第3話 三浦さんは隠さない

三浦はえっちな絵を描く女の子だと周知の事実になってからも、相変わらず人に囲まれている。

せいぜいお調子者の男子からいじられたり、女子からは絵の話題が腫れ物っぽく扱われたりしているくらいで、クラス内での地位は人気者のままだ。

きっと、あまりにも堂々としているからだろう。


「三浦ー、俺の絵、どう?」


また男子が三浦をからかっている。

黒板に女の裸体——お世辞にも上手とは言えないが、象徴的な部位が描かれている——をチョークで描いていた。


「いや、下手すぎ」


ストレートに評した三浦は笑って、黒板に近づく。


「もっと……こうだよ」


男子の拙い絵の横に、三浦がチョークで迷いのない曲線を引いていく。

そこにはみるみる艶やかな女性の体が——


「ちょちょちょ!三浦さん!」


慌てて女子が三浦と黒板の間に割って入り、それをガシガシと消す。

ついでに男子が描いた汚い裸も抹消される。

えー、せっかく描いたのに、と三浦は冗談めいて残念がった。

なー、と男子もそれに応える。


「もー…三浦さん、上手いのはわかったけど、こんなの描いて恥ずかしくないの?」


跡が残らないように念入りに消しながら、女子が訊いた。

うーん…と一瞬考えたのちに、三浦は答える。


「綺麗だと思って描いてるから、あんまり恥ずかしくないかな」


藤原は少し離れた席から見ているのに、そういった三浦の笑顔が眩しく感じた。

女子は「えー」と苦い顔をする。


「お風呂に入る前に裸になったときとかもさ、自分の体を鏡で見て、なんか、うまく言えないけど、シンプルーって感じがして良くない?」


三浦は自分の胸の重りを下から手で支えるように少し持ち上げながら言う。

おそらく近くにいた男子はみんな目を奪われただろう。勿論藤原もである。


「確かに三浦、いい体してるもんなあ」


下手くそな絵を描いた男子が、露骨に三浦の胸を凝視しながら言う。


「こら!何見てんの!」

「おいばかやめろ」


黒板の絵を消していた女子がそのまま黒板消しで男子の頭を叩く。

粉が舞う様子を三浦は笑いながら見ている。

からかっているとはいえ、よくそんなこと言えるものだ、と藤原は感心と軽蔑と羨望の混じった気持ちでその男子を思った。


「三浦さんも気をつけないと、こいつみたいな変態だって思われちゃうよ?」

「絵を見てえっちだと感じるのは、その見てる人がえっちだからだよ」

「そうだそうだ!やーい変態」


逃げる男子。ムキー!と聞こえそうな感じで追いかける女子。そのまま教室を出て行った。

俄に静かになった。


「ね、藤原くん」

「え!?な、なにが」


急に名前を呼ばれて心臓が飛び跳ねる。

三浦は藤原と目を合わせたあと、自分の席に戻っていった。


藤原は咄嗟にとぼけたが、本当に聞いていなかったわけではない。

会話に参加していないくせに全部聞いていた。

三浦が言ったことを反芻する。


『綺麗だと思って描いてるから、あんまり恥ずかしくないかな』

『シンプルーって感じがして良くない?』

『絵を見てえっちだと感じるのは、その見てる人がえっちだからだよ』


三浦は、純粋に芸術としてあれを描いているのだ。

藤原は、夜に自分の部屋で絵を描いているときを思い出してみる。

純粋な気持ちで描いていると言える自信はなかった。

いや、思い出すまでもなく、三浦の絵を見たときも、いやらしい目で見ていた。

最初に見たとき「綺麗」と言ったのは、衆目の中で「えっちだ」などと言うのは恥ずかしかったからに過ぎない。

三浦は自分とは違う世界の人間だ。それはわかっていたのに、似た趣味を持つ三浦に親近感を抱いていた。

しかし今、それほど遠くない三浦の席が、遠く隔たっているように感じるのだった。

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