第8話―アツタの人質生活―
尾張国へ人質として差し出される予定が明日に控える昼過ぎ。
ここからは戦国武将として生涯を生きらないとならない。悩んで廊下を歩いていると向かいから気品に溢れる若き姫が歩く。
「おはようございますわ竹千代」
「あなたは
おはようございます、今日はいい天気ですね」
この姫は苦手だ。
こんな所に出くわすなんてと嘆かざる得ない気持ちながらも顔の表面には出さずに笑顔を作りだす。
「まだ……ママとは甘えてくれないのですね」
分かりやすく落ち込む姫君。
彼女はボクの父である松平広忠の再婚相手である。松平広忠とは利害関係での戦略結婚らしく子を儲けているとも聞いたこともあるがそれは再婚前の子供とも噂される。
「すみません。
それは迎えられて認めていないとかでは無いんで。ただ、その……ボクには産んでくれた母が生きていまして。
こればかりは」
「あっ、だからなのですね。
そんな複雑な事情があったこと私が無知なもので
本当にごめんなさいね。
感情の機微が疎くて」
小さな幼子にとやり直しているボクの視線を合わせて膝を曲げて屈む。
慈しみをしみじみと感じる謝罪をした。
目の前にいる
「いえ心配に及びませんよ。
それよりも聞かせてください。辛くないのですか実家から離れることに?」
おそらく令和ならでは彼女は結婚するには珍しくないけれど早いとされる年齢だ。
この問い掛けに真喜姫の身を案じるという優しさを少なからず気持ちはあっても上回る気持ちよりも見知らぬ土地に生活を知っておきたい。
心配の介在するよりも自分を優先をしてだった。
「フフッ、心配してくれてありがとう。
タハラの地から離れて望郷する日もあれど快適に暮らせていたすわ」
「失礼ですが。それが……戦略結婚でもですか?」
「ええ、たとえ戦略結婚でもですわ。もちろん怖い方でしたら不安もありますのよ」
にこやかに笑みを浮かべて不躾な質問であっても真摯に応えてくれる。裏表のない人なので逆にボクは苦手の部類にはいる。
それはボクが抱えている生前の環境も影響を今でも新たしく生まれた時からも波紋は続けている。
すると真喜姫は後ろや左右に視線を巡らせる。
それはどうみても誰もいないか視線の動き。
「あの、真喜さん」
「いいですこと竹千代。
これは私との秘密で他言無用ですわ」
そう前置きを言うと真喜姫は人差し指を口元に添えて口外しないようにと告げる。
「は、はい。
悪いことじゃなければ誰も言いません」
顔を前後に揺らしながら何度もするボクに真喜姫は柔和な笑みをより浮かべると手を伸ばして頭を撫でてきた。
子供じゃないけど。あっ、今のボクは子供だった。
「偉いですわ。もう私がここへ嫁がれることは関係性を強化もありますが内情を探り知るためにでもありますのよ」
「内情ですか」
「すなわち忍者の真似事ですわね。
手に入れた情報をタハラの地にいる兄や父親のために報せる任を与えられているのですわ」
「なっ!?そんなことボクに言っていいのですか。これでも一応ここの嫡男なんですよボクは」
それはつまりスパイ活動ってことじゃないか!
お家を存続するために関係性を強化を図るだけではなく内情を探るためにでもあると真喜姫は告白。
「よいですこと竹千代。
間者としての任は私だけじゃなく多くがそうなのですわ。
少しでも生き残るための術でして戦略結婚とは私たちに課せられた使命なのですわ」
「そんなことが。あの不満とかないのですか。
女の子として政治の道具に扱われるなんて」
どうしても納得がいかなかった。
他意は無かった。
自由恋愛とかいかなくても本人の意思が介在を客観的に親が見定めて相手が立派で嫁ぐのに相応しいかを判断する親心ではないのか。
それは令和で生きてきたボクの現代で養ってきた感性とも自覚をしても嫌悪感を湧いてしまう。
「優しいのですね竹千代は……。
フフッ、けれど御心配は無用ですわ。
それが武家の姫として生まれた責務なのですわ」
「せき、む?」
真喜姫は天井を見上げて語ろうと紡ぐ。
「兄や弟たちが戦場で出陣されてボロボロで帰ってきますわ。
それは私たちに尽くそうとされる家臣や民たちも。
故郷へ帰らぬままの人、犠牲は必ず発生しますわ。
……私を育て面倒を見て下さった方たちも」
「そんな」
主君のために命を賭して戦いながら守った犠牲の上でなんとか生きて暮らせているのは竹千代として生まれ落ちて学んだ。
それでもボクが浅はかだった。
知識として知っているだけでどういった悩みや葛藤そして直視を続ける強さを待っていない。
「争いが絶えない世の中で大切に育てられた私は外の世界のように暮らしていたのですわね。
蝶よ、花よ心のゆとりがありましたわ。
女性である私がやれる事は多くない」
「だ、だからなのですかッ!?だから戦略結婚は任務として役目を果たさんとする」
「さすがですわ。賢いのですわね。
守られるばかりの非力な生涯を真っ当なんて甚だ求めていません。武功を立てられないなら戦略結婚という場面で恩を返すしかない。
家臣や民の為そして家族のためにも」
ゆるふわな印象だった彼女。
視線を下げてこちらを見る瞳には慈しみがありながらも毅然とした揺るぎない義の心が感じられた。
この人も紛れもなく武家の人だった。
「強いのですね真喜さんは」
「何度も褒められ続けられると照れてしまいますわね。いいこと竹千代、明日は大変かもしれませんが家臣たちを信じるのですよ」
華奢な手で肩をつかみ真喜姫の汚れを知らない瞳を向けられてボクを励ましてくれた。
家臣たちを信じる……そうしたいのは山々なのだろうけどボクには親しい仲の家臣はいない。
それはそうだボクは徳川家康ではなく、その役に演じようとする田中晴人という凡人なんだ。
顔を俯いていると頭上からクレマチスが「主従関係の大切さを教える。感動するなぁ」と間延びした発言をする。
そして彼女はボクにしか聞こえない事を利用して言葉をまだ続ける。
「健気だよね真喜姫さまは。
でも彼女の父親は竹千代を護衛として務められるけど裏切るの。名前は
不吉なことをナビゲーター妖精はそう呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます