第23話 完全プライベートスポット

「着いたよ。ありがとう、須藤」

「はい、綾小路龍様。帰りはまた、暗くなる前に迎えに参ります」

「あぁ、悪いね」

「綾小路龍様の息抜きのためですから」


「え、ここって・・・?」

 めいみゅうが車の窓から顔を出して、ぎょっとしていた。


「ティナちゃん、何をリクエストしたの?」

 雄太が恐る恐る聞いてくる。


「えっと・・・・」

「ここは、俺の完全プライベートスポットってところかな。ここ全部、綾小路財閥の敷地内だから自由に使っていいよ」

「・・・ここ一体、綾小路龍様が所有している山ですから」

「所有している、山・・・」

 山という割には、モンスターがいないから変な感じだった。


「いきなりティナちゃんと、趣味が合うとは思わなかった。俺もよく、一人でここに来るんだ」

 綾小路龍が外に出て、伸びをしていた。


「綺麗な場所だろう。風の音、川のせせらぎ、鳥の声、都会ではなかなか聞けない場所だ」

「そ、そうですね」

 連れて行ってもらった場所は、秋葉原2時間くらい離れた森の中だった。


 ハンモックや、テント、椅子、バーベキューの道具があらかじめセットされている。

 置いてあるものは真新しく清潔だったが、使い込んだような形跡があった。


 懐かしいわ。

 私もダンジョンを攻略していた頃、こうゆう場所で野宿したのよね。


 必ず、モンスターが現れるから、結界が必須だったけど。


「あの・・・綾小路龍さん、吊り橋はどこに?」

「その、川にかかる小さな橋でございます。釣りなんかも楽しめるのですよ」

 須藤が車から、釣り道具をおろして、並べている。


 吊り橋というよりも、綺麗に舗装された橋だった。


「ふぅ・・・気持ちがいい」

「そうね」

 めいみゅうが外に出て、伸びをする。


「私、あまりこうゆうところ来たことないから嬉しい。ティナちゃんは、こうゆう場所、よく来るの?」

「そうね。ダンジョンの近くの村とか、こんな感じだったわ」

「ダンジョン・・・って?」

 めいみゅうが首をかしげた。


 周りを見渡す。

 車の中で、めいみゅうと雄太が話す機会を作ろうとしていたけど、全くといっていいほど会話しなかった。

 綾小路龍がこのプライベートマウンテンを気に入っているらしく、永遠と話していたからだ。


 でも、ここからが頑張りどころ。

 吊り橋? も一応あるし、ここから、雄太とめいみゅうを何とかして自然と仲良く・・・。



 きらっ


 少し離れた岩陰から、女神ルナと魔王リカリナが待機しているのが見えた。

 雄太がいると、魔法は無効化されてしまうけど、2人ともとっておきの秘策があるらしい。


「あ・・・・ティナちゃんは、ゲームとかよくやるから・・・」

「すごいのね! 世界観を徹底してるって大変なことなのに」

「え・・・・」

 めいみゅうが雄太が何か言う前に、両手を掴んできた。


「ますます、尊敬しちゃう」

「あ、ありがとう・・・」

「・・・・・・さすが、俺が惚れ込んだだけあるよ」

 なぜか、雄太よりも綾小路龍が得意げになっていた。


「では、私はここで、失礼します。どうぞ皆さん、楽しんでいってください」

「あぁ、ありがとう。何かあったら、呼ぶよ」

 須藤が深々とお辞儀をして、車で元来た道を帰っていった。


 空は雲一つない快晴。

 途中まで雨雲があったけど、魔王リカリナが吹っ飛ばしていた。


「綾小路龍さんがこうゆうところに来るってイメージにないね。テレビ、見たよ。都会のホテルとか紹介していたので、てっきりそうゆうところが好きだと思ってたんだけど・・・」

