第31話 血濡れの渡鴉

 出発から六日目の夕方。

 俺たちはついにアミュガット領主の鎮座する城塞にたどり着いた。

 関所らしき跡を越え、そのまま道に残された轍を辿って一日の距離であった。


「すごいな、これが」


 目の前に聳えた巨大な城壁に感嘆する。

 アミュガット領が誇る、大陸随一の堅牢さを持つ建築物。


 聖アミュガット城塞。

 切り離され、完全に孤立した城……断崖絶壁と荒波、自然の要塞に囲われた城壁を越える手段はたった二つ。

 波の鎮まる瞬間に舟で城塞の麓にある洞窟を経由するか、もしくは城壁と向かいの崖を繋ぐ石橋を渡るか。

 洞窟は狭く、石橋も馬車がすれ違れるかどうかの横幅だ。

 ここを攻め落とすとなると相当な無理を強いられるか。

 有効なのは壁を囲んでの兵站攻め辺り。

 もっとも数倍の戦力差に十全な備蓄が必要となるので、実行するのは不可能に近い。守りに特化した城塞と言えよう。


「私が取り次いできますので、皆さんはここで」


 石橋に差し掛かる手前、アリアが申し出る。

 ウァルウィリスからか何やら書状を預かっているらしい。


「俺もついていくよ、何かあったら事だ」


「一人増えても変わりませんよ。特に危険なこともないと思います」


「それでも、二人のがいいだろ」


 初めての土地、警戒に越したことは無い。


「待ってください」荷馬車からクシェルが制止を掛ける「私も降ります」


「いやだから、危ないかもって」


「また勝手に怪我をされても困りますから」


 それっぽく取り繕われた文句。

「治すのは私なんですよ」とクシェルは胸を張る姿勢を取った。

 どう捉えても体のよい言い訳にすぎないと思ったのだろう、アリアが呆れつつも微笑ましく頬を弛めた。


 なるべく相手を刺激させないよう大人しく兵たちを待機させ、アリアとクシェルとの三人で石橋を渡る。

 右手にはアリア、左手にはクシェル。両手に華と言いたいが気が気ではない。


 不意の風切り音。 

 石橋を半分程度渡った辺りで足元を狙って弓矢が放たれた。

 僅か数歩の前方に刺さった矢を見て過剰に驚いたアリアは咄嗟に身を低くする。それじゃただの的だけどな。

 クシェルは動じない俺に倣ってか、一瞥しただけで大した反応リアクションは取らなかった。

 肝が据わっているのか危機感が無いのか。


 しかしまだ城門までは多少の距離があるのに中々の射程距離だ。

 だがそれよりもこの放たれた弓矢……石橋に深く突き刺さっている。鉄ではこうはいくまいが、何か特別な仕掛けがあるのだろう。


「お前ら! そこで止まれ!!」


 命令したのは城壁の歩廊に立つ男。

 装いからアミュガットの兵だと判断する。

 今度こそクシェルを後ろに待たせ、両腕を挙げて害意が無い事を示しながら前に出る。その瞬間、さらに二本の矢が射られた。今度は一本目よりも近い、爪先一寸の距離。これという時間差もなく、全く同じ個所にもう一本が突き刺さる。


「次は当てるぞ!」男は淡々と宣告した、単なる脅しではないようだ。


 素晴らしい腕前。

 自分もそれなりに弓を扱っては来たが、これだけの精度は無い。

 間合いに入ればいつでも射殺せるって態度だ。


「気が早いな、客人にずいぶんなご挨拶じゃないか!」


「痴れたことを、武器をもった相手に黙って門を開く愚か者がいるものか! まして貴様らは因縁深きクウェンの兵、わざわざ敵地に何をしに来た!」


「同じ共和国の仲間だろ、いざこざは止せ。一応アンタらの領主に言われてきてるんだが」


「世迷言を」


 見張りの男が鼻で笑う。

 ウァルウィリスはアミュガット領主直々の要請と話した。

 噓の気配も理由もない、これは真実の筈。

 もしかしたら仲間内にすら報せていないのか。

 俺たちを招くことを良しとしない何らかの勢力を欺くために内々でのやり取りに済ませた、そういう話か?

