第4話 藤原くんは隠したい
「藤原くん本当に絵上手だね」
昼休み。
藤原は一人、自席で弁当を食べ終えて、うとうとしていたところに声をかけられ、椅子ごと後ろに飛び退いた。
目の前に突然現れる三浦の顔。机の前側にしゃがみ込んで頭を出している。
心臓をなだめながら、先日脈絡なく名前を呼ばれたことを思い出して、いつも急だなと思った。
藤原は割とよく三浦を目で追ってしまっているが、あくまで外の世界から眺めているつもりなのだ。
漫画だったら三浦はどう見ても主役。
特に目立つところのない僕は——自分の好きなことを人に隠している僕は——脇役ですらない。外側にいる。物語は始まらない。
でも三浦は、漫画から飛び出して僕の腕を掴み、引きずりこむ。
「今先生にお願いして、藤原くんが描いた絵を見せてもらってきたの。美術の」
「ああ、あれ……」
ペアになった女子の全身像(言うまでもないが服は着ている)を描いて恥をかいたやつだ。
「み、三浦の方が上手いよ」
本心である。
三浦の方が上手いし、綺麗な心で描いている。
美術の時間は勿論いやらしい気持ちで描いていたわけではないが、自分の絵が三浦に褒められるのは、なんだか怖かった。
恥ずかしい自分を見透かされそうで。
三浦は微笑み、ありがとうと言ったあと、藤原の目を上目遣いでじっと見つめる。
本当に見透かしてるんじゃないか。藤原はたじろいで目を逸らす。
「他の絵も見たいなあ〜」
ドキッとして、顔は逸らしたまま思わず視線を戻す。
またあのいたずらっ子の顔をしていた。
「いや、全然、他の絵とか、ないし」
しどろもどろに、なんとかごまかす。
脳裏には自分の部屋に眠っているたくさんの絵を浮かべながら。
三浦は、、ニヤリとした。
「これから描いてって話だったんだけどなあ〜。既に他の絵があるなんて思ってなかったけど、、」
しまった!というか、鎌をかけられたのか、、!?
藤原が一人であわあわしていると、三浦はふっと表情を和らげる。
「なーんて、ごめんね?……実は、わかってたんだ。さっき藤原くんの絵を見たときに」
「わかってたって……な、なんのこと?」
しらを切ってみた。
三浦は無視して続ける。
いたずら顔と打って変わって、優しい顔をしている。
「いつも描いてる人の絵というか、、いっぱい描いてきた人の絵だなって」
やっぱり見透かされていたのか。
しかし、まだ絵を描いていることを見抜かれただけだ。
それは別に恥ずかしいことではない。
「前に私、絵は見る人の心を映すって言ったじゃない?」
そんなこと言ったっけ。
そもそも直接会話したことはほぼないわけで——と過去の三浦の発言を思い出す。
一つ思い当たるのがあった。
『絵を見てえっちだと感じるのは、その見てる人がえっちだからだよ』
これだとすると、随分かっこよく言い換えたものだ。
三浦が言うには。
絵は見る人の心を映す。
同様に、当然ながら描く人の心も映す。
言葉と同じであると。
人は思っていることや考えたことを喋ったり書いたりすることで人に伝える。
伝えたいことの全部が相手に伝わるとは限らない。
伝えられる側は、伝える側が表現したことを受けて、自分自身の経験や記憶、思考に影響を受けながら理解する。
だから伝えられた側の理解は、伝えた側が表現したことそのままじゃなくて、伝えられた側自身の思考に影響を受ける。
一方で、伝える側が表現することには当然ながら伝える側の経験、記憶、思考が影響する。
すなわち言葉とか絵とか、人と人との間に存在するものには、作った人と受け取った人、どちらの心も内在している。
三浦が言ったことはそんな感じだったと思う。
藤原は特にコメントを挟むことができず、ひたすら「ああ」とか「うん」とか意味のない相槌を打った。
なんだか難しいことを言い出したな、、と思いながら三浦の言葉を咀嚼していると、ふとある可能性に思い至った。
『伝える側が表現することには当然ながら伝える側の経験、記憶、思考が影響する』——つまり、三浦は僕のいやらしさに気付いているのでは?
ハッと三浦の視線に気付くと、彼女はまたいたずらっ子の顔をしていた。
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