第33話 ガチ恋を拗らせる

「発動条件は簡単だ。ネットの文字を映して、パソコンに触れる。おそらく魔法を使うときと同じはず。ネットの中は入ってみないとわからないんだけどね」

 雄太はいつもなら寝ている時間なのに、朝5時から起きて待機していた。


「ほぉ。面白そうだな」

「危険が伴うかもしれない。試しに、誰か一人がやって、情報を共有した方が・・・」

「ふん、その必要はない」

 魔王リカリナが鼻息を荒くしていた。


「私は女神の加護を受けた勇者、史上最強最悪の魔王リカリナ」

 女神ルナがふわっと長い髪を後ろにやる。


「そして、私は女神。3人同時でいいの。ね、2人も」

「うん」

「当然だ。試しなどいらない」

 大きくうなずく。

 めいみゅうを一刻も早く救い出す。珍しく、3人が一致した意見だった。


「はは・・・さすが、俺の作ったキャラだな。本当・・・」

「また、リリースできないのが惜しかったって言うんでしょ? もう、雄太のそのセリフ聞き飽きたから」

「私たちはこの世界に転移してきた。ここから始めるのだぞ」

 魔王リカリナが眉をくいっと動かした。


「そうだな」

「早くいきましょう。雄太、文字を表示してほしいの」

「あぁ」

 雄太がいつもめいみゅうを映している、パソコンのモニターに、暴露系Youtuberスダカに送っためいみゅうの写真と文章、めいみゅうへの陰口を言っているアカウント、拡散したアカウントを表示した。


「見るのも嫌だな・・・」

「女神ルナだけ、難易度が高くない?」

「私は女神だから、問題ないの」

 ルナが目を細めてニコッと笑う。


「気を付けてね。みんな・・・」

「おう。いくぞ」

 モニターに映る文字に手を伸ばす。





 ビリッ・・・


 体中に電流に走った。すぐに、足に感覚が戻ってくる。


「これが、ネットの中?」


 目を開けると、ダンジョンにも似た空間の中にいた。

 世空に浮かぶ星々のような無数の光があって、体がどこかに向かっていた。


 自分の体なのに、自分じゃないみたい。

 腕をかざすと、少し透けているように見えた。


「ティナちゃん!」

「雄太!?」

 振り返ると、雄太が同じように飛んでいた。

 雄太の体も、少し透けている。


「ティナちゃんには、元々ついていく予定で。へぇ、これが電子空間か」

「雄太、どうして・・・」

「一か八かだったんだ。俺がいないところで魔法が使えてるなら、新しく付与した能力が発動できたら、俺も連れていってもらえるんじゃないかって。まぁ、強引だったから俺もこれからどうなるかわからないんだけど」

 透過している、自分の腕を見ながら言う。


「んー、ギリってとこかな?」

「!!」

 雄太は転移してきた私たちと、住む世界が違うんだから、負荷があって当然。

 雄太の心拍がほんの少し落ちているように感じた。


「本当に大丈夫なの? 私がそんなに信用できない?」

「違うって。そもそも、これは俺がやりたいと言い出したことなんだ。どんなことがあってもやり遂げたい」

「・・・・・・・・」


「大丈夫だよ。嘘の情報を流した奴に、ガツンと言ってやりたいんだ。たぶん、あと数秒で着く」

「・・・わかった」

 雄太が言った数秒後に、突然、扉のようなものが現れた。

 どんどん加速していき、吸い込まれるように、入っていく。



 ジジジジジ・・・


 しゅぽっ


 薄い膜のようなものを通過したようだった。


『ここは・・・?』

 周りは暗かったが、誰かの部屋のような・・・。


「うわああぁぁぁぁぁあ!」


 ドサッ バサーッ


 男の人が悲鳴を上げて後ずさりしていた。

 本棚から本が落ちてくる。

「不法侵入だ。けけけけ、警察を・・・え・・・3Dホログラム? 俺が、何か設定を・・・? いや、そんな機能どこにも・・・」

 こちらを見てパニック状態になっていた。


 3Dホログラム?

