第24話 演じること

「魚が焼けましたね」

 めいみゅうがちょっと焦がした魚を皿に取った。


「いい匂いです。こうゆうのは塩焼きが一番美味しいんです」

「そうなの?」

「はい、勇者ティナちゃんの分です」

 めいみゅうが皿を渡してくる。

 雄太があからさまに羨ましそうな目でこちらを見ていた。


 雄太はなかなか、めいみゅうに話しかけなかった。

 話しても、「うん」とか「ううん」とかだけだ。


 私が見てきた、小説では、男性はもっと好きな子に対して積極的だったのに。


「一応、最高級の肉も持ってきたけど、ティナちゃんが取ってきてくれた魚なら、そっちのほうがいい。美味しいな!」

「俺は最高級の肉の方がいいけど」

「節約生活だから、お肉ってなかなか食べられないのよね。太郎がお金を使っちゃうからなんだけど」

「仕方ないだろ。無職なんだから」

「・・・・・・・・・・・」

 ジト目で睨むと、雄太がため息をついて黙った。


「私も無職になりたいなー」

「えっ、それは配信しなくなるってこと?」

「めいみゅうも配信が嫌なことってあるの?」

「めいにゃにゃんに嫌なことされたとか?」

 雄太がものすごく動揺していた。


「いやいや、冗談ですよ。私、めいにゃにゃんが好きですから、こんな感じで無職っぽくても無職にはならないです」

「本当にVtuberの仕事が好きなんだね。普通、陰口とかあって嫌になったりするものなのに」

「一生懸命応援してくれる、めいにゃにゃんのためなら頑張れますよ」

 めいみゅうが綾小路龍に笑顔で答えていた。


「・・・・・(めいにゃにゃんが好き、めいにゃにゃんが好き)・・・」

「・・・・・・・・・・・」

 さっきから、雄太の心の声がうるさい。

 直接言えばいいのに。



「ん? この世界の魚はこんな味なのね。向こうは固かったから、こうゆう触感は初めて食べるわ。食べやすいし、骨も少ないし・・・美味しいのね。これならカフェでも出せそう」

「この世界?」

「あ、えっと、異世界のことだよ。ほら、ティナちゃんはプライベートでも世界観を徹底してるから」

 雄太がすかさずフォローに入っていた。


 私は別に、雄太が作ったゲームから転移してきたってバレてもいいんだけど、雄太的には隠したいらしい。

 天地ひっくり返ってもありえないことだから、拡散されればややこしいことになるとか。


「私も真似しなきゃな。めいみゅうが私だってバレたら、めいにゃにゃんたちは幻滅すると思うし・・・」

「そんなことないよ!」

「そんなことないって」

 雄太と声が被った。雄太がはっとして、気まずそうに俯く。


「・・・・・・」

「あ・・・っと、めいみゅうはめいみゅうのままだよ。全然、裏表無いから、めいみゅうがめいみゅう名乗っても誰も驚かないな思うよ」

「へへへ、ありがとう。やっぱり、ティナちゃん大好き。結婚したい!」

 めいみゅうがにこっとこちらを見た。

 雄太の心の声を代弁したんだけど。


 瞬時に、雄太の殺気を感じた。


「ティナちゃんとの結婚にはストップかけたいね。俺としては」

「綾小路龍さん、さっきからよく食べるな。綾小路龍さんって、こうゆう魚とか食べられないようなイメージなんだけど。高級なものしか口に入れたことないみたいな」

「確かに、そうかも。インスタとか見てると、いつもどこかの高級レストランの画像とか・・・」

「あぁ・・・」

 綾小路龍が勢いよく、魚を食べていた。ジュースで、流し込んでコップを置く。


「俺もそうゆうキャラを演じてるんだよ」

 ハンカチで口を拭う。


「でも、綾小路龍さんは綾小路財閥の息子さんだよね?」

「私もインスタで見ましたよ。海外にもしょっちゅう行ってて、お洒落な海とか、映えるような画像ばかりで、海外からもファンが多いんですよね」

「俺とは住む世界が違うってイメージだな」

 雄太が魚の骨を取りながら言う。


「まぁ、確かに跡取りだよ。大学だって一応有名な大学だし、タレントとしても出てるし、卒業後、会社も作ろうと思ってる。インスタで載せてるのも、実際に俺が撮ったものだし、テレビで言ってることだって、何一つ偽りないけどさ・・」

「・・・?」


「なんか、本来の自分とずれてるんだよな」


 皿を置いて、すぅっと深呼吸した。


「俺、こうゆうの好きなんだよね。魚釣って、焼いて食べて、鳥の声を聴いて、他愛もない話をして・・・・みたいな」

「意外と庶民なんですね」


「そう! 俺、めちゃくちゃ庶民派なんだよ。朝ごはんなんて、ご飯に納豆とかでいいし、いちいちインスタ映えぶっちゃけ、アニメとかゲームとか大好きだし、イメージが崩れるから言えないけどさ」

