第34話 たったひとりのために
「幽体離脱状態になって、勇者ティナについていったのね。まだ、パソコンの中に雄太が残ってる」
「無理があるに決まってるだろう。こいつは、能力を付与されたわけでもないのだから」
魔王リカリナが顔をしかめていた。
「私たちのミッションはちゃんと成功したのに・・・」
女神ルナがソファーに寝かせた雄太の顔色を伺う。
3人とも無事に帰ってきたけど、雄太が眠ったまま目を覚まさない。
魔王リカリナが人差し指を窓に向ける。
― 幽玄の灯 ―
ぼうっ
小さな火の玉が外に向かって飛んでいき、消えていった。
「魔法が使えるようになったみたいだな」
「雄太の生命力が弱ってるから?」
「・・・・でも、こいつには回復魔法が効かない。というか、どの回復魔法が今の状況に適しているのかわからないのだ」
「何かこの状況を変えなきゃ。今のままじゃ、雄太がどうなるか・・・」
「・・・・・・・・・・」
沈黙して、雄太の顔を見る。
リスクは雄太が一番理解していたはず。めいみゅうのためにここまで・・・・。
ピンポーン ピンポーン
「また雄太のめいみゅうグッズか?」
「とりあえず、私、出てくるね」
玄関の方へ歩いていく。
「!」
ドアノブに手をかけた瞬間、わかった。ゆっくりと、開く。
「・・・めいみゅう・・・」
めいみゅうが泣きはらした顔で立っていた。
「ご、ごめんね。絶対ここだけは来ないって決めてたんだけど・・・」
「どうしてここが?」
「綾小路龍さんに聞いたの。みんなが、私のこと、すごく心配してくれてるって。私、どうしたらいいのかわからなくて、でも、もうVtuber辞めようかなって思って・・・ティナちゃんに、こんな先輩でごめんねって・・・」
ぼろぼろと涙を流しながら話していた。
「どうした? 勇者ティナ」
「リカリナちゃん・・・」
魔王リカリナがめいみゅうの顔を見てはっとした。
何も言わずに、部屋に戻っていく。
「め、迷惑だったよね・・・いきなり来るなんて。ごめん、もう帰るから」
「違うの。ちょっと色々あって、めいみゅう、上がってもらっていい?」
「え・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
めいみゅうが小さなカバンをぎゅっと抱きしめて、入ってきた。
「こ・・・ここは、ゆ・・太郎さん!?」
「雄太が目を覚まさないのだ。いろいろとあってな」
めいみゅうが雄太の前に座り込む。
「雄太は、めいみゅうのファンだから、グッズも溢れるほどあって、驚いたかもしれないけど・・・」
「・・・雄太さんは、どうしたんですか?」
「・・・・・・・・」
女神ルナがちらっとこちらを見てから、めいみゅうに目線を合わせる。
「ちゃんと説明しなきゃいけないの」
「説明?」
「実は、私たち雄太が作ったゲームのキャラクターなの」
「えっ・・・」
めいみゅうが目を大きく見開いて、私たちを見る。
「どうゆうこと?」
「私と勇者ティナは魔王城での最終決戦の後、こっちの世界に転移してきたのだ。魔法も使えるぞ。ほらな」
「!!」
魔王リカリナが空中に手をかざして、魔方陣を展開した。
もくもくと現れた雲を、指で竜巻のように回す。
「魔法・・・」
「私も、女神ルナも魔王リカリナもステータスそのままで転移してきたの。作者である雄太の前では魔法が無効化されるから、家でこうやって使えることはなかったんだけど・・・」
「・・・・・・」
めいみゅうが、不安そうな表情を浮かべる。
「雄太さんは、無事・・・だよね?」
「まぁ、大丈夫だと思うんだがな。こいつの前で、魔法を使えることなどなかったから、動揺はしている。雄太、起きろ、雄太・・・」