 雄太が大きめのリュックを下しながら言う。


「あぁ、あれはそうゆうキャラを演じているんだ。俺は本当は・・・・」


 シュッ


 ぼうっ


 椅子の前にあった、薪に火をつける。


「こうやって、都会の雑踏から離れて、火とか見てるのが好きなんだ。一人で」

「・・・なんか、闇深いな」

 雄太が椅子に座って、靴の泥を落とした。


「火を見てると、心が落ち着くし、なんだか自分を忘れられるんですよね。やっぱり、人間に必要なのは火ですよ。浄化の炎っていうんでしょうか」

「浄化・・・変な宗教に勧誘されないようにね・・・・」


「あ、そういえば、挟間太郎さんの職業は?」


「元ゲームクリエイター、現在無職。よろしく」

「無職・・・・? って、仕事をしてないってことですよね?」

「そう!」

 綾小路龍が、ものすごく戸惑っているのが伝わってきた。


「無職サイコーって毎日過ごしてるよ」

「・・・・・」

 ついに、言ってしまったわ。


 めいみゅうがしっかり聞いている前で、無職宣言しちゃった。


 無職だって、隠した方がいいって散々言ってきたのに。


「違うの、た、太郎は今求職中で・・・」

「あはは、無職って最高ですよね」


「え?」

 めいみゅうが雄太の横の椅子に座って微笑んだ。


「私も無職みたいなものなんです。無職サイコー派です」

「でも、めいみゅうはVtuberって仕事があるよね?」

「仕事って言っても、ただ、リスナーさんと話したいだけで、アバター使って話してるだけだよ。本当はバイトも全然続かないし、Vtuberって仕事がなかったら、仕事してないと思うんです」

 めいみゅうがほんわかしたまま足を伸ばしていた。


「あ! でも、めいにゃにゃんには内緒ね。めいにゃにゃんには、ちゃんとしっかりしてる自分を見てほしいの。お悩み相談に乗ったりしてるから・・・実際は、私なんかが相談乗れる立場じゃないし、結構、罪悪感があったりするけど・・・」

 自信なさそうに、笑っていた。


「そんなことないよ。めいみゅうは画面で見るめいみゅうのままだもん」

「ありがとう。これから、リスナーにティナちゃんがいるって思ったら緊張しちゃうな。でも、ティナちゃんもそろそろVtuberとしても始めるんだもんね。頑張ってね」

「・・・・・・」

 めいみゅうは十分頑張っているように見えた。


 画面の中でも、外でも変わらなく、一生懸命で、常にめいにゃにゃんのことを気遣っていて・・・。


「・・・・・・(尊い)」

 雄太から心の声が聞こえた。

 直接言えばいいのに。




「そうだ。太郎さん、一緒に釣りしてきませんか? ティナちゃんと、めいみゅうはここで待ってて。そこで釣れる魚、結構美味しくて」

「そうだね。釣りか、久しぶりだな」

「あ、それは、大丈夫」

 立ち上がって、腕をまくる。


「魚は適度にあれば足りるかな?」

「え・・・」

「じゃあ、行ってきます」

 バケツを持って、川の方へ走っていく。


 シュンッ


 タン タン タタン タン


 ここの川は透明度が高くて、魚が取りやすかった。

 素手で捕まえてバケツに放り込んでいく。


「ふぅ・・・捕まえてきたよ。これくらいで足りるかな。もっといけるけど」

「つ、捕まえてきたって・・・そんな、釣り道具も無しに?」

 綾小路龍が椅子から落ちそうになっていた。


「うん。釣り道具? 使い方わからないし」

「しかも服も靴も濡れてないなんて。今、な、なにがあったんだ?」

「ちょうどいい、岩がたくさんあったから。つま先で立てば、濡れないよ?」

 初めてダンジョン攻略する子と話してるみたいだった。


 ドン


「もう少し食べる?」

「いや、いいよ。あ、あ、ありがとう」

 バケツの中で魚がピチピチしていた。


 雄太が頭に手を当てて、項垂れる。

「勇者ティナのステータスはいつの間にか、最大値。プレイヤーと攻略するはずだったダンジョンはたくさん用意していたけど、まさかここまでになってるとは・・・」

「え?」

 めいみゅうが首をかしげる。


「ごめん、こっちの話。ティナちゃん、ティナちゃん」

「ん?」

 呟いてため息をつきながら、こちらに駆け寄ってくる。



「魚、足りなかった?」

「違う違う。頼むから、その辺の、野生動物は捕えないようにね」


「どうして? 魚だけじゃお腹すいちゃうわ」

「こっちの世界の女の子は、素手でイノシシ倒したり、鳥を捕まえてきて捌いたりしないんだ」


「!!」

「勇者ティナちゃんが、フルステータスになっちゃったのは悪いと思ってるけど。一応、みんなびっくりしちゃうから。つか、見て、ドン引きしてるだろ?」

「・・・・・・」

 確かに、見たことなかったかもしれない。

 向こうの世界にいたときは、普通だったのに・・・。


「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

 めいみゅうと綾小路龍が唖然とした表情でこちらを見ていた。


「わ、わかった。気をつける」

 タオルで手を拭いて、髪を耳にかける。

 こっちの世界の、女の子って難しいのね。

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