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「ハナ。なんでお前まで付いてくるんだ」
森の国の外周部に巡らされた街道を、一台の馬車が進んでいた。
がたり、ごとりと揺れる車内で、何重にも重ねられた分厚いクッションの上で、魔女シロトが眠たげに目を細めている。
「だって、私一人で店番してたって何もできないですもん」
同じようにして向かいに座るハナが、籐籠から干した杏を摘まみ、一つをシロトに手渡し、もう一つを自分の口に放り込む。
朝、鈴が鳴ってることに気づいたハナが、一向に寝台から出ようとしないシロトを叩き起こし、身支度を整えて最寄りの町へ繰り出し、馬車を手配した、その道中であった。
「まあいいが、あまり口を挟むなよ」
「お薬、効果なかったんですかねえ」
「そのようだな」
「まあ、早熟な子だっていますよね。ダントさんはショックでしょうけど」
「それだけなら話は簡単だがな」
「え?」
ちまちまと杏を齧るシロトの、その今にも寝落ちしそうな表情を、ハナが大きな瞳で覗き込む。
「眠った人間が目を覚まさない、って、そんなによくあることなんですか? なんかヤバい相手とかもいたりして?」
「原因だけで言うなら、少なくとも両手の指には余る程度にはな。当然脅威度もまちまちだ。毒だの呪いだのなら簡単な方で、魂を抜き取る、時間を止める、人間そっくりな人形と取り換える、なんてものまでな」
「へええ。昨日は遅くまでそれを調べてたんです?」
「いや、調べてたのは、五代前の、魔女の、記録……」
「お師匠?」
「少し、寝る」
「えええ」
ついに瞼を落としきったシロトに呆れ声を出したハナは、残りの杏をもそもそと頬張りながら、シロトの隣に座り直した。しばし所在なさげに車窓の外を眺めていたが、そのうちにとろりと瞼が降りてきて、そのまま頭をシロトの方に寄せ、寝息を立て始めた。
そして、森の木々の落とす影も短くなり、草いきれが濃さを増した頃、二人を乗せた馬車は目的の場所に到着した。
森の国の中にいくつか点在する、木々を拓いて作られた町の一つ。三つの街道が繋がるその町は、多くの人で賑わっていた。商人、職人、傭兵、冒険者、どこぞの国の貴族と思しき身なりの男。怪しげなローブに身を包んだものたち。それらを横目に見ながら目抜き通りを進み、一つ小路を入ると、路の奥にジオ邸が現れた。
レンガと木を組み合わせて建てられた屋敷は、森の国の富裕層の一般的な造りだった。敷地は大きいが、装飾は華美ではなく、当主の人柄を表してか武骨な印象を与える。
「ようこそいらっしゃいました、シロト様」
使用人と思しき女性に丁寧に迎えられ、シロトとハナは、応接室へと通された。
「立派なお屋敷ですねえ」
壁にかけられた、何のものやら分からぬ頭骨をしげしげと眺め、ハナが嘆息を零す。
「まあ、歴史はある家だ」
「メイドさんの数もすごいですよねえ。執事さんはいないみたいですけど」
「……来たようだ」
ほどなくして、憔悴した様子のダントと、その後ろに侍る青年――長男ダリオが現れ、揃って頭を下げた。
ダリオは、父親に似て精悍な顔つきの青年であった。
体つきは既に筋張った肉が張り詰め、いくつもの浅い傷痕が見て取れる。やはりその顔は、後悔と焦燥により、いくらかやつれて見えるようであった。
「魔女殿。ご足労頂き感謝する」
「娘の様子を見させてもらおう」
「あ、ああ」
有無を言わさぬ魔女の物言いにやや気圧されながらも、父子は二人を案内し、屋敷の奥の一室へと通した。
そこは、屋敷全体の雰囲気とは随分様子の違う部屋であった。
色とりどりのクッションとぬいぐるみ。木彫りの人形。棚に詰め込まれた大小様々の本。大きな衣装箪笥。僅かに香の匂い。
清らかなシーツの敷かれたベッドの上で、父や兄と同じ白銀の髪をした少女が、眠っていた。
「娘の、ネモです」
その表情に苦しそうな様子はない。だが、色白な肌は青みを帯びてやつれ、息は今にも消えそうなほど細い。
「魔女様! どうか、どうか妹をお救いください!」
ダリオが、深々と頭を下げた。
「私が愚かだったのです。私が、妹から目を離さなければ。いや、そもそも森になど連れて行かなければ……」
「ダリオ。よさぬか」
「私にとってはたった一人の兄妹なのです。体が弱く、一緒に過ごした時間は少ない。それでも、大事な妹なのです」
ダリオの張りのある声が、恐らくは普段のそれとは程遠く弱々しく震え、ついには涙混じりとなっていた。それを諫めるダントの声にも、苦渋の色が満ちている。
魔女はそれを横目に一瞥し、すぐに目を逸らした。
「見てみよう」
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