「・・・・・・・・」
魔王リカリナが雄太の頬を軽く叩いた。
起きないのは、雄太がまだパソコンの中に残ってしまっているからだ。
「何があったの?」
「えっとね・・・・」
めいみゅうに、雄太が私たちにネットの文字を辿って、接続先を特定する能力を付与したこと。
私は、デマを流した人を、
魔王リカリナはめいみゅうに対して過激な発言を繰り返している人を、
女神ルナはめいみゅうへの陰口を拡散している人たちの数を、
それぞれ探し出すように言われたことを話した。
「頼まれたことは、難なくこなせた」
「・・・・・・」
「私は、過激な発言をしている奴らの顔と職業を撮ってきたぞ。3人しかいなかったけどな」
「私も電子空間を辿ってきたの。拡散している人は31人だったの。同じ人がいろんなアカウントを使ってたの」
魔王リカリナと女神ルナが深く息を吐いた。
「で、こっちに戻ってきたら、雄太に報告するはずだったんだけど」
「こいつだけ、眠ったままなのだ」
「・・・・ありがとう・・・」
めいみゅうは雄太の顔を見ながら、黙って聞いていた。
「雄太は私についてきたの。デマを流した人が、めいみゅうのストーカーだったみたいで、雄太が怒って胸倉を掴んだの。その一瞬だけ、3Dホログラムだった体が実体化して・・・・・・」
そこから、雄太は意識が朦朧としているような気がした。
「雄太・・・さん・・・」
めいみゅうが雄太の手を握る。
「私、雄太さんのこと知ってるんです。黙っててごめんなさい。まだ、10人くらいしか定着してなかった頃からリアタイしてくれて、ずっと見守っててくれたこと知ってるんです。本当に感謝してるんです。私がめいみゅうだって知って、幻滅してしまったかもしれませんが・・・」
「・・・・めいみゅう・・・?」
雄太がぼんやりと片目を開けた。
「雄太!」
「・・・・・」
私と魔王リカリナが近づこうとすると、女神ルナに止められた。
「雄太さん、ごめんなさい。私・・・・」
「ありがとう。めいみゅうに、いつも助けられてばかりで何かできないか探してたんだ。30代無職の俺にできることなんて、ないのかもしれないけど、何かしたかった」
「そんなこと・・・」
「でも、今回のことが辛くて、もし、めいみゅうが配信を辞めたくなったら、それでいいよ。声を聴けなくなるのは寂しいけど、めいみゅうが嫌なら仕方ない」
「そ、そうですよね」
めいみゅうがそっと、雄太の手を離した。
「私は、あくまで画面の中の推しですもんね。私なんかよりも話がうまくて、可愛いVtuberはたくさんいますし・・・こんなにグッズ、ありがとうございます。邪魔になったらフリマにでも・・・」
「俺はめいみゅうが好きなんだ」
「へ?」
「一人の女性として、ずっと会いたかった。実際に会ったらめいみゅうはやっぱりめいみゅうで、好きになってよかった」
「・・・・・」
めいみゅうが顔を真っ赤にして、尻もちをついた。
「だから、悲しい思いをしてまで、配信を続けてほしくない。ただ、あの一連の流れは、ほんの少しの人間が関わっていただけで、めいみゅうを応援してる人はたくさんいるって知ってほしかった。めいみゅうには幸せになってほしいから・・・」
雄太が目を閉じながら話していた。
魔王リカリナが何かを試そうとしていたが、女神ルナが頑なに引っ張っている。
「・・・・・雄太さん」
めいみゅうが涙を拭って、こちらを見た。
「めいみゅう?」
「私、ちゃんとめいにゃにゃんに向けて、もう一度配信する! 今度は泣いて切ったりしない。ちゃんと時間を決めて、説明するね」
「大丈夫なの?」
「ティナちゃん、リカリナちゃん、ルナちゃん、いろいろ動いてくれてありがとう。本当に、もう、大丈夫」
しっかりした口調で言う。
「私も電子空間に入ったけど、まだ、人々の気持ちがごちゃごちゃしていて、危険だったの。また、今回みたいに面白半分の人が、荒らすかもしれない」
「うん」
「今配信しても、火に油を注ぐだけだと思うの。また、傷つくかもしれないから」
女神ルナがゆらゆら揺れながらめいみゅうに近づいていく。
「私ね、最初からみんなに好かれようと思ってないの」
「え」
へらっと舌を出した。
「本当はね、たった一人が応援してくれればいいの。何百人の敵になってしまっても、特別なたった一人の大切な人が画面の向こうで見てくれればいい」
「・・・・・・・・・」
「いつも、そうやって配信してたの。だから、もう解決しちゃった」
雄太のほうをちらっと見てから、伸びをする。
「ふぅ・・・なんかものすごく元気になっちゃった。雄太さんと話せてよかった」
「申し訳ないんだけど、雄太はほぼ意識がない状態で話してたみたいで・・・」
「そうなの?」
「うん、ごめんね。雄太が目を覚ましたら、話しておく?」
「ううん。今はまだ、これでいいの。私がもう少し、ちゃんと大人になってから話すから」
めいみゅうがぶんぶん手を振っていた。
「・・・・・・・・・・」
雄太は夢の中で話している感覚なのかもしれない。
雄太のオーラはまだ、パソコンの中に残ったままだった。
「ま、だんだん魔法を使えなくなり始めているし、完全に戻るまで、そう時間は取らないだろう。まったく、人騒がせな奴だ」
魔王リカリナが指先に火をともそうとすると、煙だけが上がっていた。
「じゃあ、まだ寝てるなら・・・・」
めいみゅうがふっと雄太の横に屈んだ。
「?」
夜風が吹き込んで、カーテンが大きく揺れる。
「えっと・・・私がいろいろ聞いたってことは内緒でお願いね」
めいみゅうがすぐに立って、にこっと微笑んだ。
「じゃあ、家に帰らなきゃ。すぐにでも、めいにゃにゃんに向けて配信したいから。みんな、ありがとう」
「うん。気を付けてね」
「またね」
めいみゅうがカバンを片手に持って、勢いよく部屋から出て行く。
あとは雄太が目を覚ませば・・・。
「ん? 魔法が完全に使えなくなってるな」
魔王リカリナが指先から出していた煙が、消えていた。
「・・・・・・・・・・・・」
パソコンから雄太のオーラが完全に無くなっていた。
「・・・・雄太、いつから起きてたの?」
「ずーっと、変な夢を見てたよ。んで、たった今、めいみゅうが部屋から出ていったように見えたんだけど・・・嘘だろ? え? え?」
ひきつったような顔で、固まったまま目だけこちらに向けていた。
「まさかとは思うけど・・・めいみゅう、この部屋にいた?」
「まぁ、ちらっと?」
「ちらっとな」
「!?!?!?!?!?!?」
雄太が口を開いたまま、ぐるっとめいみゅうグッズを眺める。
「嘘だろ? 夢だろ?」
「言っておくけど、起こそうとしたからな」
「そうよ。こっちに戻ってきてから、雄太がずーっと目を覚まさなかったんだから」
「いやいやいや、そうゆう問題じゃないだろ。推しに部屋を見られるって、なんの地獄? マジで? マジで見ていったの? この部屋を?」
雄太がしばらく混乱していた。
めいみゅうから内緒って言われたから、必死に話を逸らそうとした。
「部屋にいたぞ」
「うん、部屋にいたわ」
「何しに!?」
「んー・・・・」
どこまで、内緒で、どこから言っていいのかわからなくなってきた。
「わぁ、いいお月さま」
女神ルナが窓枠に座ってお茶を飲みながら、建物の間から見える月を眺めていた。
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