 いやでも見張りの人間にくらいそれとなく伝えておけよ……。


 虚言と判断した男はまた矢をつがえようとしている。

 次は当ててくるか、撃ち落としてもいいが。柄に手を掛けるとアリアに後頭部を叩かれた。


「こら、刺激してどうするんですか」


「相手もその気みたいだったから」


「ええ、正しい判断と思いますよ。貴方の態度では誰も同じ対応をするでしょう」


 嫌味ったらしく、というかかなりの嫌味を溢したアリアに退がらされる。

 おもむろにクシェルと視線を交えたら、彼女は何も言わず微笑みで応じてきた。

 長い付き合いともあれば笑顔一つにも様々な思いが隠されているのだと気付く。アリアに任せて大人しくしておけ、と表情が語っていた。


「ご無礼をお許し下さい。我々はクウェンの領主、ウァルウィリスの遣いとして派遣されました。ここに我々が城内に入るため預けられたおおやけの書状があります。どうか確認いただけませんか!」


 アリアが懐から大層な装飾をされた紙の筒を取り出した。


「……いいだろう、そこで待て! あと一歩でも動けば矢を射るぞ、歩いて城内を回りたければ大人しくしていろ」


 いちいち癪に触る言い方だ。

 男が城壁から姿を消して少し、石橋の先の城門が半開する。

 中から出てきた男は弓の代わりに剣を帯びていた。

 ずかずかと近付き、俺たちの前に立ち止まる。


「ふん、確認する価値があるものなら見せてみろ」


「こちらです」


 男は一瞬俺に警戒の眼光を向け、さらに訝しげな表情で差し出された書状を雑に受け取る。


「この封印、確かにウァルウィリス領主のもの。そしてこの文字、まさしく我が主の筆跡だ。お前たちが遣わされたという話、真実のようだな」


「はい。それで、城内には入れますか?」


「無論だ、この書状であれば差支えは無い。お前たちを招き入れよう。が、簡単には信用できん。特にそこの剣を背負った貴様はな」


 正式な書状を確認しても相変わらず高圧的な態度。

 もっとも、その意識はほとんど俺個人に注がれているようだが。


「へえ、それまたどうして」


「とぼけるなよ。その目、人殺しのものだ。大義を笠にさぞ多くの命を奪っただろうな」


 どの口が、と喉元から出掛かったが構わない。

 飲み込んで聞き流すことにする。

 しかし人殺しの目ね。意識したことはないけれど、他人にはそう見られていたのか。


「――――申し訳ありませんが、問題が無いのなら早く門を開けていただけませんか。兄……いえ、兵の皆は長旅で疲弊しています。貴方のはまた後程お聞かせ願いたいのです」


 意に介さず沈黙した俺に変わって、男に食って掛かったのがクシェルであった。

 迂遠であるが、それなりに鋭い文言。男は無視できずに応対する。


「無礼な小娘だ、名は何という」


「相手に名を訊ねるのならば、自ら名乗るのが礼儀というもの。それともアミュガットでは違いましたか。それならば冷たい石の上で客人をもてなすというのも、成る程、其方なりの礼節ということですね」


「貴様……!」


 クシェルの物言いに腹を立てた男が詰め寄ろうと前に出た。

 流石に手までは出さないだろうが、念の為にクシェルと男の間に割って入る。

 小柄な男だ、背丈は俺よりも低く、鍛えてはあるようだが筋骨隆々という程ではない。それでもクシェルよりはずっと大きいし、兵士の威圧感もある。


「それ以上は近づくなよ、あと一歩でも動いたら……わかるだろ?」


「仲間、いや、兄と漏らしていたな。お前の妹か、道理で口が回る」


「悪いが、俺は脅しをするほど器用な人間じゃない」


 もう一度柄に手を掛けて、握り拳に殺気を込める。

 先程はすぐに止めに入ったアリアも今度は動かない。

 抜かないと信用されているのか、それとも。

 男は表情を変えずに冷静を装ったが眼光に怯えがあった。さらに男へ見せつけるよう、腕全体を力ませる。


「……門を開ける、連れて来た兵を呼んで来い。今回は見逃してやるが、領主様の前で不敬を働けば容赦しない」


「懐が広くて助かるよ」


 捨て台詞を吐き身を翻す男。

 何事もなく収まったが、正に一触即発という雰囲気だった。

 あれだけ強気だったクシェルも内心では緊張していたのか、男が離れると安堵の息を漏らす。


「すいません、お見苦しいところをお見せしました」


「いいや、傑作だったよ。見たかあいつの間抜け顔」


「でも」


「いいって、怒ってくれたんだろう。ありがとな」


「あ、その……はい」


 礼と合わせて頭を撫でると彼女は瞳を蕩けさせる。

 寄りかかるまではなくとも、姿勢を傾けて続きを要求するように。

 雑に二度三度、髪の毛をわしゃわしゃと掻き乱してやる。

 そんなもので満足するクシェルが精一杯に破顔した。

 アリアは理解が出来ないといった様子で呆れ返っている。勿論、俺だって何が良いのか分からない。

 だけど彼女クシェルが喜ぶのだから、好きにさせてやれば良いだろう。


「――門が開きましたね、それでは気を引き締めていきましょう」





 ◇◆◇※第31話-血濡れの渡鴉-※◇◆◇



 聖アミュガット城内。

 クウェンと同様に城塞の中に街が収まっている。いわゆる城塞都市というやつだ。

 あそこと比べれば少々規模は劣るが、賑わいが無い訳でもない。

 どちらかといえば、土地に対する人口密度はこっちのが上か。

 大通りを除いて路地という路地は見当たらず、人と建物がごった返している。全体を見渡した所感では、行商人の数が凄まじい。

 クウェンでは祭りの際にしか目にしなかったような珍しい品々が乱雑に並べられていた。見ているだけで疲れそうだ。


 衣服や生活の様式はクウェンと相違ないが、街並みはずっと古い。城塞や橋と違い、城内は木造の建物が多いようだった。


「先に街が出来て、その後にお城、壁が出来たらしいです」


 一人で疑問符を浮かべていた俺に、荷馬車からクシェルが解説する。


「成る程ね、クウェンとは逆なんだな。にしても生臭いね、海のせいかな」


「そういえばあれ、海ではなく湖らしいです」


「え? でも波があったけれど」


「池でも水溜まりでも、風が吹けば波は起こるものです。起伏の激しい地形も関係しているようですけど」


「物知りだなぁ」と感心する。クシェルは「兄さんが無関心過ぎるのです」などと答えつつも、照れ臭そうに頬を掻いた。


 街中に進めば進むほど、不可解な建造物が増えてきた。

 巨大な石像や石柱。民家の横や道の真ん中、場所を選ばずに点在している。

 クシェルは周りの目など忘れ、荷馬車から身を乗り出してはしゃいでいた。

 俺や兵士たちからすれば全く意味不明で珍妙な造り物だが、見るべき人間が見れば大変価値がある代物らしかった。


「兄さん兄さん! あれ見てください!」


 年相応に感情を振り撒くクシェル。

 こうも喜んでいる姿は今日日覚えが無かった。

 ふいに、初めてクウェンに連行された時を思い出す。

 クシェルと二人で逃げ延びて、そこでもまた捕まって、馬鹿な俺は吠えるだけで彼女を傷つけてばかりいた。

 幾度窮地に陥り、彼女に救われて来ただろう。

 やっと一つ、彼女の献身に報いることが出来たようだった。


「――ここが領主の城だ、あとは衛兵が中を案内する。お前、くれぐれも粗相の無いように気を付けろよ」


