第30話 嵐

「ということがあったの・・・」

「そうなの」

 女神ルナがお茶を飲みながら聞いていた。

 一通り話すと、胸のつかえがとれたようにすっきりした。


「私、どうすればいいのかしら」

「勇者ティナ」

「え?」

「貴女がオシリスのダンジョンを攻略し、剣にその紋章が刻まれたときのことを覚えている?」

 ルナがカップを置いて近づいてくる。


「えっと、そうね。覚えているわ。勇者としての力を得るために攻略したダンジョンだもの。でも、その剣は、今、手に持っていないから・・・」

 両手を見つめる。

 こちらの世界に来てから、剣を握っていない。魔王リカリナという敵がいなくなった今、私は勇者を名乗っていいのか迷っていた。


「その剣に与えられた紋章は、勇者ティナに与えられたもの。剣が無くなろうと、消えたりはしない」

「え・・・?」

「嵐が来るの」

 女神ルナが窓の外を眺めながら言う。


「これからとある出来事が起こります。もし、オシリスの紋章を持つ、勇者ティナの心が雄太を見捨てるというなら、見捨てなさい」

「え・・・でも・・・」

「これが、月の女神ルナとしての啓示です」

「・・・・・・」

 ガラス玉のような瞳が、微かに光っていた。

 手を握りしめて、頷く。

 女神の加護を与えられた勇者としての力が、まだ、私にはあるなら、私は・・・。


 バタン


「勇者ティナ! この毛布を掛けたのはお前だな?」

 魔王リカリナが毛布をつまんで、部屋に入ってきた。


「だって、まだ、病み上がりでしょ? 寒いと思って」

「臭いのだぞ。私のガンダムに触れたのだぞ。雄太が五年も洗っていない毛布だと言っていた。別の病気になるぞ」

「魔王城にいたモンスターだって、似たようなごわごわの毛だったの」

 女神ルナがカップを両手で持っていた。


「奴らは、私が洗ってやっていたのだ。魔王城の前で嵐を起こしてな。だから、5年も洗っていない毛を持つものなどいないぞ」

「ふっくしょん。ごめん、私、ダニアレルギーだから、その毛布この部屋に入れないで」

「そんなもの知らぬ。お前が悪いのだぞ。この毛布を、ここに・・・」

「やめてって、魔王リカリナ!」

 魔王リカリナが素早く座って、毛布を私が寝る場所にこすりつけてきた。


「なんて非道な!」

「元をたどればお前だろうが」

「私は魔王リカリナが腹を出して寝てるから、掛けてあげたのに」

「なんで、こんな臭い毛布を引っ張り出してきたのだ? 殺す気か?」

「毛布くらいで魔王が死ぬわけないでしょ」


「ふぅ・・・」

 魔王リカリナとごたごた言い争っている中、女神ルナがお茶を飲んで一息ついていた。


 嵐が来る。

 こうゆうときの、女神ルナの啓示は誤ったことがない。

 きっとこれから、何かが起こる。






「おはようございます」

「あ、勇者ティナちゃん、おはようございます。昨日は一日休めましたか?」

 休憩室に入ると、麗奈が鏡の前で赤いピアスを直していた。


「体は休めたんだけど・・・魔王リカリナが寮に戻りたいって騒ぎだすから、止めるのであまり休めなかったかな」

「そうなんですね。異世界からこっちに転移して、寮に住んで、作者の家に住んで・・・なんて、混乱して当然だと思います」

「まぁ、魔王リカリナは元々敵同士だったしね」


 麗奈は私たちのことを理解してくれるから、話しやすかった。

 私たちと、雄太との関係をちゃんと理解しているのは、この世界で麗奈だけだ。


「最近、ちょっとしたことで、つっかかってくるんだから」

「たぶん、勇者ティナちゃんが先にVtuberデビューしちゃったから嫉妬もあるんだと思いますよ」

「そんな可愛げのある性格には見えないけど」

 魔王リカリナはふてくされながら、先に出勤していた。


 毛布を洗うことで収まったけど・・・。

 私たちの使っていた布団は新品だけど、何かの景品で2年間押し入れに入れていたものだったことが判明した。

 よく見ると、カビまで生えていた。

 女神ルナまで出ていくと言い出すから、引き留めるのが大変だった。


 雄太はぼうっとしたままだし・・・。


 みんな、一緒に暮らすには自由すぎるのよね。



 タッタッタッタ


 ダンッ


「勇者ティナ!」

 魔王リカリナが勢いよく、ドアを開いた。


「何? ドアはゆっくりと開けてって・・・」

