第18話 推しは雄太を覚えてる?

「どうしてこんなことを・・・」

「私たちの今後のためよ」

 ドアの前に回り込んで、両手を広げる。


「あれれ? 勇者ティナちゃん、どうしたの? えっと、この方は、開発者の人?」

 めいみゅうがおぼつかない足取りで駆け寄ってくる。

 雄太が硬直した。


 いつも配信を見ている雄太はこの人だって、説明するチャンス!


「めいみゅう、この人は、いつも・・・」

「いつも、ティナがお世話になってます。ティナの保護者の太郎っていいます」

「!?」

 先手を取られた。あくまで、名前を隠すつもりね。


「えっと、ティナちゃんのお兄さんとか?」

「まぁ、そんなところね」

「はっ、初めまして! めいみゅうです。ティナちゃん推しのめいみゅうです」

 めいみゅうが、勢いよく、深々と頭を下げた。



「・・・・・・(尊い)(マジ神)(めいみゅうまんまじゃん)(こんなのアリ?)」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・(可愛すぎる)(推し存在してた)」

 今、雄太からなんか色々声が聞こえた気がする。


「ゆ、ごほん。太郎、めいみゅうはVtuberで、今から私に動かし方とかいろいろ教えてくれるの」

「はい。私、Vtuberやってるんです」

「へぇ、すごいね」

「そんなことないです。楽しくてやってるので」

 今、スパチャ1万円、いえ、2万円分の会話をした気がする。


 偶然を装うソウルメイト? とかいう、魔王リカリナの作戦通りに進んでるわ。

 あと一歩、私が頑張らなきゃ。


「じゃあ、俺はこれで・・・」

 雄太が満足げに背を向けた。外はどしゃ降りの雨なのに。


「待っ」

「待ってください。勇者ティナちゃんのアバターができたらしいんです。実物そのままで、すっごく可愛いんですよ。是非、見て行ってください」

「・・・・・・・・」

「勇者ティナちゃん! ほら、この前来れなかったからさ。見せたかったんだ」

 佐久間さんが手を挙げて、私を呼んでいた。


「はい、今行きます。た、太郎も」

「ふふふふーん。可愛い可愛いティナちゃん、勇者ティナちゃん」

 めいみゅうが真っ白なワンピースをひらっとさせて、鼻歌を歌いながら前を歩いて行った。


「・・・・・・・(尊い)」

 雄太が嚙みしめるようにぐっと目をつぶっていた。

 上手くいってるのよね? これは・・・。




 画面には白い背景に、私のアバターが映っていた。

「わ、すごいですね。本当に私みたい」

「本当、ティナちゃんそっくり。私、絶対配信見る! ぜーったいリアタイするから!!」

 めいみゅうが両手を握りしめて言う。


「だろ? 勇者ティナちゃんはね、本当にゲームの中から出てきたみたいな美少女だから、アバターに起こしやすかったって」

 佐久間さんが自信ありげに言う。

 もう一つのPCには、麗奈のアバターが映っていて、麗奈が赤面していた。


「よかったら、これで・・・」

「勇者ティナの足はもっと肉付きありますよ。異世界で勇者をやってるので、筋力がつくんです。あと、手の動きが角ばっているのが気になります。モーションもぎこちないですね」