 確かに、自分の体が透けたままだ。


『あ、雄太』

『・・・・・・』

 雄太がずけずけと前に出ていく。

 雄太の体も、自分と同じようになっていた。


「はは・・・さすがに夢か。そんな技術聞いたこと・・・」

『お前が、暴露系Youtuberスダカにめいみゅうの嘘の情報を流したんだな!』

「な、なんだよ。いきなり」

 男は毛はぼさぼさで、目はくすんでいるオークに見えた。

 私と雄太の顔を見てニヤリと笑う。


「・・・あぁ、夢みたいだな。2人の顔には見覚えがある」

『綾小路財閥の買収した会社がどうとか聞いていたが、やっぱり思った通りだ。部屋を見る限り、めいみゅうのファン、めいにゃにゃんだな?』

「・・・!!」


 バチン


「っと」

 男が手元のリモコンを踏むと、部屋の電気がついた。


『わー、めいみゅうばっか』

 めいみゅうのタペストリー、カレンダー、フィギュア、めいみゅうグッズがいたるところに並んでいる。

 端の方にはペンで黒く塗りつぶされためいみゅうのイラストが落ちていた。


「ず・・・ずいぶん、リアルな夢だな。俺は嘘なんてついていないだろうが。めいみゅうが綾小路龍と一緒に山に行ったのは事実だ・・・」

『どうしてわかったんだよ。そんなこと』


「後をつけてたからさ。異世界コンセプトカフェ『リトルガーデン』から出てくるめいみゅうを見つけた。一目でめいみゅうの中の人だってわかった。そっくりだったからね」

 背筋がぞわっとした。


「おかげで家が特定できた。あの日、綾小路龍とお前らの4人で、山に行ったのを見た。追いかけて、遠くから写真を撮ったんだ」

『き、気持ち悪い・・・』


「なんとでも言え。もともとめいみゅうは綾小路龍目当てだったんだ。御曹司だからな。気まぐれで、今話題の異世界コンセプトカフェに興味を持ったのを利用して、勇者ティナとも仲良くしてたんだ。めいみゅうは金が好きだもんなー」

『・・・どこまで卑屈な。何を話しても無駄ね』

『・・・・・・・』

 私が手を出す前に、雄太が前に出ていた。


『勝手に決めつけるな!』 

「なっ」

 雄太が男の胸倉を掴む。瞬時に、雄太の手だけが実体化されていた。


『お前にめいみゅうの何がわかる!? 勝手にプライベートに踏み込んで、暴露系Youtuberに流して炎上させて、これで満足か?』


「俺だって、最初はめいみゅうのファンだった!」

 男が泣きながら叫ぶように言う。


「ガチ恋だったよ。めいみゅうが大好きだった。でも、推しへの恋って、どう頑張っても報われないんだ。生きる世界が違うから。どんなに思ってたって、向こうからは何も返ってこない」

『・・・・・・・・』

「推せば推すほど空しくなるんだ。推しにリアルに恋したことない奴になんかわからないだろうけどさ・・・何もない。何も・・・」

 本に手を置いて、雄太から視線を逸らしていた。


『めいみゅうはちゃんと返してるだろ?』

「は?」

 雄太がゆっくり手を放した。


『めいみゅうはファンを思って、毎日配信してくれてる。めいにゃにゃんに元気を与えようと、努力してくれている。災害があったって、地震があったって・・・だから、炎上するのわかってて、真っ先に謝罪配信してくれたんだ。謝ることなんて何もないのに、めいにゃにゃんを不安にさせてしまったからって』


「・・・・・・」

『・・・・・・』

 佐久間さんがコンカフェで見せてくれた、めいみゅうの短い配信を思い出していた。


 何を言ってもコメントは荒れていくばかりなのに、めいみゅうは必死にめいにゃにゃんの質問に答えていた。なんでも答えようとしていた。

 途中で声がかすれて、配信は切れてしまったけど・・・。


『確かにあの配信は、火に油を注いだようなものだけどさ、めいみゅうらしいっていうか・・・。めいみゅうはファンのことを思ってて、めいにゃにゃんはめいみゅうを応援してる。それで十分だって思えなきゃ、推しは作らない方がいいよ』

「そんなこと・・・・お前に言われなくても・・・・・・・」

『わかってないファンが、一番厄介だ』


 雄太がこちらを振り向く。


『ティナちゃん、戻ろう。言いたいこと言ったし』

『え?』

「な・・・なんだったんだ? こんな説教じみた夢を見るなんて」

 男が頭を押さえながら、よろけていた。

 壁に飾られた、タペストリーを見つめる。


「もしかして、めいみゅうが見せたのかな・・・」

『・・・・今更・・・・』

 カッコつけているところが、さらに気持ち悪かった。

 めいみゅうに、あそこまでのことをしておいて、こいつは・・・。


『めいみゅうはあんたのせいで!!!』

『あー感傷に浸ってるとこ悪いけど』

 雄太がモニターに触れて、男を映す。


『さっきの会話、録音したから。んで、クラウドに保存、と』

「はぁぁぁ!?」


『後をつけた、家を特定、もう犯罪だね。もし、これ以上めいみゅうに何かするようであれば、ストーカーということで警察が来るかもしれないから。じゃ、勇者ティナちゃん』

『うん!!』 


「待っ・・・・」


 男が手を伸ばしたが、無視して、画面に手を触れる。


 ビリッ



 体に電流が走った。

 扉が閉まり、元来た道を戻っていく。


「お疲れ、ティナちゃん」

「ふぅ。めいみゅうに見せたかったな、さっきの・・・」


 ジジジッ・・・


「雄太!?」

 ふらついていた雄太を支えた。


「あ・・・・ありがとう。なんか、やっぱり無理があるのか、電子空間に存在するのって大変みたいで・・・」

「着いたら聞くから。今は、私を信用してついてきて」

「うん・・・ごめん・・・」

 雄太の体は、来た時よりも透明になっていた。

 私たちの体とは負荷が違うらしい。額には脂汗がにじんでいる。


「・・・・・・・」

 夜空のような電子空間の中を進んでいった。

 なるべく早く。早く・・・。

 なんとしてでも、雄太を無事に連れて帰らなきゃ。

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