「お前のことが話題になってるぞ!!」

「え・・・」

「早くこっち来い!」

「あっ、待ってってば」

 魔王リカリナに強引に手首を掴まれて、フロアに連れていかれる。  



 フロアの端の方の席で、みんながパソコンを囲んでいた。

 佐久間さんが何か説明している。ミコさんが私に気づいて、立ち上がった。


「連れてきたぞ。本人に聞いてみればいい」

「み、みんな、どうしたの? もしかして、私、何か失敗しましたか?」

「ううん。勇者ティナちゃんは何も悪くないから!」

 ミコさんが首を振って、佐久間さんのほうを見る。


「勇者ティナちゃん、暴露系Youtuberのスダカさんってわかる?」

「いえ・・・」

「有名人のスキャンダルを定期的に配信しているYoutuberなんだけど。ちょっと待ってね。今、映すから」

「?」

 佐久間さんがパソコンで画面を切り替えていた。

 年齢不詳の陽気な仮面をかぶった人を表示する。


『今回はでかいネタです。あの、綾小路財閥の御曹司綾小路龍が、秋葉原にある異世界コンセプトカフェで有名になった勇者ティナちゃん、さらに! 有名Vtuberめいみゅうと山デートしているというタレコミがありました』


『タレコミを流した方からの情報では、勇者ティナが綾小路龍とめいみゅうの熱愛を応援するような動きをしていたとか・・・』


『あ、温泉もあったそうですね。綾小路龍が彼女のために作った温泉・・・へぇ、綾小路龍とめいみゅうは純愛のようですね』

 仮面の男がイヤホンで、誰かと会話している動画だった。


「これが、今朝の2時くらいに配信しててね」

「えっ!? 私だけじゃなく、ゆ・・・太郎もいたのに? 魔王リカリナだっていたもの」


「ほらな。3人でなんか行ってないし、私もいたのだぞ。こいつら、みんな嘘つきなのだ」

 魔王リカリナが腕を組んで、顔をしかめる。


「だよね。綾小路龍さんのティナちゃんへの入れ込みようを見たら、どう見ても嘘だってわかるんだけどね」

「そうよ。綾小路龍様がデートに誘っていたのは、勇者ティナちゃんだったよ」


「あぁ、わかってる。たぶん、話題性のある2人が選ばれたんだよ」

 佐久間さんが頭を搔いていた。


「なんか、ややこしいことになっちゃったな。めいみゅうは特に大変だ。どんなにそっくりとはいえ、中の人の顔までさらされてしまったんだから」

「こんなの他のVtuberの嫉妬とかじゃないんですか?」

 彩夏も、ものすごく怒っていた。


「俺もそんな気がしてるよ。配信始めたばかりのティナちゃんの名前まで使うなんて、最低な奴だ」

「そもそも、どこにそんな証拠があるのだ?」

 魔王リカリナがミコさんに話しかける。


「動画と写真を撮られてたみたいなの」

「え!?」

「ほら・・・・」

 ミコさんが、タブレットで綾小路龍さんの車にめいみゅうが乗り込む動画を映した。

 車の中は、角度をうまく変えて、ちょうど見えなくなっている。


「この時、車内にはもう一人いたし、私は右側にいました!」

「私だっていたのだぞ!」

 魔王リカリナと同時に前のめりになる。


「落ち着いて、私たちは、2人が嘘をついてるなんて全然思ってないから」


「めいみゅうは大変なことになったよ。しかも御曹司と熱愛だなんて・・・」

 佐久間さんが再生を止めて、ツイッターを開く。


「この世界はデマでも広まるんだ。トレンドに、綾小路龍、めいみゅう、熱愛って並んでるだろ?」

「!!!」

 女神ルナが言っていたことを思い出していた。


「動画があれば、信じる人もいる。信じる人が多ければ、嘘も本当になってしまうんだよね」

「そんな・・・・」


「フン、この世界の奴らは馬鹿だな。脳が死んでるのか?」

 魔王リカリナが魔力を放出して、遠くの電気がバチバチしていた。


「・・・・・・」

 スマホで、ツイッター画面を開く。


 めいみゅうを否定するような言葉ばかり並んでいた。

 応援していためいにゃにゃんが、めいみゅうのグッズを捨てる画像に、1万以上のいいねがついている。


 こんな動画をめいみゅうが見たら、傷つくに決まってる。


 佐久間さんが、「会社でも対応してるけど、めいみゅうはしばらく、『リトルガーデン』に来れないかもしれない」と呟いていた。

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