 雄太が横から顔を出す。


「ちょっとマウスを借りてもいいですか?」

「えっ、あぁ、えっと・・勇者ティナちゃんの保護者の挟間ゆ・・・」

「太郎です。どうも」

 雄太が食い気味に言う。佐久間さんが、首を傾げながら、席を譲っていた。


「んー荒いな」

「た、太郎さん」

「このアバターの開発者の方と連絡取れますか?」

「え?」

「直しちゃいます。俺、こうゆうの得意なんで、たぶんこの程度だったらすぐ修正できます」

 雄太が真剣な表情で言う。佐久間さんが勢いに押されて、スマホを耳に当てていた。


「あぁ、俺だけど。うん、今、ティナちゃんの保護者の、そうそう。来てて、代わってって」

「・・・・・・・・・」

 雄太がぶつぶつ言いながら、マウスをクリックして、私のアバターの動きを確認していた。


「はい、開発者の窪塚に代わりました」

「ありがとうございます」

 雄太がスマホを受け取って、耳に当てる。


「挟間です。はい、ティナのアバターを見てるんですけど、全体的に荒くて、直しちゃいたいんですけどいいですか? あ、はい、全然大丈夫です」

 片手でキーボードを打ちながら、会話していた。


「・・・ティナちゃんの保護者って、仕事してたんだっけ?」

「えっと、元ゲームクリエイターらしいです」

「あー、なるほど。だから・・・か」

 私と魔王リカリナを作ったって、よくわからなかったけど。

 きっと、こうやってあの世界を作っていたのね。


 今まで仕事をせずにごろごろしている雄太からは想像できなかった。


「ゲームクリエイター・・・」

 めいみゅうが呟く。


「え?」

「あ、私のリスナーさんでもゲームクリエイターの方がいたなって思い出してて。こう見えて、初期からめいにゃにゃんでいてくれた人は全員覚えてるの」

 雄太が会話しながら複数の画面を表示していた。


「私、最初の頃はミスってばかりで、掲示板で叩かれたりして、配信でしゃべれなくなっちゃった時間とかもあって、本当Vtuber失格だって、辞めちゃいたいなって思ったときもあって・・・」

「めいみゅう・・・」


「そんなときも、支えてくれたのがめいにゃにゃんだから、ちゃんと覚えてるの。いつも配信見てくれてるのに、スパチャとかももらってるのに、あまり感謝を伝えられなくて・・・」

 ぽわんとした目で、雄太が切り替える画面を見つめていた。


「でも、その人は、太郎って名前じゃなかったけどね。それに、元じゃなくて、今もゲームクリエイターやってるって言ってたし」

「・・・・・・・・・」

 めいみゅうが言ってる人は、たぶん雄太のことだ。

 直感でわかった。


 めいみゅうの配信を見てるゲームクリエイターはたくさんいるかもしれない。

 でも、きっと、今めいみゅうが頭に浮かべてる人は・・・。


「めいみゅう! あのね!」

「え?」

「私の保護者、のこの人は、太郎じゃな・・・」



 カラン カラン



「うぅ・・・途中で魔法使えなくなって濡れたのだぞ!! ふぇっくしょん!!」

 魔王リカリナがくしゃみをしながら入ってきた。

 全身から水が滴り落ちている。


「魔王リカリナ! そんなんで中に入ったら店内が濡れちゃう。せっかく掃除したのに」

 駆け寄っていった。


「だって、作戦通りちゃんと動いたのだ。そしたら、自分まで濡れて、ふぇっくしょん、へくしっ」

「あらかじめ想定できることだったでしょ」

「雨がこんなに冷たいとは思わなかったのだ。寒いぞ。体温を奪われるし、死ぬのかもしれないぞ」

「大げさね」

 魔王リカリナは最強だったから、服ひとつ乱れたことがないと聞いていた。

 でも、魔法が無効化されれば、ただの人ね。


「ティナちゃんいいですよ、気にしないで。私、タオル持ってくるね」

 ミコさんが慌てて、休憩室のほうへ走っていった。



「おぉ! もう直っちゃった。すごいね」

「はい。ついでに、魔王リカリナも直しましょうか。彼女のアバターも見せてもらえます?」

「あぁ、うん・・・」

 よくわからないけど、雄太のしていることはすごいことらしい。

 こんなに圧倒されている佐久間さんを、初めて見た気がする。 


「ふえっくしょん」

「風邪移さないでね」

「魔王は風邪などひかないのだ」

 魔王リカリナがいる場所が、水たまりのようになってる。


「で、どうなのだ? ラブラブ大作戦の様子は」

「順調よ」

 めいみゅうのほうを見る。

 ほわんほわんした状態で、他の子たちと、Vtuberの声の当て方とか、動かすタイミングを話していた。身振り手振りが多くて、たまによろよろしている。


「へくし・・・ずび・・・ほぉ、私のおかげだな」

「持ってきたわ。よいしょっと」

「ふわっ、何をする!? 前が見えないのだ」

「ちょっとごめんね。風邪ひいちゃうから、別の服に着替えましょ」

「おわっ」

 ミコさんが大きめのタオルで、わしゃわしゃ魔王リカリナを拭いていた。


「ティナちゃん、お願いできる? 私、服も持ってくるから」

「はーい」

 タオルを取って、魔王リカリナを見る。


「何がおかしい」

「ふふ・・・別に」

「ふえっくしょん、全ては、ガンプラのためなのだ」

 髪がぐしゃぐしゃになって、魔王リカリナが大型犬みたいになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る