第5話 三浦さんは見てみたい
あの後、結局三浦は僕がえっちな絵を描いていることに気付いているかどうか、明言しなかった。
あのいたずら顔は、また鎌をかけられたのか、それとも既に確信しているのか。
一度遠ざかったように感じた三浦の存在が、むしろ迫るように近く感じていた。
落ち着かない。
三浦が確信を得ているのかどうか確認したいが、自分から聞くわけにもいかない。
弱みを握られている気分だった。
他の人にバレればどうなる?
三浦はそもそも隠していないが、その性格や容貌のために特に周りからの評価は変わらない。
せいぜい変なやつ、なんなら面白いやつだ。ポジティブな印象にすらなる。
僕はどうだ。
人に愛されるような人間ではない。
憎まれてもいないだろうが、要するに印象が薄いのだ。
それでも不満はないし困ることもない。
しかしあの趣味が明るみになれば、それをうまくポジティブにして胸を張れる自信もない僕は、影の薄いやつから気持ち悪いやつになり、孤立することになるだろう。
それは困るし、嫌だ。
三浦は折に触れて藤原の絵を見たがった。
藤原はえっちな絵でなくとも三浦に絵を見せられなかった。
三浦は藤原が美術で描いた絵を見て、藤原の絵に興味を持った。
同様に女性の人物画でないと納得しない可能性がある。
一度普通の絵を見せ、そうではなく女性の人物画を見たいと言われたら、断る理由が思いつかない。
美術での絵があるから苦手というのは筋が通らない。
描きたくないと言ったらその理由を問われるだろう。理由を言わなければそれ自体が僕の趣味を察せられる原因になるかもしれない。
かと言って女性の人物画を見せると、その絵の癖から察するかもしれない。
三浦のあの見透かしたような目を思い出すと、そんな気がするのだ。
藤原は慎重で、臆病だった。
しかし同時に見せたい気持ちもあった。
この落ち着かない状況から解放されたい。
見せてしまえば楽になるのだ。
そもそも三浦が既に確信を持っているなら、見せようと見せまいと同じではないか。
三浦だけに見せるのであれば、何もデメリットはないように思えた。
それどころか、少し期待もあった。
彼女が彼女自身の描く女体の絵を綺麗と言うなら、同様に僕の絵も綺麗だと言ってくれるかもしれない。
他の人から見れば同じようなものだろうし、三浦だって同じ人間だ。
同じようなものを描いていて、そこまで違った見え方がするだろうか。
ただの絵から、心まで見透かせるものか。
もしくは、前に三浦が言った『絵は描く人の心も映す』という話からすると、裸の絵を描く三浦も実は僕と同類なんじゃないか。
だとすると彼女は理解者になるかもしれない。
それはとても魅力的な想像だったし、下心でもあった。
***
「藤原くん、おはよう」
「藤原くん、お昼一緒に食べよう」
「藤原くん、途中まで一緒に帰ろう」
三浦の接触は段々とエスカレートしていた。
機会があれば声をかけてくる程度だったのが、積極的にコミュニケーションを取ろうとするようになった。
あの三浦が構ってくれるのは嬉しかったが、絵を見ることが目的だとわかっていたので、手放しには喜べなかった。
別の問題もある。三浦は人気者だ。注目されるし、自然と人に囲まれるような。
そんな三浦に言い寄られている藤原が注目されるのも自然なことだった。
「三浦と藤原ってなんで最近仲良いの?」
「三浦さん絵が好きだし、絵が上手な藤原くんを気に入ってるんじゃない?」
「そういえば藤原、絵上手いんだっけ」
「でも美術のときの絵しか見たことないなあ」
まずい流れだ、と藤原は思った。
今までは三浦一人に要求されるだけだったからそれとなくはぐらかしてきた。
しかしその他複数人にも求められたとき、それを拒否できる納得感のある理由が思いつかない。
そして絵を見せてしまったら、前に想定したように、三浦に女性の人物画を描くように求められ、理由なく拒否して推察されるか、絵を見せて推察されるかである。
三浦が心の中で察するだけならセーフ、理解者となってくれる期待もある。
しかし三浦が心の中だけにとどめておくかどうかを確信できるほど、藤原は三浦のことを知らなかった。
最悪の場合、藤原の趣味は白日の下に晒され、孤独の学園生活が待っている。
三浦に関心のある人たちが絵を見たいと言い出すのも時間の問題だ。
早急に手を打つ必要がある。
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