第11話―アツタの人質生活その肆―
しかし天文何年と云われても分からないためクレマチスに変換してもらい天文十八年
すっかりアツタの暮らしに慣れてきて二年が経つ。こればかり仕方ないが娯楽が少ないため身体を動かしたり紙の雛人形とかで遊ぶ。
されど熱田の豪商人の
「わあぁー。今日も澄み透られた快晴ですね。
ねぇ
きっと抱える悩みとか晴れますよ」
眩しい。焼き付くような日光が射し込まれる輝いている。
襖を全開にした室内をくぐり抜ける。縁の上でクレマチスは両腕を上げて伸びをしていた。
「放って置いてくれよクレマチス。
ボクはインドアなんだ。
こうして紙人形で遊ぶのも存外に楽しいし心を整理がつくんだよ」
頭は大人でも心は子供のようで紙人形に楽しむ心がある。
いやアナログな遊びだから童心とか関係なく気持ちが高揚になるのやも。
「で、でも見ていて痛々しいし……今の貴方は。
少し前を進めるように努力しないとならないよ。
そうしないと松平広忠公が浮かばない」
眉間にシワを寄せ困ったような口調で励まそうと言葉を選んでいた。
かの妖精でも弱りきった顔をするものか。
「浮かばないだって?
まるで乗り移ったかのような口調しないでくれよ。やれやれボクだって前へ進まないといけないのは理解している。
今ここでやれることは無い。分かってたまるかよ」
「あ、あるよ。あるはずだよ。いずれ天下を統一させる貴方は徳川家康なんだからさぁ。
もっと元気を出して
人生の勝利を確定しているのだから」
「徳川家康にはなれない。
凡人を抜け出そうと田中晴人は普通を越えようとダイヤモンドダストに挑んだ。
けど負けてしまった。
極寒の前では無力感で痛感させられた」
所詮は凡人のまま大それた野望を抱えて見知らぬ土地で打ち果てるのが関の山だ。
いや朽ち果ててゆくだけの
「そ、それは……無謀というか無茶だったから。
凡人とか非凡でも関係ないよ。
ダイヤモンドダストの起きる地域で裸で耐えるなんて狂気じみた修行なんかしたら倒れるよ」
「そうさ。無謀で狂気じみたの行動なのは転生してから父上や母上と
後から猛省していたし自殺行為だった。
けれどそれでもボクの中では大勝負だったんだ」
疲れ知らずで卓越したビジネスウーマンの母と政治家や官僚など影で動かすほどまで権限を持つようになった事務次官の父。
第一線で肩を並ぶものなしとまで称される二人の子供として誕生されたの〖ブーストチルドレン〗と畏怖と羨望する将来に嘱望された次世代の英雄。
サラブレッドの親の元で生まれた瞬間から課せられた役割。
これだけの過分な期待に応えれないといけない事でボクは誇らしく仮に期待はずれでも応えれる俊才であろうとした。
けれど優秀すぎた上の兄や姉が九人もいて十男のボクには遊興な試みの実験として育てられた。
高い教育水準をこちらに享受させず凡人としての教育を施された。
それから成長するようになって掛けられる期待から周囲は見向きもしなくなった。
家族や抱えるメイドや執事には愛情を向けられても満足することはなかった。
勉強を運動しても長続きはしなかった。
なら手っ取り早く普通から抜け出せるのは
「それでも今の晴人は、なんて言葉を掛ければいいか迷っているの。
とにかく元気になって」
「……希望的な縋りだった。
こんな愚行が達成したところで本質や能力が変わるわけが無い。
誰も容易には成せない功績が欲しかったんだ。常軌を逸した行動をくぐり抜けた結果があれば人生を挑める自信が欲しくて」
「遅くはない。今からでも――」
「でもそれは徳川家康の岐路だ。
ボクという個がいなくてもナビゲーターに従えばいいし、それよりも歴史の詳しい人を送ってボクよりも相応しい人材がいる
「そんな事……でもそうかも。
それでも後悔させないから」
白い妖精はこちらに右腕を差し伸べた。
どんな言葉をかけても届かないなら感情によって味方であると行動に伝えてきた。
それまでの行動から猜疑心は拭えず。どこで嘘か?どこまでが本性なのか区別がつけれずボクは冷ややかな目を向けて視線を落とす。
「とにかくクレマチス相手しないでくれ。
ボクは独りになりたい」
到底クレマチスの健気な訴えには信用するには出来なかった。「そう」クレマチスそれだけ短く呟かくと庭に降りて青天井を見上げるのだった。
ボクはその背に声をかける資格が無いと感じて近くで見ないように触れず反応を示さないことに徹した。
――翌日になってクレマチスは雑談をしよう切り出すことは無かった。
最低限の挨拶だけをするだけ。
気まずい。クレマチスに話を振るのは勇気が持てず
手を洗ってから行動に移す。
尾張国といえば歴史が絶望的な人でも知名度ナンバワンの織田信長。
その知らぬほど英雄を使用人たちに織田信長の情報を集めようと訊いてみた。
「織田信長ですか。
詳しくは知らないのですがオワリのうつけ者と呼ばれて巷では噂されているようなんです。
頭でも打たれたのか髪を
「茶筅?茶をかき回して泡を立つ道具の」
「ええ、そうです。
「……な、なるほどね」
駄目だ。
ここに生まれ落ちてから昔の言葉を学んだ。
ある程度までは憶えたのだが聞いた事のない服の名称が次々とまったく分からない。
ボクは腕を組んで神妙な顔を作って頷いてみた。
「あのですね晴人。
湯帷子は今の浴衣ことです。そして半袴は袴を半分の丈にした、いわゆるショートパンツですね」
耳元でクレマチスが囁いて見知らぬ単語を教えてくれた。
誰も見えても聞こえていないんだから声を潜めたりしなくてもいいのだが。
もう深くは考えないことにした。
「マジかさすがはクレマチス。ナイス情報!」
指を鳴らしてオーバーにリアクションを取って知性に褒める。
傍で控える彼女は嬉しそうに笑う。
「く、くれま?」
「あっ、いえなんでもありません。
お勤め頑張ってください。失礼します」
今のボクは虚空に視線を向けて話しているように見える。
お礼を告げて使用人から離れると他に使用人すれ違うことはないとクレマチスに尋ねる。
うつけ者とは?
するとバカ者という意味と少々と呆れながら教えてくれた。
知らないと不味いレベルか。
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