第2話 三浦さん
「絵を描くのが好きです。よろしくお願いします!」
転校生の女子・三浦は明朗快活で、すぐにクラスに打ち解けた。
休み時間になるといつも数人に囲まれて談笑している。
転校したてゆえの物珍しさだけではない。
性格や振る舞いの明るさに加えて、容姿端麗なのである。
彼女の囲みに参加する男子、遠巻きに見つめる男子。
藤原も例外ではなく、彼女が気になっていた。
直視はしないがちらちらと、賑やかな会話に耳や目を奪われた。
綺麗よりは可愛い寄りの、女性的な曲線を目に焼き付ける。
描いてみたい。
裸体を描くようになってから、特にこの間の美術の時間にクラスメイトの体を描いてから、身近な人を見たときにその体を構成する線を意識するようになっていた。
頭の中で思い描くが、実際に描くまではやりかけの仕事を残しているような気分になる。
「三浦さん絵描くの好きなんだ」
「言ってたね」
「見たい見たい」
そんな会話が聞こえてきた。
僕だったら困るな。でも嬉しいかもしれない。と藤原は思った。
藤原が三浦に興味を持っているのは、容姿に加えて、三浦が自己紹介で絵を描くのが好きと言っていたのが大きい。
自分と同じ趣味で——藤原は隠しているが——もしかしたら仲良くなれるかも、という淡い期待。
それに、こんな生きる世界が違うような人が、どんな絵を描くのか純粋に気になった。
いいよー、と三浦はノートを取り出す。
ためらう様子はない。
絵を描いたノートを持ってきてるということは、人に見せられる絵なんだ。
それは裸でもないし、見せられるくらい自信のある絵なんだ。
当然と思いながらも、藤原は寂しいような、自分が異常であることを突きつけられたような気持ちになった。
「え!?」
囲みが大きな声を出し、皆の注目を集めた。
藤原も思わず目を向けるが、人の壁があって絵は見えない。
それから徐々に人が三浦に集まり、絵を覗き込み、ざわめきが広がる。
なんだ、どういう反応だ、どんな絵なんだ。藤原は席を立てないまま、見たい気持ちが高まる。
「めっちゃえっちじゃん!!」
そう叫んだのは、この間の美術の時間に藤原の絵を覗き込んで「エロくね?」と言っていた男子だった。
こいつがただエロいだけなのか、三浦の絵が本当にエロいのか、どっちだ、、?
三浦に集まる群衆を透視でもするかのように見つめて聞き耳を立てるが、エロ男子の大声以外は藤原に届くほどの声じゃないので、真相がわからない。
そのとき、三浦を囲む女子の一人と目が合った。美術の時間に藤原とペアだった女子だ。
彼女は三浦の絵に引いているのか、コメントに困っているのか、苦笑い気味で言った。
「そ、そういえば、藤原くんも絵が上手だったなあ」
ギョッとした。
その衆目の中心から、こっちに話題を振るな!
三浦がその女子の視線を追うように、藤原に視線を移す。
大きな目でこちらを見る。ニコッと微笑む。
ノートを持って立ち上がり、藤原に向かって歩いていく。
モーセの海割りのように群衆が道を開け、藤原の前にたどり着く。
注目が二人に集まる。
注目されることに慣れてない藤原は、冷や汗をかき、蛇に睨まれた蛙のように三浦から目を逸らせないでいた。
「見たい?」
三浦はいたずらをする子供のような顔で、問いかける。
ノートを見たいか聞かれているだけなのに、そこはかとなくえっちな質問に聞こえる。
藤原は注目されていることと、三浦を前にしたことで緊張して、声も出せずに首を縦に振るので精一杯だった。
三浦は開いたまま中身を自分の胸——中学二年生にしては発育の良い胸——に伏せていたノートを、ゆっくりと藤原に向ける。
藤原はゴクリと唾を飲み、それを見た。
なめらかな曲線で作られる胸や腰。
艶やかな立体感を感じさせる明暗。
何より服を着ていない。そのままの人間の体がそこにあった。
美しく、性的で、生々しい。
藤原は無意識に自分の描いた絵を、自分の部屋に隠している絵を脳裏に浮かべ、比較する。
明らかに自分より上手だった。
衆目の中でこれを見ている羞恥、自分の絵と何が違うのだろうという疑問、憧れ、嫉妬——いろんな感情が渦巻く。
「藤原くん……?どう……かな?」
上から降ってきた三浦の呼びかけに、藤原は自分が自分の世界に入っていたことに気付き、声の方を見上げる。
三浦がじっと藤原の目を見ていた。
さっきのいたずら顔とは打って変わって、しおらしい。
恥ずかしがっているのとは違う、親にテストの結果を見せるときのような、期待と不安の入り混じる表情。
「……綺麗……」
ぴくりと眉が少し上がる三浦。
再び喧騒に呑まれる教室。なぜか鳴り響く指笛。
参加するチャイム。扉を開ける教師。
いつもより少し浮ついた空気の中、すぐに次の授業が始まる。
藤原は、絵に言ったのか、三浦に言ったのか、自分の中で有耶無耶になった。
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