ブブの祈念とダイオニアの煙筒
1
深い森を分け入る細い小径を抜け、ぽっかりと開けた場所に建つログハウス。
陽光の光を浴びつやつやと光る深緑色の苔を纏ったその古めかしい建物の中に、二人の女がいた。
白いワンピースの下にタイツを履き、同じく白いケープを羽織った黒髪の少女――ハナと、年中通して変わらぬ紫色のローブに身を包んだ魔女――シロトである。
季節は晩秋。暖炉には火が入れられ、すっかり肌寒くなった空気を温めていた。
二人は向かい合わせにソファーに座り、テーブルを挟んで花の香りのする茶を啜っている。
いつになく神妙な顔つきをしたハナが、魔女に向かって、空いた手で指を立てた。
「いいですか、お師匠。私のいた世界では、ダイエットの三原則というものがありました。それが、適度な運動、バランスの取れた食事、規則正しい生活習慣です。世の女性たちはみな、日常の中に潜む様々な誘惑に耐え、日々美容と健康に気を使っていたのです」
「なるほど」
「私の場合はムエタイのジムに通わせてもらってましたので運動はしっかりしていたのですが、その分お腹が空いてしまって、ついついご飯を食べ過ぎてしまうと途端にお腹のお肉がぷにっとしてしまい大変でした」
「ふむ」
「食事のバランスにも気を付けなければなりません。よく言われていたのが、三大栄養素です。つまり、脂肪、タンパク質、糖質ですね。この中でもっともダイエットの障害となるものは、ずばり糖質です」
「ほう」
「これはよくある勘違いなのですが、果物を食べておけばヘルシーで太らないというのは大きな間違いです。むしろ、果物に含まれる糖質は単糖類といって、吸収率が良いために多糖類と比べて太りやすいとされているのです。ですのでお師匠。そりゃあお師匠はスタイル抜群ですけれど、だからと言って運動しないで果物ばかり食べていると、いつかお腹のお肉がぷにっと――」
「ハナ」
「なんでしょうか」
「ヤマモモのシロップ漬けの最後の一つを食べたのは悪かったと言っているだろう」
ハナがカップを静かにテーブルに置き、空いた両手を握りしめてソファーに倒れ込んだ。
「なんで食べちゃったんですかなんで食べちゃったんですかなんで食べちゃったんですかー!!!」
「落ち着け、埃が立つ」
「お師匠の馬鹿。お師匠の馬鹿。お師匠の馬鹿! 私、誘惑に耐えて一日一つまでにしてたのに! お師匠は昨日も二つ食べてたじゃないですか! なんで今日も食べるんですか! わーたーしーのーヤーマーモーモー!!!」
「うるさい奴だな。分かった、分かった。今度町まで買い出しに行ったときに、好きな酒でも菓子でもなんでも買ってこい」
「ん? 今なんでもって言いました?」
じたばたと振り回していた手足をぴたっと止め、実に姿勢よく座り直したハナが、すまし顔でカップを持った。
「いいでしょう。それで手を打ちましょう」
「やれやれ」
深々と溜息を吐いた魔女は、懐に手をやり、もぞもぞと動かすと、中から黒い
テーブルの上に置き、指で弾いてハナの方へ転がす。
「それをやるから、売ってこい。そうだな。明日は雨が降りそうだから、明後日にでも買い出しのリストを作ろう」
「あれ。お師匠、これって……」
「この前の夏にシスの祝祭に顔を出したときのものだ。誰も気にしてなかったのでな。私がもらっておいた」
「それ、業務上横領っていうんじゃないですか?」
「この世界では言わん」
「うわぁ、悪いんだ」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、ハナがその黒曜石の玉をポケットにしまい込んだ時だった。
ログハウスの窓から、音もなく一匹のトンボが飛来し、テーブルの上に止まった。
くりくりと首を傾げると、再び飛び上がり、窓から出て行った。
「お客さんですかね」
「そのようだ」
二人が残りの茶を飲み干し、いそいそと茶器を片付けていると、ほどなくしてログハウスの扉がノックされた。
「どうぞー!」
ハナの返事を受け、扉が開けられる。
「ようこそ、魔女シロトの薬屋、へ……あれ?」
入ってきたのは、小柄な人物だった。
動きやすそうな服装の上から、胸元と肩に革鎧を身に着け、丸盾と片手剣を装備している。
長く伸ばされた白銀の髪は、頭の後ろで一つに結わえられている。
年の頃ならば、十代の前半と思われる少女――。
いや。
「その節は大変お世話になりました。ご挨拶が遅れてしまい、大変申し訳ございません」
「ネモさん!?」
西の森の守り人・ジオ家の次男――ネモ・ジオだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます