第18話 変化する関係


「……兄さん、あの人が来ました」


 憂いながらも和やかだったクシェルの様子が急変した。

 固く身構えた表情は警戒を露わにしていた。その集中の向かう先には、負傷兵には見向きもせず、こちらへ一直線に歩いてくる女性が一人。


「ヴォルフ、もう帰っていたのね」


 やってきたのは領主の娘であるイリスだ。

 政や戦に露ほどの関心も示さない彼女がこうした場所に足を運ぶのはごく稀な事。

 たまの気まぐれに負傷兵でも労いに来たかと思ったが……どうも、そういった様子には見えない。


「大層な活躍だったそうね、怪我はありませんでしたか?」


「はい、どうにか無事に終わりました。イリス様もお変わりないようで」


「ふふ、出征前に二人で話したばかりじゃない。一週間足らずで何が変わるというのよ。それにしてもヴォルフ、少し臭うわね。身体も汚れて服も破れているし……そんな貧相な姿では、折角の綺麗な顔が台無しだわ。――――――ねえ、貴方もそうは思わない?」


 イリスはクシェルへと話を振る。


「そうですか。野性味があって、私は嫌いではありませんよ」


 目線すら合わせず、無機質な声でクシェルが答えた。

 彼女らしくない非常に冷めた口調だ。あまりに淡泊な態度に、イリスが気を悪くしないかと緊張する。


「ふうん」ぴくり、とイリスの眉根が寄った。やはり気に障ったかと身を固めたが、イリスは直ぐに表情を直して「変わった娘ね」と吐き棄てるように言った。


「ねぇヴォルフ、身体を清めたら父の下に行ってあげて。貴方の事、かなり気に掛けていたようだから」


「ウァルウィリスが?」


「そう、父ったら貴方の事ばかり話すの。あと何か話したいこともあったみたい――――それじゃあ、私はこれで。後でまた、夕餉で話しましょうね」


「もう城に戻られるのですか? イリス様が居れば、兵も活気づくと思いますが」


「うふふ、そうかもしれないわね。だけど私、こういった場所は得意ではないのよ。今回は特別、伝言と貴方の様子を見に来ただけだもの。それにこれ以上、二人の邪魔をしては悪いわ」


「そうですか。それでは」


「ええ。では、またね」一礼をして早々に去っていくイリス。こちらも一礼を返すが、どこか曇った表情のクシェルは離れていくイリスの背中をじっと見つめていた。誰に対しても分け隔てなく人当たりの良いクシェルからは想像できない対応だった。無理に愛想を振り撒けとも言うまいが……。


「相変わらず、嫌な人」


 クシェルの呟きを、俺は聞き逃さなかった。

 どういうわけか感情の色を消した表情の中、鋭く細まった瞳に攻撃的な光がちらついている。


「もしかして、イリスに何か怒っているのか?」


 実は、イリスに対するクシェルのこうした態度は初めてでは無かった。

 ここ最近のクシェルの様子がおかしいことは薄々気付いていたが、特に触れないようにしていたのだ。しかし今日のようなあからさまな態度には流石に肝を冷やされたので、思い切って訊ねてみることにした。当人は踏み込まれたくないのか渋い表情で答える。


「……何でもありませんよ」


 言葉とは真逆に、視線は多くを語っていた。気になり、もう少し踏み込んでみる。


「何でもってことは無いだろうに、どうしたんだよ」


「だから、何も気にしてませんってば」


「いや……別に気にしているとは言ってないけれど。最近、ちょっと様子が変じゃないか。さっきも受け答えに棘があったろう」


「……っっ! それは兄さんが――――――」目をカッと開いたクシェルが、糾弾するように詰め寄る。強張った顔が震えていた。


 荒げた声には怒りだけでない複雑な感情が読み取れる。

 彼女は口を開けては閉じてを繰り返し、何かを訴えようとしていたが結局言葉にはならなかった。

 目線を逃がしたクシェルは、今にも泣き出してしまいそうな弱弱しい溜息を吐く。


「もういいです。馬鹿な兄さんなんて知りません」


 背を向け、この場を去ろうとするクシェル。


「お、おい。待てよ」


 反射的に伸ばした手を、彼女は思い切り跳ね退けた。

 身体ごと押された俺は仰け反り、その隙にクシェルは駆けだしてしまう。

 呆気にとられた俺は、走り去る彼女を黙って見送るしかなかった。


 ◇


 一通りの身支度を済ました俺はウァルウィリスのいる政務室へ足を運んだ。

 領主は多忙らしく、基本日中は政務室に居ることが多い。拝謁や裁判、催事にだけは玉座の間に姿を現すが、その他の都合ではまず部屋から出ることが無かった。

 政務室は何故か城の最も高い塔にあるため、赴くのも一苦労。

 手持ち無沙汰と辛さを紛らわせようと、螺旋階段の段数を数えたりもするが……いつも三十を超えた辺りで面倒になって切り上げていた。ちなみに塔は一階から備品倉庫、二階三階と書庫となっていて、最上階にあたる四階が政務室だ。


 異国の獅子が咥える叩き金で扉を四度鳴らせば、部屋の奥より「入ってこい」と許可が下る。


「おおヴォルフ、待っていたぞ」


 両手を広げて迎えたのは、やや気怠そうな様子のウァルウィリス。

 皴の寄った目元には遠目にも分かるほどの隈ができていた。

 確認すれば机上には燭台より高い積まれた書類の山がある。どうにも、連日の戦による後処理に追われているようだ。


「遅かったな。女でもひっかけてたのか?」


 待っていたのはウァルウィリスだけでなくアルガスも同席していた。

 窓枠に腰掛けた彼はまだ陽も高いのに、銀製の杯に注がれた葡萄酒を仰いでいる。


「まさか、身体を洗っていたんだ」


「何だ、つまらん」期待した返答と違ったかアルガスが退屈だと鼻を鳴らす。そうしておもむろに懐をまさぐると、燻製肉を取り出して齧った。


「相変わらずユーモアの無い奴だ」


「あんたは品が無いよ……」


 このアルガスという男、私生活においては自堕落を極めたような存在だった。

 酒に賭博、商売女はまだしも、そこらで出会った行きずりの女を金で買ったりもする。剣に関してだけ言えば比類なき使い手であるのだが……。


「お前たち随分と親密になったな。戦でも息の合った連携で活躍したと聞いている。特にヴォルフ、敵将を仕留めたようだな?」


 二人の他愛ない軽口を眺めていたウァルウィリスが訊ねる。


「ええまあ、大した相手ではありませんでした。見せ掛けの……肥えただけの置き物です」


「ははは、厳しいな。アルガスはともかく、その身に一太刀も浴びせなかっただけはある。凄まじく腕を上げたものだ。アルガスに準ずる、まさにクウェンの双璧よ。兵士からの信頼も厚く、頼もしい男になった。師事をして正解だったか、よい稽古を積んだのだろう」


「稽古……ね」


 ウァルウィリスの台詞を皮切りに、さして懐かしくも無い三年間の思い出を振り返った。

 アルガスに付き従いひたすらに剣技を磨く日々……一体何度命を落とし掛けただろう。

 最初の一年間など特にひどく、基礎的な身体能力を向上させる目的の訓練がほとんどだった。死ぬ直前まで走らされたり、気絶するまで錘の付いた剣を振るわされたり。実際に剣を交えた稽古は二年目からで、それも真剣での立ち合いが基本。

 搦め手、騙し討ち、徒手空拳、何でもありの戦闘訓練。

 幾度血反吐を吐き、骨という骨を折られたことか。思い出すだけで身震いする。

 稽古と呼ぶには些か暴力の色が濃すぎたように思えた三年……だが、戦闘では飛躍的な成長を遂げたのも事実。

 感謝こそあれど、畏敬の念は微塵も沸いてなかったりもするのだが。


「おいヴォルフ、なにか失礼な事を考えているだろ」思考を読んだアルガスが睨んできた。


「いいや、アルガス師匠についてきて良かったと思っているよ」


「顔がそうは言ってねえんだよな、これが」


 流石に酔ってはいないはずだが、いい気分になっているアルガスはけらけらと笑った。


「ヴォルフよ、お前の働きには感謝している。此度の勝利も、その尽力あってこそだ」


「貴方の兵士として仕えているのですから、役割を果たしているだけですよ」


「だが素晴らしい働きには褒賞があって然るものだろう。そこで、お前に何か褒美を取らせようとも考えたのだが、上手く思い当たらなくてな……何か望みはあるか?」


「望み、ですか」


 思いがけない言葉に頭を悩ませる。現状、これという不自由もなく、それなりに満ち足りた環境なのだ。一日二度の食事は無償で振舞われ、月一の俸給もあるので金に困ってもいない。

 ……これ以上は熟考しても、頭が熱くなるばかりで何も浮かびそうに無いな。


「これといって、特にはありませんね」


「ふむ、ならば例えば、私の娘などはどうだ?」


「へっ?」不意を突いた提案に声が裏返った。


「イリスとは懇意なのだろう、今夜も食事の約束をしているそうだが?」


 何故知っているんだ。いや、父親なのだから動向くらい把握していて当然か。

 確かにウァルウィリスの発言通り、ここ一年でイリスと過ごす時間が増えていた。とは言っても、食事や護衛が主で特別深い仲ではないのだが……。もしや不興を買ったか、しどろもどろとなりながら弁明を図る。


「その、ですね、特にそういった関係ではないのですが」


「くはは、分かっているとも。お前、間抜け顔になっているぞ! お前の反応は実に新鮮で面白い。安心しろ冗談だ、大事な一人娘だぞ? 食事くらいは大目に見てやるが、お前になどやるものか!」


 何が面白いのか高笑いするウァルウィリス。

 一見は冗談めいて聞こえるが、どこまでも真意が読めないのがこの男の難点だった。


「だが、欲が無いというのも困りものだな。アルガスなど迷いもせず銀を求めおったぞ」


 ちらりと視線を移すとアルガスがたんまりと銀貨の入った袋を見せつけていた。なるほど、どうりで上機嫌なわけか。


「まあよい、お前への褒美は、私の方で適当に見繕ってやる。娘以外でな」


「そうしてください。ところで、その、イリス様より話があるそうと伺いましたが」


「ああ、そのことなのだが少し厄介なことになってな。察する通り、その話がしたくてお前たちを二人を呼んだのだよ」


「吉報ではなさそうですね」


「残念ながらな。二人とも、レスアンという村を覚えているか?」


 レスアン、確か出征の際に何度か世話になったか。

 交易路を跨いで在るそこは行商人や旅人が羽休めに立ち寄ることが多く、一年を通して宿屋と酒場が賑わっていた。

 酔った勢いでアルガスと浴場に出向いたのは、中々に鮮烈な思い出となっていた。それでクシェルに「いかがわしい」と罵られたり、苦い記憶だ。


「ええ。ここからすぐ東にある村でした。それが何か?」


「お前たちも何度か赴いた村だが……昨日、焼失した」


「え?」


「夜中、寝静まった時間に宿屋の厨房から火が上がったそうだ。村人が気付いた時には宿屋は炎に呑まれていた。その猛火の勢いは凄まじく、瞬く間に隣家にも燃え移ると建物は全焼、住民の半数も焼死したと」


 ……不自然な話だった。

 釜の火の不始末、原因自体はさして珍しくもないがどうして災禍に至るかが釈然としない。

 記憶が正しければ宿屋の主人は夜明けまで金の勘定をしているような男だ。主人が夕方まで眠る代わり、日中は妻と娘が店番をしていた。つまり、一日中人の目が絶えることは無いのだ。それもたった一箇所の火種で隣家諸共とは、とても考えられない。だとすれば、


「放火……――――?」


 思いつく可能性はそれしかない。呟くと、ウァルウィリスが頷きを返した。


「如何にも、私もこれが偶発的なものとは考えていない。公にはしていないが私の領内で連日似たような災害が続いているのだ。一月前には遠方のエホウィ、続いて南のリッケンバーグにベルン、北のロゥディンクス。そして昨日はレスアン、ここから僅か一日の距離の村での出来事だった」


「…なるほど」


 方角は転々と移りつつも、少しずつこの街に迫っているのか?

 一月前といえば、丁度アミュガットとの小競り合いが始まった頃……これだけの状況が重なれば人の手による工作に間違いない。昨日はアルガスを含め兵力の大部分が出征中だった、あえて手薄になった時期を狙ったのだろうな。


「賊か敵兵か、どっちにしても面倒ごとになりそうだ」


 不敵に笑うアルガスが空になった杯を握り潰す。


「仮にこのクウェンに叛意を持つ存在として、その狙いは不明だ。兵士を現地調査に派遣したが全貌は謎に包まれている。蛮行に及んだ輩が大人数でないことは確かだが」


 人間、生きるにはそれなりの物資を必要とするもの。生命活動を維持するには食事と水は欠かせず、それが大規模な軍隊などなら尚更だ。

 村を燃やし回っていること、痕跡を残さぬ身軽さからも、ごく小規模での犯行だと推察される。恐らくは相応の手練れ。燃え盛る炎の中、一人の人物が揺らめいている。


「事情は分かりました。それで、俺たちは何をすれば?」


「ここからが本題だが、現状どうにか逃げ延びた者は行き場を求め領内を彷徨っている状態だ。このまま捨て置くにもいかん。そこで、一時的にこのクウェンに受け入れる触れを出そうと思うのだが……」


「色々と衝突が起きなければいいですが」


「然り、お前の心配も当然のこと。だが如何に住民からの反感があろうが、皆、私の領民なのだ。野晒しのまま、見捨ては出来んよ。帰る場所を失くした者の胸中、理解出来ぬお前ではないはず。まして後世に語る年代記に、『民の命も顧みぬ人でなし』とは書かれたくもないのでな」


 ウァルウィリスは茶化したが、瞳には純粋な善意が宿っていた。

 憂慮すべき点もあるが決意は固いようだ。


「幸い昨年の豊作もあって食糧には余裕がある。受け入れる民の仮住まいも空いた兵舎で賄えよう。だが軋轢は必然、この街も多少なりとも荒れるだろう。アルガスとヴォルフ、お前たち二人はしばらくは治安維持に努めて欲しい」


「善処します」


「それと、また同様の事件が起きた際にも現場へ急行してもらう必要がある。負担を強いてしまうが、頼まれてくれ」


 ウァルウィリスが深々と頭を垂れる。気位ばかり高い権力者には珍しい男だった。

 この男には三年間、クシェルと何不自由の無い生活を与えて貰っている。

 少しばかりの無理くらい、聞いても良いだろう。


「――――で、お前どう思う?」


 政務室から出ると、アルガスが問うた。


「解らない……ただ、嫌な予感がする。あの時と同じだ」


「気を引き締めておけよ、その時は思ったより近いかもしれないぞ」


「ああ」


 吐いた息は熱く、鼻腔には鉄の匂いらしきものが残っていた。

 鼓動がやや速まっている。ちりちりと腹の底に燻る衝動……動乱の気配が強まっているのを感じる。


 瞼の裏、奴の輪郭が鮮明に浮かんでいた。


 ◇


 自室に戻ろうと城内を歩いていると、廊下の中央で立ち話をするクシェルを発見した。

 話相手はクシェルと同じ年頃、背丈も近い訓練兵の少年だ。

 遠慮と興味半分に、少し離れた位置で会話の様子を眺める。

 内容こそ聞き取れないが、声が廊下の端に届く程度には盛り上がっているようだ。彼女の砕けた所作からして、良好な関係なのだろう。


 いつから始まったか分からない会話は、五分と掛からずに終わりを迎えた。

 ぎこちない一礼を残した少年は廊下の角を曲がる瞬間まで、何度も振り返っては手を振っていた。

 律儀なクシェルが都度反応を返すと大層嬉しそうに破顔する。曲がり角に消えるまでの刻むような軽やかな足取りは、第三者視点から良く分かる、はっきりとした好意の表れだった。


「ふう……」少年の姿が見えなくなったことを確認して、クシェルは小さく肩を落とした。


「あの、何か用ですか」


 振り向いたクシェルが抑揚なく訊ねる。気付いていたのか、まあ別に隠れていたわけでもないけれど。仏頂面の彼女は冷たく睨んだが、怯まず傍に寄る。


「あー……その、なんだ。さっきの、あれの事なんだけどな」


 仲直りの好機と考えたが何を言うべきか出てこない。クシェルは不機嫌なのだろう、「はっきり喋れ」と言わんばかりの表情だ。余計なことは考えず、大人しく頭を下げることにする。


「……ごめん、俺が悪かったよ。だから気を悪くしないでくれると、助かるんだけど」


「何で私が怒ったのか、分かりますか?」


「いや、実は、こう、よくは分かってないんだ……」


「はぁ」クシェルは心底呆れた様子で、聞いたことないような長い溜息を溢した。外された視線には怒りや哀しみが含有されていたが、再び視線を戻した時にはそういった気配は無くなっていた。


「もういいですよ。兄さんはお馬鹿さんなので、許してあげます」


「ほんとか?」


 クシェルの和らいだ雰囲気に胸を撫で下ろす。寛大な彼女に感謝せねば。


「あれ」何かに勘付いたのか、俺の顔を訝しげに覗き込んできた。


「兄さん、少し怖い顔をしていますね。何かありましたか?」


「いや……」何の話かと首を傾げかけた刹那、クシェルと会う直前の出来事に思い至った。

 何の確証も無く予感の域を出ない話だ。あの日の出来事と、今回の火事を無理に重ねているだけかもしれない。だが、何か確信めいたものがあった。この事をクシェルに伝えるべきか迷ったが、彼女もまた無念に胸を痛め続けているだろうと思い、話すことにした。


「もしかしたら、父上と母上の仇が討てるかもしれないんだ」


「お父さんとお母さんの仇……」


 彼女の反応は、期待したものからは大きく外れていた。


「なんだよ、嬉しくないのか」と予想を反した関心の薄さに、口調が強くなった。


「そういうわけではないんです、ただ」


「ただ?」


「私は……クシェルはただ、兄さんが心配なんです」その一言を呟き、彼女は黙り込む。

 折角仲直りしたのに、また嫌な空気にしてしまった。


「ね、そんなことより兄さん! この後、少し付き合えませんか? もう少ししたら仕事も終わりますので、兄さんさえ良ければ一緒に食事でもと思うのですけど。たまには、その、街に出たりしてなんて」


 沈んだ空気をどうにか持ち直そうとクシェルはそう提案してきた。


「ああ、そりゃあいい――――――」たまの誘いだ、断る理由も無い。二つ返事で答えようとしたが、しかしすぐに兵舎前でのイリスとの約束を思い出す。


「いや、ごめん。今日はこの後イリスとの約束がある……」


「そう、でした。そうですよね……」


 一瞬華やいだはずのクシェルの表情が曇ってしまう。

 感情を手離した声音。無機質なようで様々な想いを押し込めた言葉は、ある種失望ともとれる嘆きを孕んでいた。

 自分の間の悪さを恨んだが、イリスの誘いを無視することもできない。


「それでは、また今度」


 翻った小さな背中が重い足取りで離れていく。

 思えば最近、クシェルと過ごす時間はほとんど失われていた。


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