第28話 勇者ティナの初配信

「給料で、ガンプラを買ったのだ。これから組み立てるぞー」


 ドンッ


 魔王リカリナが大き目の紙袋を置いた。

 鼻歌を歌いながら、箱を開けている。


「魔王リカリナ、お金は貯めないと。水光熱費も高騰してるし」

「メン地下のグッズにいきなり1万円使ったやつに言われたくないぞ」

「あれは・・・」

「魔王リカリナが正しいの。勇者ティナが誘惑に負けたのがいけないと思うの」

 女神ルナが追い打ちをかけてくる。


「はい・・・」

 その通り過ぎて、何も言い返せない。

 後悔はしていないけどね。


「・・・・・・」

 雄太がぼうっとしながら、ゲームをしていた。

 昔、作成に携わったことのあるゲームらしい。


「雄太」

「んー? ご飯なら、冷蔵庫のところ。特売の食料、色々買ってきてるから」

「そうじゃなくて・・・」

 帰ってきてから、雄太はずっとこんな感じだ。

 めいみゅうの配信は見ていたけど、コメントはしていなかった。

 スパチャを投げないのはいいんだけど・・・。


「ねぇ、あれからめいみゅうと話してないの? 連絡先は聞いてるでしょ?」

「話せるわけないって。だって、一瞬とはいえ最推しの裸を見てしまったんだから」

「そこに飾っているタペストリーも、なかなか露出が高いと思うぞ」

 魔王リカリナが説明書を見ながら言う。


「・・・実際に見るのと、絵じゃ全然違うから」 

「めいみゅうは雄太のこと心配してたの。『もう、大丈夫』くらい言ってもいいと思うの」

 女神ルナが窓枠に座って、足をプラプラさせていた。


「ティナちゃんが言ってくれたからいいよ」

 綾小路龍が家まで送ってくれたが、雄太がずっと寝たふりをしていて、めいみゅうと雄太が会話することはなかった。

 めいみゅうはずっと、雄太を気にかけていた。



「雄太、私、明日、Vtuberアバターで配信することになってるの」

「あぁ、頑張って」

「ん? そうなのか?」

 魔王リカリナが顔を上げる。


「『リトルガーデン』の初配信を任されて。って、今朝、ミコさんが話してたとき、魔王リカリナもいたじゃない」

「今朝は、どのガンプラを買うかで頭がいっぱいだったのだ」

「あ、そ」

 目を凝らして、ガンプラの部品を眺めている。


「ねぇ、雄太。明日は、めいみゅうも来てくれるの。ちゃんと、話そうよ。倒れた雄太のそばで、ずっと心配していたのはめいみゅうなんだから」

「なんか申し訳なくてさ・・・」 

 雄太がリモコンを置いて、こちらを振り返る。


「めいみゅうはみんなに優しいんだ。俺に限ったことじゃなくて、別にあそこで倒れたのがティナちゃんだろうと、綾小路龍さんだろうと、同じ対応したよ」

「でも・・・・・・」

「めいみゅうは一番立場の弱い人を気にかけるんだ。配信でもそうだし、そこがめいみゅうのいいところでもあるんだけどさ。俺はこの歳で無職だし、ぶっちゃけめいみゅうもすごく気遣ったと思う」


 画面の中で、モンスターが魔法を使う場面で止まっていた。


「もちろんめいみゅうのことは、これからも推し続けるけど、実際には会えないよ。画面越しが一番なんだ。俺は自分が手掛けたキャラの、君たちがめいみゅうと仲良くやってくれれば十分だから」