 城の前に付くや否や、男はぶっきらぼうにそう言い残していった。

 去る直前にはアリアに深々と一礼していたので礼儀知らず、というわけではないのか。というより、何処と無く男の振る舞いには品らしき名残があった。

 俺への当たりが強いのは印象が最悪だからだろう。

 去り際、あまりに睨むもんだから唾でも吐き掛けられるかと勘違いした。

 男は小柄故か非常に身軽で、身を翻すと建物から建物に飛び移ってすぐに姿を消した。あの立体的な動きに弓の腕前、混雑した街中や深い森中では無類の強さを発揮するだろう。

 敵に回すとなると奴も奴で厄介極まりないな。


「しかし簡単に嫌われたもんだよ」


「平気です、兄さんの魅力はクシェルが知ってますから」


 こん、と無関係とばかりにクシェルは控えめな胸を叩いた。

 おそらくお前クシェルも好かれては無いだろうけど、彼女は気にも留めていないのか。そもそも眼中にも無いって素振りだ。

 まあ、彼女の魅力も俺が知っているわけだから、あんな男に理解される必要も無いか……。


 城は統治者の根城としては威厳の無い、古く廃れた外観であった。

 良く言えば歴史を感じるけれど。何処と無く村にあった首長の家を連想させる。


 腐食に朽ちかけた館の扉を開くと、中から現れた衛兵に手招かれる。

 無口だが愛想のよさそうな面持ちの中性的な人物。

 男に違いないだろうが美形だった。

 くすりと溢した微笑みに雅やかさと儚さが混在する。


「兄さんは何に見惚れているんですか」


「いやぁ、あいつ綺麗だよなぁって」


「えっ」


 クシェルが絶句する。

 よもや兄にそのような嗜好があるなど思いもよらなかったろう。

 当たり前だ、これまでおくびにも出さなかったからな。事実兵士にはそのような傾向も見られる。

 何も異端という訳ではないのだよ。法でも禁じられていないしな。


「……そ、そうですね、確かに綺麗ですけど、その」


 戯言と鼻で笑ってくれるものと思ったのに、クシェルは性向故か真面目な反応を返してきた。

 下手な勘違いをされては色々と問題がありそうなので早めに訂正しておく。


「念のため言うけど、冗談だからな」


「あっ」真に受けたらしく、この世の終わりみたいな表情で固まっていたクシェルの時間が動き出す。「そ、そうですよね。えへへ。分かってましたけど」


 兵の大部分は館の前に待機させて、俺とクシェルとアリア、そして二人の護衛の為の数人だけを連れて館に入る。

 招待された館の内部は土地柄か独自の風習か、異国の情緒があった。

 際限なく這って館の壁を内外問わずに蝕む蔦も、燭台だけを避けてあえて自然のままに。

 しかし歳月を感じさせる建物の状態と相まって、むしろそれが装飾の一つとして昇華されていた。


「この先に我らが領主が居られます。それでは……」


 館の最奥部にある扉の前に到着すると案内を務めた衛兵が足を止めた。


「貴方は中に入らないのですか」アリアが彼の行動を不審がって訊ねるが、衛兵は「主は護衛を好みませんので」とはっきり答えた。その回答にアリアは絶句したようだ。


 衛兵の口振りからして領主は一人で待っているらしい。

 豪胆というか不用心というか、もしや気難しい人物なのかもしれない。

 偏屈な相手だったらどうしようか。仔細はアリアに任せておけば良いが、なるべく快活な性格だとやりやすい。

 気を遣わなくても済むからな。


「――――――おお! 待っておったぞ!」


 中で待っていたのは齢五十は越えたであろう老人だ。

 護衛も何も付けず一人きり。物寂しい宴殿の中央、古びた椅子に男は腰かけていた。

 いや、老いているという表現は相応しくないか。絹などでは隠しきれぬ砥がれ、均整の取れた肉体。そして立ち昇る歴戦の気配。生気に満ち満ちている。

 この人物、紛れもない達人であろう……獲物を捉えた捕食者の如き双眸が何よりの証左だった。

 これがアミュガットの領主か。

 想像していたどんな人物像よりも好ましい男のようで、自然と口角が緩んでしまう。


 アリアとクシェルを真似て、アミュガット式の挨拶を行う。

 右足を引いて、右手は掬うように胸に当てる。この際に掌は胸の中央に無ければならない。魂とやらが此処に宿るらしい。そうしたら屈む形で頭を下げ、一拍置いたら顔をあげる。


