第5話―竹千代その肆―
気まぐれにやって来た松平広忠は僕を抱えると膝元に寄せてきた。
どうやらここに座れというらしい。
彼は厳密的にはボクの父親ではなく徳川家康の実父なんだ。
結局どうして平凡な育て方をさせたのは聞かずじまいでダイヤモンドダストで凍死したという改めて振り返れば壮絶な最後だ。
自分の死に苦笑していたら松平広忠に不思議そうにされたが「聡明のあるなぁ竹千代は」と頭を撫でられた。
この数奇で神の
呑気にも松平広忠はボクを抱き抱えると膝元の上に寄せて移した。
特等席。それはそうと生前の父親にここまで愛情を注がれたことは無かった。
「父上!もっと昔の話をお聞かせください」
「おぉー、構わないぞ。
とうとう松平家としての当主の拙者が息子に語る日がこんな早くに訪れるなんてなぁ。
感慨深く……は無いが細かい事はいいか」
それもそのはず。
ボクはまだ小さいのだから松平家を継ぐにしても早熟すぎる。まだ三歳では。
落っこちないよう松平広忠に両腕でガッチリ支えながら遠い日を想起する瞳を屋敷の中から外の陽を見上げながら語る。
「拙者が誕生したのは
拙者の父上であるから次の当主となる竹千代の祖父にあたる人だなぁ」
これは長くなると思ったのかクレマチスは脱力のある欠伸をする。
「ふわあぁー」っと喉頭が見えるか見えないほど大きく口を開けて盛大な欠伸をした。
「それで祖父はどうなったの」
それを見なかった事にして催促する。
何となく察していた。
歴史はそれほど詳しくないボクは祖父との顔合わせが無かった事から。
「……拙者が十歳の頃に父上を失ったよ」
「えっ、十歳で亡くなったの」
「ああ。モリヤマの土地に城があって守山城には織田家の城だ。
そこを攻めた訳なんだが家臣の
クレマチスがモリヤマの漢字表記を画面を出現させると字を見せてくれた。
表記した文字は〖森山〗それよりも衝撃なのは。
「裏切られたというの。家臣が……」
疎いから武士というものをよく知らないが基本的に仕えているなら余程のことがなければ離反なんてしないと思う。
もし離反の心があれば危険視して近くに置かないはずだし警戒心はあるはずと考えていた。
論理性はないけど心理的に物事を分析すれば乱世の時代で下克上の世だ。
誰が裏切るかの見極める能力は高いはずだからと決めつけていた。
「まだ拙者は幼いから後で知ったことだ。
三河武士の阿部正豊の父である
これまた知らない武士の名前が登場してきた。
追憶からの語られた阿部定吉がここで事件を起こしてしまったのと関係するのだろうか。
するとクレマチスは巨大な一台の液晶パネルを両手を使ってなにかを調べている。
ボクの訝しむ視線を感じ取ったのか手を止めると。画面から視線を送るボクの方へ向けた。
「この暗殺事件をこう呼びれたそうですね……森山崩れ。その情報はデマが高いですね。
そして織田信秀は織田信長公の父君です」
補足のつけた説明。お礼をできない代わりにボクは頷いて感謝を示した。
(織田信秀がノブナガの父親なのか。
覚えておかないと。いずれ会うかもしれないから)
頭の中でなんども名前を無言で唱えながら記憶に刻む。では内容からして事件のことを森山崩れと見ていいだろう。
このあとの展開をいう松平広忠。
「粛清を恐れた阿部定吉はこの噂を息子に話をしていた。息子の阿部正豊は主君である松平清康に誓紙を渡した。
「二心って背く心のことだよね」
この質問にクレマチスが真っ先に明るい声で応えてから松平広忠が大きく頷いて肯定した。
「そうだ。渡されてから翌日だった。
本陣に馬の
「あの、嘶きって……何ですか?」
煩わしくないかなと思いながらも好奇心に押されて度重なる知らない単語を尋ねる。
そりゃあ難しいかと松平広忠は苦笑をこぼし対照的にとクレマチスは蟀谷をおさめて呆れていた。
「馬が鳴くことだ」松平広忠は快活に応える。
「馬が鳴くことかな」曖昧に応えるクレマチス。
若い彼と彼女はまるで息を合わせるように異口同音馬な言葉で返した。
クレマチスはともかく松平広忠は妖精は見えないはずだから偶然なのだろうけど息がピッタリなのかもしれない。
兎にも角にも馬が鳴いたのが実行させたのか。
「驚き、すぐに駆けつけた阿部正豊は父が成敗されてしまったと勘違いされて西ミカワを急速に支配した勇将の松平清康を斬ったのだ。
即死だったと聞かされた。
その本陣にいた
とんでもない誤解を招いて悲劇が起きるとは。
生まれたばかりで幼かい頃なのか現実味を感じていないようにみえる。
惨劇は関わりのない遠い話のような拙くさせた笑みを作る松平広忠。
クレマチスは打鍵音を立てずキーボードを叩くように自動で浮遊するパネルに操作。
「うーん、あの人の言うとおりみたいだね。
呪いの剣ムラマサに操られて暴挙に駆られた
ダークな説もあるようだけどダークソードは後世の作り話ようだね」
ここには松平広忠もいるので労いの言葉や自論するのは後回し。
でもクレマチスに謝意として会釈する程度はいいかなと実行したが松平広忠から向かいに誰もいないのにおかしい奴だと訝しげられたが別に構わない。
このことに聞くほどの疑問でもないと考えたみたいで話をまた紡ぎだす。
「それからは波乱万丈。
今はなんとか落ち着いているけど拙者が家督を継いだのは十歳で文武をゆっくりと励む余裕は常になかった。
十日も過ぎざるに織田信秀が軍を率いて進行されて死にもの狂いで迎え討った。
兵力差は十倍もちろん少ない方が拙者ぞ」
自分に降り掛かった不条理でも腐らず落ち込まずに懸命に抵抗して生きていると豪快に無理して笑う。
家臣や父親の話となれば複雑そうな顔をみせて自分に降り掛かる不幸には悲観でも絶望といったものはみえなかった。
平凡なボクという構成された前世では、目の前に座る武士の年齢は就職したばかりの若者なはず。
未熟でどこか依存されるべき精神は感じずそれどころか鍛え抜かれた達観していた。
「泥水をすすりながらも不屈の精神みたいだねキミの父親は。
耳に入らないと思うけど織田信秀が攻めて守り抜いた戦いを
まだ十歳で国や家族を護るために戦ったというのか。その覚悟や鋼のような精神に感動を抱かざるにはいられなかった。
「そんな……父の死を悲しむ猶予なんて無いじゃないですか。ひどい、惨すぎまますよ」
「はは、なんて顔をしているんだ竹千代。
その優しさは尊いものだ。磨き上げよ」
励まされてから今になって分かったがボクは泣いていたようだ。
涙腺を決壊したのかは自分でもよく分からない。
ここは昔の戦国時代ではあるけど遙か古来の人でも根本的に本質は同じなのだと知った。
さとすように優しく頭を撫でられてからは会話は覚えていない。
眠たくなって談話の内容が入らなかったのもあるけど当主として果たさないとならない重責のインパクトが強かったのだろう。
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