第6話―竹千代その伍―

ボクがいるのは戦国時代。

いずれは苦難が降りかかること覚悟していた。


(最後は勝利する側だろうけど。

プライドとか打ちのめされるだろうな)


平穏を享受いつまでも続かない。合戦を体験する。

それまでは精神と文武を磨いていこう。

降りかかる困難を立ち向かえるだけの覚悟を持てるように。

だが磨いて備える猶予は短かった。

松平広忠が若くして死に物狂いで護ってきた過去を語られてから今年だった。

避けることのできない。

訪れるだろう安城松平家にもたされる風雲急を告げる情勢を竹千代こと田中晴人は、その事を知らずにいたのだった。

そして苦難は訪れた。


「……どうしてなのですか!

どうして母上と離婚いえ離縁されるのですか。

あれだけ愛していながら好きな人と別れる事を平然と決めたのですか」


岡崎城にある当主ための館。

於大の方と松平広忠の夫婦に竹千代のボク。

家族三人での談話をするものだとボクは憩いの一室。いつものように日常会話でもするものと想像していたが耳を疑うことを松平広忠から淡々とした声で聞かされて返した言葉。

それに松平広忠は顔色ひとつも変えずに。


「……すまぬな竹千代、こればかりはどうしようも出来ぬのだ。

父も辛いのだ。だがこれは安城松平家そして我のため信じる家臣のためなのだ」


「母上は……それでいいのですか。

別れるなんて」


青天の霹靂だ。

松平広忠それは於大の方もそのはず。

息子に別離する一部分だけの説明にはおそらく事前に夫婦で話し合って決めたはず。

離縁すること否定的な感情ではないのか当事者は。


「ええ受け入れ難いけど。

でも実家の水野家が織田家についたのでしたら以前と変わらずに暮らすのは困難でしょうね。

わかってほしいとはいわない。ただ……ごめんね

竹千代」


強く振る舞われているが於大の方は愛惜の念までは内側を完全にまでは隠すことはできなかった。

端々から惜しむ気持ちが伝わってくる。

水野家は於大の方の実家だ。

安城松平家は織田家とは敵対勢力になる。

実家の水野家、嫁いだ先の松平家その板挟みに苛まれての決断。ボクは二人の心情の代わりに泣いた。

取り繕いながら振舞おうとする二人がするはずの慟哭の感情に感化されて代わりにボクは号泣する。


「よしよし竹千代。

離別しても関係が絶たれるわけじゃないわ。

手紙を書いて送るからね。欠かさずに母が」


どこまでも深い愛情に包まれる。

幼い竹千代を抱きしめた於大の方は優しく我が子の頭を撫でるのだった。

それを第三者は見ていた。


「ヨーロッパでは様々な家族愛はあった。

けれどこんな形があるなんて……これが戦国で生まれた家族。こんなにも眩しいなんて」


見守ることに徹するクレマチスまで泣いていた。

――そして数日が経過した。

母である於大の方が帰ってしまってからの生活は変わらなかった。少なくともボクと松平広忠は気持ちが影を指していた。

そして貴重な休暇をとれた松平広忠はせっかくの時間を我が子に使うことにした。


「どうだ元気か竹千代よ」


「はい。父上このとおり元気です」


空元気ではあったがそんなことも分からないほど鈍くない松平広忠はボクの頭をなでる。


「そうか。聡い子だな」


愛情を注がれながら隣に見守っているクレマチスに目を向ける。

視線に気づくと明るく手を振ってくれるが彼女も元気づけさせようとしているのは伝わった。

ボクは数日前に二人がどうして別れていたのか。

その詳細を説明していたクレマチスの笑顔から記憶を掘り返しす――。

『ある人が亡くなったのが大きいと推測するとね。

それは水野忠政みずのただまさ緒川城おがわじょうを拠点とする戦国武将。

於大の方には父親。その方が亡くなると継いだのは水野信元みずののぶもとだよ。

元信は織田家とは同盟を結んでしまい今川家を庇護する安城松平家はそれを許さず離縁の形となってしまったの。

納得できないと思うけどこれが戦国の習わしだから二人を恨まないでね晴人くん』

――回想を終えると嘆息を零す。

ハンカチで目元を拭っていたクレマチスを思い出したボクはため息を吐いた。

油断ならないナビゲーターではあるが性根は優しい人、もとい人と相容れぬ妖精だ。


「こんな情勢だ。竹千代よ!続きをしよう」


「続きというのは昔の話ですか」


「そうだ。

織田家の侵攻をどうにか和睦した我らだったが安堵する暇もなく次なるものが降り掛かった。

桜井城さくらいじょうの松平に攻められたのだ」


まだ子供であるのに家臣とのチカラを合わせて織田信秀を戦い抜いた壮絶すぎる話。

平穏は一定時間も与えなかったようで一難去ってまた一難と好機とみた勢力が動いたことに

驚きはしたが予想はしていた。

敵が弱くなっているうちに攻めるならと考えに至るのは当然で。

まだ精神的たなかはるとにも身体的たけちよにも子供のボクでも概ね想像はつけた。


「それも返り討ちにしたのですね」


「いや残念だが負けたよ」


「負けちゃったのッ!?」


戦いの渦中にいたとは思えない気さくな発言だ。


「オカザキに押し寄せられた桜井松平氏さくらいまつだいらしを駆逐するだけの余力はなかった。

少数の家臣だけを連れて追放となった」


衝撃的な内容だった。

たしかボクがいるのは奪われた岡崎城内。

ここにいることからも奪還したものだろう。

それと頭に引っかかったことが乾いた笑みで滔々と話されてから脳裏にあることを過った。

今川家に庇護している。


「もしかして今川家に協力したとかですか」


その問いに松平広忠は首肯する。しかし次に首をかぶり振って否定をした。


「誠に聡いと言いたい所だが、その見解は少しだけ違う。

流浪の身となりイセやトオトウミで泥水を這いずるような生活ながら取り返すための作戦を練って再起を図っていた。

時がきて家臣とのおかげで天文てんぶん六年には――」


多くを失いながらも不条理に抗おうとする牙は折れなかった。

小さな脆い牙でも虎視眈々と喉元を狙いを定めて磨いて待っていた。

そんなふうに情景を浮かべていると白髪の髪を揺らしたクレマチスは咳払いをした。


「あの人が言った天文六年は今で言う1536年だよ」


ナビゲーターはウインクして西暦を伝える。


「入念な作戦が功を奏した。

成果させての和睦へと結ばせる結果となった。

この命と闘志そして家臣がいるから拙者は諦めることは無い執念さあ。

どんな逆境でも乗り越えれる。

復帰してからは統制力や軍事力が不足して今川家に家臣の道を選択した事さあ!」


嗚呼ああ、この人は強いんだな。

決して揺るがず、如何なる状況であっても屈せず負けない。

まるでフィクションのようだ。

事実これだけの不条理を抗った鉄の如き精神にボクは羨望を抱かずにはいられない。

あの持つ強い精神に。

松平広忠はおそらく特別な能力に秀でた武将ではないのだろう。

それでも敬意を表すだけの不屈たる精神は眩しい。去り際にいつものように弾けんばかりの笑顔で頭を優しくまたは乱暴にしかし優しく撫でるのだった。

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