妬みと雨とバレンタインデイ

神崎郁

妬みと雨とバレンタインデイ

「気持ち悪い」


 そう吐き捨てた。


 つまらない内輪ネタでしか盛り上げれない幼稚なあいつらへ、何事も恋愛話に置き換えやがるあいつらへ。


 一方的な嫌悪感を心の中でぶつける。顔に出ていようが構わない。どの道、俺の学校生活はとっくに終わっている。


「今日も雨か」


 学校から開放された俺は、校門から出て早々にそう呟いた。


 俺の住む街は冬でも平均気温が結構高いから、雪が振ることはない。というか快適な位の気温がずっと続く。とは言っても、夏は余りの蒸し暑さに苦しむことになるけど。


 雨足は結構強い。念の為に折り畳み傘を持ってきていて良かった。


 さて、2月は1年で1番嫌いなバレンタインがある月だ。憂鬱で仕方がない。まだ1月中旬だけど既に話題にしている奴がいる。2月が怖くて仕方ないよ。


 きっと、あいつらも、あいつも、2月14日には皆平等に浮き立ち、恋バナに花を咲かせるのだろうな。貰ったチョコの数でしか語れない人間が恋を我が物顔で語るなよ。俺も経験してないが。


 そんな理由で俺はバレンタインが嫌いなのだ。出来る事なら爆破してやりたいくらいには。


 俺は家が学校から遠いので、バス通学をしている。いつも通りバス停にいるのは俺だけ……なのだが今日は先客がいた。


 同学年くらいの女子高生で、近くの公立高校の生徒みたいだ。女子にしては身長が高く、俗に言うモデル体型。顔だちも整っていて可愛いと美人の中間のような感じ。


 だけど、固まった感じの表情のせいか、何処か暗めのオーラ見たいなのがあって、少し怖い。睨まれでもしたら軽く病むよ......


 今日は下校が早めだから、しばらくバスは来ないだろう。気まずい。相手に話を振ろうものならきっと通報されるから、意味もなくスマホをいじるしかない。


「君、ここにいつも居るよね」


 話しかけられた。ごめんなさい。俺みたいな人種はこういう時なんて答えたらいいか分からないんです。


「え.....? そうですねけど」


 最悪だ。キョドってるしめちゃくちゃ気持ち悪い。


「いや、気を張らなくても大丈夫。私も話すの苦手だし......」


 この子神じゃね? そうは言うけど、どう見てもそうは見えない。こちらに気を使える時点で強者なんだよなぁ......憧れる。


 そう言われたら俺も調子に乗らないと無作法というものだろう。恥を捨てろ!


「そうか? そうは見えなかったけど......」


 頑張ったぞ、俺。若干声震えてたかもだけど。


「ううん、学校だと全然。騒ぐのとか苦手だし、笑ったりとか苦手だし」


 そうなのかもしれない。だけど1度話してみれば、優しい人だなと陰キャなりに思った。人は第一印象で判断するのは良くないと反省するし、自戒もする。俺が嫌悪してるのはそういうのだろうが。


 こうやって自己矛盾を反省することは度々あるけど今回は特にだ。優しくされたし。


「俺の方がそういうの酷いから大丈夫だよ。クラスの奴らが怖くて仕方ないし、同時に嫌いでもあるし」


「分かる。なんで自分だけって思うよね」


「あと、バレンタインマジで苦手なんだよな......何だよ義務チョコとかいう文化」


 こんな感じで何故だか彼女とはウマが合ったし、普通に話すことが出来た。

 話題は憂鬱な日々の話から音楽の趣味の話にまで移り変わっていった。


 人に話すことで楽になることもあったし、相手も似たような感じらしいから楽だった。何より、久々に誰かと話すことを楽しいと思えた。それは俺と彼女が似た者同士だったからかもしれない。バスが来るまでの20分位の間、ずっと話していた。


「今日はありがとな、久しぶりに楽しかった」


「私も、話すの自体は好きだから楽しかった。またね」


 そうやって別れた。家がバス停から近いから濡れるのが嫌で思い切って雨の日にだけここのバスを使うことにしたらしい。だから多分また会うのだろう。その時、また今日みたいに話せるだろうか? そうだといいと思う。