 少し声を大きくして言う。


「演じ続けるって本当大変だよ。マジで、勇者ティナちゃん尊敬するよ。異世界を壊さないために、魚まで素手でとれるようになるまで鍛えてるなんて。初めて見たよ」

「え・・・・」

 雄太が横でむせていた。


「そうね。私も、ティナちゃんには並々ならぬ努力を感じるの。そうゆうところ、本当に尊敬するな」

「・・・わ、私の話は、その辺で大丈夫」

 手をぶんぶん降った。


 魚を素手で・・・とかダンジョンに挑戦する者ならだれでもできることだし。

 ちゃんとゲームがリリースされて、プレイヤーさえ来てたら、こんなことにはならなかったのかもしれないと思うし。


「そ、それより、綾小路龍さんは、こうゆう場面は写真撮らなくていいの?」

 雄太がむせながら、話題を切り替えた。


「ほら、この画像のスクロールの中に、山の写真が入ってたら浮くでしょ」

「・・・まぁ、そうだね。え、これは海外の?」

「あぁ、GUTAのモデルと旅行したときの画像だよ」

「なんかレベルが違うな」

「・・・・・・・・・・」

 綾小路龍が雄太にスマホの画面を見せてた。


 この世界は色々と演じないといけないのね。


 雄太は太郎を名乗ってめいみゅうのファン、めいにゃにゃんだってこと隠してるし、

 めいみゅうはVtuberのめいみゅうのイメージ崩したくないって言ってるし、

 綾小路龍も本来の自分を出しちゃいけない雰囲気みたいだし・・・。


 私も勇者ってこと出しちゃいけないのね。



 ゴゴゴゴゴ・・・


「ん? なんの音だ?」

「岩の音みたいね」

「岩?」

 皿を置いた。地面が微かに揺れている。

 コップのジュースが波打っていた。


「ここは、傾斜などない。ましてや、岩なんて・・・地震か何かじゃないか?」

「いえ・・・・」

 立ち上がって、靴を履きなおす。


 ゴゴゴゴゴゴゴ ゴロゴロゴロゴロ・・・


 突然、岩が転がるような音が加速しているのがわかった。

「駄目だ、逃げよう!」

「どうして? こんないい天気なのに!?」


「落ち着いて。音からすると、岩の大きさはおそらく直径5メートル程度よ。このくらいなら私一人で大丈夫だから、下がってて!」


「は?」


 地面を蹴って、岩の音のする方へ走っていく。


 こんなことをするのは、魔王リカリナね。

 ラブラブ大作戦を成功させるのに、協力するはずじゃなかったの?


「はっ!!!」


 ドンッ


 岩を足で蹴って、割った。砕けた岩がぱらぱらと落ちてくる。

 砕けなかった白い部分に文字が書いてあった。


『勇者ティナ、森の中に来い。この岩の転がってきた方向だ』


 魔王リカリナの書きなぐったような字が彫ってあった。


「どうした?」

「勇者ティナちゃん! 大丈夫か!?」

「ティナちゃん!」

「ケガはないか! 今すぐ救急車を呼ぼう。専門医も、今すぐここを離れよう! 勇者ティナちゃんは治療を」

 3人が慌てて駆け寄ってきた。


「待ってください!」

「?」

「私、どこもケガなんてしてないよ。この通りピンピンしてるから。服に枯れ葉がついちゃった程度」

 笑顔でくるっと回ってみせる。


「そんな、嘘・・・・」

「本当に大丈夫。なんともないから」

 肩についた土を落とした。


「いや、でも・・・」

「・・・!?」

 何かを悟った雄太が、綾小路龍とめいみゅうと止めて、一人でこちらに歩いてきた。


「ねぇ」

 後ろを気にしながら、声を小さくする。

「もしかして、魔王リカリナと女神ルナもいんの?」

「・・・え? そう、だったのかなー?」

「何する気だ?」

「さぁ・・・・・」

 雄太が何か悟ったような表情をしていた。


「このまま帰るぞ。魔王リカリナと女神ルナ、勇者ティナが揃えば、魔法なしでも何を起こすかわから・・・」

「私! 岩が転がってきた原因見てきますね! もしまた転がってきたら大変なので!」

「あ、ちょっと」

 雄太を無視して、なぎ倒された木々を飛び越えていく。 


 魔王リカリナはどうゆうつもりなの? 

 女神ルナと一緒のはずなのに・・・。 



 バサッ


 カラスが飛び立っていく。

 遠くの方で雄太が2人に、何か説明している声が聞こえた。

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