第6話 藤原くんと三浦さん1
「藤原くん、こんなところに呼び出して、もしかして愛の告白?」
「そう思うなら先に言わないでよ」
この学校には校舎間の各階をつなぐ渡り廊下がある。
さらに二階の渡り廊下はテラスになっていて、藤原と三浦はそこのベンチに隣り合って座っていた。
冗談だよ、と三浦は笑って、会話が途切れる。
藤原はなかなか話を切り出せないでいた。
三浦はそんな藤原の様子から、藤原から切り出すのを待とうとして、度々沈黙が訪れた。
しかし、沈黙を破るのはいつも三浦だ。
「見せてくれるってことでいいのかな」
三浦は藤原の横(三浦とは反対側)に置かれた紙袋を一瞥する。
藤原は紙袋の口を手で押さえた。
「うん。ただ……」
「ただ?」
「……いや、とりあえず、これ」
藤原は紙袋から数枚の紙を出し、三浦に手渡す。
既に美術の人物画を見て他の絵を見たがった三浦に一枚だけ見せても満足しないと考え、いくつか持ってきたのだ。
「すごい!やっぱり上手いね」
三浦の評価はいつもストレートだ。
藤原は自分の気持ちを素直に言うのに勇気がいるので、それが羨ましかったし、尊敬した。
そして勿論、嬉しくて胸がドキドキした。
自分の絵が褒められる。しかもあの三浦に。人気者で、絵が上手い、三浦に。
それは以前美術の時間に他の人に褒められたときより嬉しいと感じた。
十枚もなかったので三浦が見終えるのに時間はかからなかった。
「人の絵はないの?」
来た。予想通りの反応だ。
最初に渡した絵は動物とか、風景とか、物とか、人物画以外を渡したのだ。
三浦が満足した時点でそれ以上は見せなくていい。だから少しずつ、段階を踏んで絵を見せることにしていた。
次の数枚を手渡した。
ここでためらう必要はない。満足するまで見せなければ結局絵を見せることの要求は止まらないと思われたからだ。
焦らすね〜と笑いながら、パラパラと紙をめくる。
絵を見ているというより、何かを探しているような感じだった。
「ていうかノートとかじゃなくて紙に書いてるんだね」
「ああ、それは……ノートだとうまく描けなかったやつとかも一緒になっちゃうのが嫌で」
「え〜〜もしかして失敗したら捨てちゃうの?」
「うーん……捨てるとは限らないけど、分けたくて」
ふうん、と声を出しながら、絵を見終えた三浦は紙の束を自分の膝の上でとんとんと端を揃える。
中庭の方を見ながら——二人の前方には校舎に囲まれた中庭がある——三浦は独り言のように呟く。
「捨てない方がいいよ。うまくいかなかった絵も、時間が経ったり見る人が違えばいいものに見えたりするから」
そう言った三浦の横顔の美しさに、藤原は見惚れた。
裸が綺麗と言った三浦。三浦には、自分には見えていないものが見えている。藤原には目の前の同い年の三浦が、自分よりも遥かに大人に見えた。
「じゃあ次!まだあるんでしょ。お見通しだよ〜」
急にこちらを向く三浦に心臓が跳ねる。
大人に見えたかと思えば、このいたずら顔は子供のようである。
さっき渡したのは人物画だが、男性のみだった。
やはりこれでは満足しないか。
もしかすると女性の人物画、それも裸のを見せないと満足しないのかもしれない。
考えてみれば三浦もそれを描くのだ。
三浦も、同類を求めて僕にこんなに迫ってきているのだとしても、おかしくはないように思えた。
紙袋に残る最後の束を手に掴む。
今回は少し躊躇して、三浦の顔を一瞥する。
いたずら顔だった三浦が、今度は優しい微笑みを湛えて待っている。
そう、三浦はいつも、無理矢理ではないのだ。
その優しさに、つい応えたくなってしまう。
三浦は、僕の秘密を皆にバラすかもしれない爆弾であると同時に、同類で仲良くなれるかもしれない人でもある。
藤原の三浦に対する思いは警戒だけではなく、期待も確実にあった。
あまり長く躊躇するのも怪しまれる、と観念した気持ちをなるべく顔に出さないように努めながら、残りの紙束を三浦に手渡した。
これまでよりもじっくりと時間をかけて丁寧に、一枚一枚を見ている。
視線が絵の全体を撫でている。
女性の人物画だ。服は着ている。しかし藤原は三浦がその絵を見ていることにこれまで以上に緊張した。
何を考えて見ている?どう思っている?僕の秘密を察していないか?気に入ってもらえるか?
期待と不安が入り混じり、落ち着かなかった。ずっと心臓が鳴っている。
「やっぱり藤原くんの描く女の子はいいねえ」
「あ、ありがとう」
嬉しい。女性の絵を褒められるのは他の絵を褒められるより嬉しい。
それだけ熱意を持って描いているから。
しかしまだ安心できない。三浦の言葉に耳を傾ける。
「特にこの唇、二の腕、おっぱい、おしり、太もも……すごい柔らかそうでさあ」
わかる!と声を上げたいのを我慢して、自分も一緒に絵を覗き込みながら、三浦の声に意識を集中する。
こだわって描いた部分が褒められていて、より一層嬉しかった。
それに三浦が体の部位を口に出すのを聞いていると、なんだかいけないことをしているような気がして、内心興奮した。三浦の声が、気持ちいい。
「えっち」
突然、耳のすぐ近くで吐息混じりのささやき声。
藤原は驚いて、耳を押さえながら三浦と反対側にのけぞるように体を離す。
三浦はややこちらに体を傾けて片手をついている。
いつもに増したいたずら顔に加えて、今回は嬉しそうに見えた。
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