にする意図はないのは知ってはいるがストレス発散しようと布団から出て廊下を走り回ろうかと検討したがやめた。

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