 月曜日の生憎の雨で、気が滅入った。学校を乗り越え、バス停に向かうとまたしても彼女が居た。


「あ、金曜日ぶりだね」


 前と同じように向こうから話しかけられた。違ったのはぎこちなさが減ったこと。あの短時間でかなり打ち解けられていたのだなと改めて実感する。


「ああ、また会ったな。分かってたけど」


「漫画とか好き?」


「めっちゃ好きだな」


「巨人探偵とか読んでたりする!?」


「読んでる読んでる! ナーガがめちゃくちゃ可愛いよな」


 こんな感じで、今日もバスが来るまでずっと彼女と話していた。ぽつぽつと降り続く雨音は俺たちの会話を彩るBGMみたいで心地が良かった。




 次の雨の日も


「カエルの鳴き声ってセミと似てるよね?」


「言われてみればそうなのか......?」


「適当だけど」


「そこそこ共感したのに......」


 次の雨の日も


「俺、ファッションとかよく分からないんだよな」


「私もわかんないな。どんなのがいいんだろうね?」


「俺に聞かれてもな......」


 こうやって、雨が降る度に来る彼女と話す時間は次第に大切なものになっていって、億劫だった雨の日が楽しみに変わっていった。


 近すぎない距離感が心地良かったし、これからどうしようとかも特に考えてはいなかった。ただ、誰かにこの心の穴を話したかったし何処か心から共感して欲しい気持ちがあったのだ。


 けど何処かでボタンをかけ違えたのだろうか? 決定的に俺達には違いがあった。





 今日はバレンタイン当日だと言うのに、今日はいつにも増して雨が強い。ざあざあとひたすらに雨がバス停の簡素な屋根を強打し続ける。


「最近雨多いな」


「そうだね」


 あくまで淡白に彼女と話していた。


 今日は災難だった......と言っても俺自身にめちゃくちゃ害があったと言うより心の問題。チョコの数でのマウンティングやらへの辟易だ。これも毎年のこと。俺にはスルースキルというものが無いらしい。


 話したいことも沢山あったはずだ。けど話そうとは思わなかった。今日がバレンタインであることを加味しても彼女と話すことも億劫な位に疲れていた。


 俺は多分面倒くさい人間なのだ。同時にそんな自分に酔って、けれど助けを求めている。


 何故だろうか、そう思うと死にたくて堪らなくなった。


 人間の気持ち悪さを騙っているくせして、自分が1番醜悪で気持ち悪くて救いようがない。今もそうだろ? 日頃の下らないストレスを目の前の女の子で発散させて、少しでも充実した気分になって気持ちよくなっている気持ち悪い人間、それが俺だ。


 そんな奴に救いが必要か? いや、要らない。俺には過ぎたものだ。


 だから......終わらせた方がいい。そう思った。思うしか無かった。


「こういうのさ、辞めにしないか?」


「何のこと?」


 切り出して見ると思ったより真剣な声音で返された。


「この関係だよ。俺が個人的な穴を埋めるだけに都合のいい状況を維持しているだけの関係だ。こんなのは」


「......!?」


「だってそうだろ? 俺はお前に一方的なストレスをぶつけて気持ちよくなってる」


「いや、違......」


「違わない。すまなかったな。1ヶ月近くも付き合わせて」


 彼女は目を丸くしていた。その理由が俺には分からなかった。いや、違うな。分かりたくないんだ。どの道終わりだ。もう話すことはないだろう。


 足速にバス停から立ち去り、近場のコンビニでビニール傘を買って徒歩で帰宅した。


 迷いは断ち切りたかった。自分を捨てないためには、自分も引っ括めて嫌わないとだめだ。そうしないと不意に死にたくなるから。


 もうすぐ家に着くという頃、雨は上がって茜色に染まる空に微かに虹がかかっていた。少しだけ見入って、また歩みを進めた。




「気持ち悪い」


 そう吐き捨てた。


 つまらない内輪ネタでしか盛り上げれない幼稚なあいつらへ、何事も恋愛話に置き換えやがるあいつらへ。そして、半端な俺自身へ。




---




 乾いた笑いが漏れた。何だこの結末は。彼を引き止めようとは思えなかった。私もそこまで馬鹿じゃない。決定的に私達は違っていたし、彼はああするしかなかった。そう割り切る。


 最初はちょっとした興味だった。凄く疲れたような顔をしてバス停にいる、地味に端正な顔をした彼への。


 だから、最寄りのバス停から少し離れたバス停に利用場所を変えて彼と接触した。


 結果的には、彼と過ごす時間は悪くなかった。同じように、学校というコミュニティを好きになれない私からしたら共感できることもあったし。ひねくれ過ぎだとは思うけど。


 だからか、今日のアレは結構心に来た。


 ふいに涙が零れていることに気づく。


 きっと、彼に少しでも惹かれていたからこそ、こんなにも心に穴が空いたような気持ちでいるのだろう。


 後で嫌いになるくらいになら出会わなければ良かったのかもしれない。


 気づけば雨は上がっていて、オレンジ色に燃える空が私を静かに焼いていた。

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