「・・・・・・・」

「・・・・・・」

 女神ルナと目が合った。


 雄太が、何か苦しんでいるのは伝わってきた。

 女神ルナも私も、強引に雄太を連れていくことはできない。


 でも、恋愛の仕方を知らない私たちに、どうして雄太が会おうとしないのか理解できなかった。

 めいみゅうはあんなに雄太を・・・。




「お疲れ、はい、ジンジャエール」

「ありがとう。ずーっと満席で、喉からからだよ」

 『リトルガーデン』の閉店時間になると、みんなが掃除を始めていた。


 今日は休憩のたびに、いろんな人から綾小路龍とのダブルデートについて聞かれて、疲れてしまった。

 本当に人気がある人なのね。


 カラン カラン


「お疲れ様ー」

 佐久間さんと、窪塚さんたちが大きめのモニターや、配線を持って入ってくる。

 後ろから、めいみゅうがひょこっと顔を出した。


「お疲れ様でーす。あ、ティナちゃん」

「先週はありがとう。ごめんね、なんだか最後のほう、バタバタしちゃって」

「ううん。すっごく楽しかった」

 めいみゅうがニコニコしながら駆け寄ってきた。


「えっと、あの後・・・太郎さんは大丈夫だった? 病気とかじゃない?」

「うん。家に帰って、すぐ目を覚ましたから。寝てただけだよ」

「そっか、よかった」


「今日もね、一応ここに呼んでるの。ほら、私のアバターを作ったのは、太郎だから。窪塚さんたちも会いたいって言ってるし」

「え・・・本当?」

「勇者ティナ、呼ばれてるぞ」

 魔王リカリナがあくびをしながら近づいてくる。


「ん、めいみゅうか」

「魔王リカリナちゃん、えっと・・・どうしたの?」

「ふむ」

 目をこすりながら、めいみゅうの胸にじーっと視線を落とした。


「んーなんか胸がいつもより・・・」

「そうそう。魔王リカリナも一緒に来てよ」

「んぐっ」

 魔王リカリナの口をふさいで、引き摺っていく。


 昨晩、朝までガンプラを作って眺めていたせいで、魔王リカリナはほとんど寝ながら仕事をしていた。今もたぶん、ほぼ寝ている。


 自分のそばに置いておかないと、めいみゅうに何を言うかわからなかった。





「じゃあ、勇者ティナちゃん、ちょっと練習してみようか。モーションは、この前、太郎さんが調整してくれて、ティナちゃんに合わせて動くようになってるから、自然な感じでいいよ」

「はい」

 窪塚さんが画面に、私のアバターを映していた。


「『リトルガーデン』の初配信っていえば、魔王リカリナちゃんか、勇者ティナちゃんよね」

 みんなが、テーブルの周りに集まってくる。

「私は眠いのだ」

「うぅ、なんか私まで緊張してくる」

「彩夏ちゃんのアバターもあるよ。ティナちゃんと一緒にやってみる?」

「いえ、私はまだいいです。こうゆうの、何しゃべっていいかわからなくなっちゃうので」

 彩夏が首を振って、一歩下がった。



「こ、こんにちは。勇者ティナです」

 画面の中の自分が動いた。


「わぁ・・・・」

「ちゃんと設定できてるね。ここにカメラが付いていて、手とかも動かしたら、感知するようになってるから」

 すごい、口も目も私に合わせていた。手を出したら、手も画面に映る。

 鏡を見て、話しているみたい。


「太郎さんの技術、マジですごいんだよね。短時間で、ここまで作れるんだから。株式会社REAが倒産しなければ、体感型のゲームができたんだろうな」 

「クラファンとかで、資金募ればよかったのに」

「本当、それ。これなら、海外からも集まったでしょ」

 窪塚さんと花京院さんが悔しそうに話していた。 


「ティナちゃん、どんな感じ?」

 めいみゅうがこちらをのぞき込む。


「えっと、なんか緊張するかな。何話せばいいんだろう」

「だよね。私は初めての配信のときは、10人もいなかったからあまり緊張しなかったけど、異世界コンセプトカフェ『リトルガーデン』はファンも多いから、同接1000人はいくんじゃないかな?」

「1000人・・・・」

 全然、実感がなかった。画面の向こうには、たくさん人がいるのよね。


「勇者ティナちゃん、いけそう?」

「は、はい! ちょっと緊張しますが、頑張ります」

 深呼吸をして、頬を指で持ち上げる。

 配信は笑顔が大事。緊張は伝わっちゃうって、聞いていた。


 どんな言葉をかけられるんだろう。

 めいみゅうはこんな気持ちで、コメントを読んでいたのね。


「もし、会話とかで詰まっちゃったりしたら、私がサポートするから。リラックスしてね。私こんな感じで、頼りないと思うけど、配信は真剣にやってきたから、自信があるよ」

「わかってる。めいみゅうの配信はいつも見てるもの」

「あはは、照れるな。ティナちゃん、頑張ってね」

 めいみゅうが佐久間さんの横で、両手を握りしめていた。




 雄太は、結局私の配信が始まっても、この場に来なかった。

 めいみゅうは、ぽわんとしているのに、誰かのために動くときはしっかりしていて、頼もしかった。

 何度も言葉に詰まる私をサポートしてくれて・・・。


 雄太がめいみゅうはみんなに優しいって話していたのがよくわかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る