第7話 藤原くんと三浦さん2
えっち、と三浦に耳元で囁かれ、藤原は動揺していた。
三浦の声を聞くことに集中しすぎて、顔を近づけすぎた?
それとも僕の絵に対して言ったのか?
三浦は嬉しそうないたずら顔でこちらを見ている。
その目はどこまで見えている?
「顔、真っ赤だよ」
藤原は慌てて顔を逸らす。
「ご、ごめん。三浦さんが変なこと言うから」
「変なことって何かなあ」
三浦さんはくすくす笑いながら、中庭の方に向き直る。
「藤原くんが私の絵を見たときになんて言ったか覚えてる?」
「えっ……なんだ……っけ」
急に話題が飛び、藤原は面食らう。
まだ顔の熱さは抜けない。
「綺麗って言ったんだよ」
言われて思い出した。同時に、あれは人前でえっちだなんて言うのが恥ずかしくてそう言ったことも思い出した。
「そんなふうに言われたことなかったからさあ、びっくりしちゃった。だって私の絵、えっちでしょ?」
そう言って三浦は藤原をちらりと見る。
藤原は視線に気付いたが、自分の目線は変えなかった。いや変えられなかった。三浦の顔を見るのが恥ずかしかった。
「絵を見てえっちだと感じるのは、その見てる人がえっちだからなんじゃなかった?」
皮肉のつもりで、藤原はそう言った。
「そうだよ。私えっちなんだ」
えっ、と思わず三浦を見る。予想外の答えだった。
同類、ということか?
確かに期待はしていたが、あくまで期待でしかなかった。
しかし喜ぶより先に、まだ疑問が残っている。
「綺麗だと思って描いてるから恥ずかしくないとも言ってた」
「めっちゃ覚えてるじゃん。私の言ったこと」
三浦にからかわれてまた顔が熱くなるのを感じる。
三浦の顔を見れないが、絶対にあのいたずら顔をしていると思った。
「恥ずかしくないのは本当だけど、綺麗っていうのは藤原くんの真似」
少し弱々しくなった声が気になって、三浦の顔を横目で盗み見る。
心なしか赤くなっているような気がした。
「あの絵を綺麗だなんて、藤原くんは純粋な芸術として見てくれたんだなあって。それって、なんだかかっこいいなって思った」
僕が三浦に対して思っていたことを、三浦も僕に対して思っていたのか。
どんでん返しというか、前提がひっくり返って、感情が追いつかなかった。
「でも」
三浦は一呼吸置いて、まだ三浦の膝の上にある僕の絵に目線を落とす。
「藤原くんの美術の絵を見たときに、えっちだと思ったんだ」
絵の中の曲線を指でなぞりながら、絵に話しかけるように言った。
「私がえっちなのもあるけど、こんな絵を描く人がえっちじゃないはずがない!と思って。でも正直、実際どうなのかわからなかったから、もっと藤原くんの絵を見てみたいと思ったの」
答え合わせのように、三浦の気持ちをただ聞いていた。
ほとんど同じような気持ちを、お互いに対して抱いていたんだ。
藤原は嬉しいような、気が抜けたような、不思議な気分だった。
しかし少なくとも、もう三浦に対して警戒する気持ちはなかった。
「で、どうだった。僕の絵」
「うん!えっちだった!」
相変わらずストレートだな、と藤原は笑った。
ここまで緊張していた分、晴れやかな気持ちだった。
三浦に対してはもう晒け出してもいいと思った。
三浦の方から打ち明けてくれたんだ。
ここまできて僕が隠すのは、卑怯な感じがした。
「まだあるんだ。もっと”綺麗”なやつ」
二人は目を合わせて笑った。
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