噂のバケモノ
鳴り止まない悲鳴と銃声。武器を捨てて逃げる仲間と、狂乱のまま特攻して、呆気なく惨殺される仲間。
こんな地獄を作っているのは、たった一人の少年だった。
一滴の血も流さず、腕には直接ガトリング砲とナイフがくっついてるバケモノは、俺たちのことを人間だとも思っていないのだろう。
―始まりは、味方の戦車部隊からの1報だった。
得体の知れない何かに襲われて、部隊が壊滅したとの報告、俺たちは何も理解できなかったが、とにかく警戒を求められた。
塹壕の中で、普段より緊張した空気が流れる中、武器を整備していると、遠くで爆発音がした。
味方が確認すると、どうやら俺たちが仕掛けた地雷に誰かが引っかかったらしい。
もしかしたら、他にも敵兵が近くにいるかもしれない。
一斉に武器を構え、辺りを見渡す。
爆発から僅か数分、双眼鏡をのぞき込むパートナーの、敵影確認の声の違和感にも気づくことが出来ないほどの緊張の中、ようやく目で確認出来たそれは、片足にライフルを括りつけて無理やり走っている、両腕に武器を持った少年だった。
…いや、持っている訳では無い。両腕がそのまま武器なのだった。
上官の発砲開始の号令と共に、それに向かって射撃を開始した俺たちが見たのは、血も流さず、痛みを感じるそぶりも見せず、ありえない速度で突撃してくる敵の姿だった。
そのまま近づいて来たヤツは、全身を穴だらけにしながらも腕のガトリングで掃討を開始した。その小柄な体に見合わない鈍重な兵器は、いとも簡単に俺たちの部隊を食い荒らした。
味方のひとりが、何とかその射撃をくぐり抜けて近づき、白兵戦でその首を落とそうとしたが、ヤツは大振りなナイフの一閃であっさりと味方を肉塊に変えた。
そこから、信じたくもないような蹂躙が始まった。
近づいても、遠くから撃っても、爆弾を投げつけても、何をしても無駄。素早く身を翻してはナイフを振るい、50の銃弾を浴びせても100の銃弾で返され、手投げ弾は足で天高く蹴り上げて無効化された。
俺はそんな蹂躙の中で、何も出来なかった。あんな恐ろしいバケモノと戦いたくない。その一心で、必死に息を殺して死んだフリをした。
目の前で味方が大勢死んだし、腹をかっさばかれて息も絶え絶えな味方を内臓ごと引きずって捕虜にしようとしたり。そんなザマを、見せつけたられた。
血と薬莢で赤黒く染まった戦場に、動くものが無くなった時に、ヤツはどこかへと消えていった。
…あの戦いの後、俺は直ぐに軍をやめた。記録映像にも残されたあの惨劇の唯一の生き残りと言うことで、話せることは話した後に、多額の退職金も貰って。
アレを作った敵国は、もはやまともでは無い。確実に頭がおかしいし、度し難い。
…俺は、本当に、生き延びてよかったのだろうか。あんなものを見せつけられた後に、のうのうと生きていいのか。
もうずっと晴れることのない空を見上げて、俺は考え続けた。
機械人形 鈴音 @mesolem
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