「お目にかかることを光栄に思います、バルガス閣下。今回は我が主の名代として……」


「よい、堅苦しい挨拶は不要だ。ウァルウィリスから聞いておるでな。いやしかし、あの若造め約束を守るとは思わなんだわ」


 アリアが口上を述べるとアミュガット領主、バルガスは小難しい顔で手を払い、続く言葉を止めさせた。

 彼は「ほれ、もう少し寄らんか」と手招きをする。

 近付いてみると、このバルガスという領主がかなりの長身であると気付く。

 遠目から分かりにくいのは手足が長いからか。

 目方ではアルガスや父よりもずっと大きい。背広もあって、巨大な壁を連想させた。

 権力者特有の圧力というものか、思わず頭を垂れそうになる。

 現にクシェルとアリアはやや姿勢を低くしているが……。


「お主、いい眼だな。若いのに死線を潜っておる。名は?」


 不遜と捉えたか、直立したままの俺をバルガスが指差した。


「ヴォルフです、閣下」


「……に、兄さん。そんな無礼な」


「構わん構わん。兵士とはこうでなくてはな。形式や規律に正されるばかりの男など戦の役には立たん。しかし、ヴォルフ……なるほど貴様がか」


 おもむろに立ち上がったバルガスが詰め寄ってきた。

 正面に立つとやはり、大きいな。

 上手く隠しているが左足を引き摺っている様子……古傷でもあるのか。


「ほう、佇まいに『格』があるのう、姓は持っておらぬのか」


 何処か引っ掛かる物言い。

 ウァルウィリスから何か聞いているのか。

 彼が不必要に言い触らすとも思えないが、だとすれば探りか。


「はい、どちらも農民の生まれですので」


 用意されていた答え。

 バルガスは「ふむ」と何度か顎をさすって俺とクシェルを交互に観察したが、特にこれ以上の質問もなく元の椅子に戻った。


「そういえば道中は何事も無かったか? 自慢ではないが現在はそう治安のよい土地でなくてな。我が兵も度々野盗に襲われるのだが」


「一度襲撃に合いました。確か、《鷹》と呼ばれていた男が率いる一派です」


「ほう! あの異端児か! 我も幾度か相まみえたが……あ奴も相当な使い手であったろう。よくぞ無事であった! して、奴は討ったか?」


「それなりに手傷は貰いました。が、あちらも無傷ではありません。次は仕留めます」


 包帯を巻き見せかけの処置を施した右腕を見せる。

 完治している故に痛みなど無いが……不覚を取った悔しさは濃く残っていた。


「ふふ、流石は名を馳せる《血濡れの渡鴉》。あれを相手にその程度の傷で済むか。その武勇は眉唾ではないようだ」


 幾度か耳にした、覚えの無い単語。

 いよいよ聞き流せずに訊ねてみることにする。


「すいません、その、血濡れの何とかってのは一体?」


 領主バルデスは質問に訝しんだが、「おお」と得心がいったように指を鳴らした。


「うむ、異国より現れたと思えば瞬く間に戦果を上げ、返り血に染まり戦場を駆ける。故に《血濡れの渡鴉》よ。アルガス……かの《大陸の覇者》と並ぶクウェンの誇る絶対の双璧、我らが領主間ではお主をウァルウィリスの懐刀と呼称する者すら居るよ。本人が知らんかったとはの!」


 知るわけないだろ。

 何だその呼び名は、不吉過ぎる。

 どうやら俺がアミュガットの将軍を討ち取った際に貰った名らしいが。

 ということは付けたのはアミュガット兵の者か、優れた兵として名が知られることは誉の一つではあるがむず痒い。

 しかしこのバルデスという男、仮にも己の将軍を討ち取った相手を前にしているのに、一切の敵意や恨みの気配が感じられない。

 戦事に関心がない男ではないはずだが……。


「まあこのまま立ち話もなんだな、一先ずは宴としよう。外に待たせておる兵も呼ぶがよい。我は給仕に準備をさせるでな」


 バルガスが手を二度叩くと、何処からか家政婦らしき格好の女性たちが現れる。


 ……いつから潜んでいたのか。


 警戒はしていたが、彼女らは微塵も気配を悟らせなかった。

 恐らくはただの家政婦ではない。


「そう構えるな《血濡れ》の小僧。何もせんよ」


 こちらの胸中を見透かしたかの台詞。

 どうも、この男も中々に曲者らしいな。


 ウァルウィリスからの此度の依頼、やはり簡単な結末は無いのだと予感した。

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